1-3 隠れた名作再生プロジェクト

「ふぃー」


 一人になった途端、望は大きく息を吐く。

 緊張した。ドキドキする。……というのが、望の率直な感想だ。


 きっと自分の鼓動は想像以上に速くなっていることだろう。

 ただのクラスメイトだった胡桃沢美以子とこんな形で距離が縮まるなんて。冷静になって考えてみても意味がわからなくて、だけど嬉しさは確かにあって、時間が経つにつれて落ち着かなくなってしまう。


(そうだ、スマホ。スマホを見て落ち着こう)


 気を紛らわすため、望はスマートフォンを取り出す。

 自然な動作でSNSを開くと、望は思わず顔をしかめた。


「……何か、タイムラインが」


 騒がしい。いつにも増して盛り上がっている。

 いったい何があったのだろう。誰かが結婚発表でもしたのか、それとも人気アニメの続編が決まったとか。色々と頭を巡らせながら、望はSNSのタイムラインをさかのぼる。


「あっ」


 あった。見つけた。

 きっとこれが話題の種だ、というのはすぐにわかることだった。



 隠れた名作再生プロジェクト。



 という企画が、ついさっき――午後三時に発表されたらしい。ちょうど美以子とパンケーキ屋に移動している最中で、スマートフォンを開いている余裕なんてなかった時だ。


「これは……」


 無意識に呟きながら、望はプロジェクトの概要を目で追う。



 あなたにとって特別なゲームは何ですか?


 子供の頃にプレイしたもの。

 家族がプレイしているところを隣で見ていたもの。

 自分は好きだけど知名度が低くて、なかなか現行機でプレイできないもの。

 移植やリメイクを待っていても、心の中では「まぁ無理だろうな」と諦めてしまっているもの。


 そんな作品を復活させるため、動画配信とコラボしたプロジェクトが幕を開けた。



 それが、『隠れた名作再生プロジェクト』である。



「…………」


 また、鼓動が速くなる。

 先ほどの恋の色とはまったく違うドキドキ感。きっと、このタイミングで発表されたというのも大きな要因の一つなのだろう。


 ――『リベルナ』。


 頭の中にぱっと浮かんだ、望にとっての思い出のゲーム。

 今から十五年前に発売されたロールプレイングゲームで、開発は株式会社ライブリリィ。百人を超える個性的な仲間キャラクターと、雰囲気の異なるファンタジー世界を旅行するかのような世界観が魅力のゲームだ。


 父親から聞いた話によるとクリスマス商戦で発売されたゲームらしい。

 しかし有名RPGと発売日が被ってしまい、知る人ぞ知るゲームになってしまった。ストーリー、システム、キャラクター、音楽、グラフィックなど、評価されている部分は多い。強いて言えば戦闘に個性がなく、地味だと言われているくらいだろうか。でも、望が思う『リベルナ』の欠点は戦闘くらいだった。


「隠れた名作、か」


 あごに手を当て、小さく呟く。

 望にとって『リベルナ』はもっと色んな人に知ってもらいたい推しのゲームだ。もう何年もリメイクや現行機への移植を待ち望んでいるが、一向に発表される気配はなかった。このままでは人に勧めることすらできず、だんだんと影が薄れていってしまう。

 そう、思っていたのに。


「夢のまた夢……って、訳でもなかったり……」


 言葉にしてみたら自然と口角が上がった。

 あの子一人で笑ってるよ。ひそひそ、ひそひそ。……なんて周りに思われているだろうか。少し不安になるが、それでも笑みを止めることはできそうになかった。


「マドカくん、お待たせ~。ってあれ、何か嬉しそうだねぇ。どしたの?」


 すると、このタイミングで美以子がトイレから帰ってきた。

 透かさず美以子に突っ込まれ、望は慌てて口元を押さえる。いざ指摘されると恥ずかしい。相手が美以子なら尚更だ。


「あ……こ、これなんだけど」


 咄嗟にスマートフォンの画面を見せる。口で説明するより早いだろうと思ったからで、決して口下手だからではない。


「あの……胡桃沢さん。このプロジェクトのこと、知ってた……?」


 美以子は食い入るようにスマートフォンの画面を見つめていた。

 ふるふると首を横に振ったため、一応望の声は聞こえているのだろう。しかし集中力が凄まじく、これ以上声をかけることはできなかった。


「あっ」

「…………胡桃沢さん?」

「ごめんねぇ。これ、マドカくんのスマホだったね。うっかりマドカくんのアカウントで呟こうとしちゃったよ」


 危ない危ないと呟きながら、美以子は望にスマートフォンを手渡す。


「ほら、参加表明は早めにしておこうかなぁって思って」


 さらりと言い放ち、美以子は楽しげに微笑む。

 言葉の意図はすぐにわかった。胡桃沢美以子はもうすぐデビューするVTuber、本屋ルナだ。彼女には元々『リベルナ』の魅力を広めるという目標があり、ゲーム配信をする予定があった。


「ちょうど五月一日……だったよね。本屋ルナの初配信の日」

「そうなんだよ~。まさかプロジェクトが始まる日と被るなんて思わなかったなぁ」


 自分のスマートフォンを見つめながら美以子は呟く。

 心なしか普段よりも声のトーンが高くなっているような気がした。望と同じように、心の内側から興奮してきているのかも知れない。

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