第1章 — 届かなかった新しい命の産声
闇。
それが、最初にカエルが感じたものだった。
重く、息苦しい闇――暖かく、狭く、そしてなぜか穏やかだった。
……俺は、死んだのか?
最後に覚えているのは、銃声――
焼けるような痛み――
冷たい路面――
そして――
突然、目の前が光で満たされた。
さらに――声。
だが、その声は日本語でもなかった。
英語でもない。
まったく知らない言語だった。
優しい女性の声が頭上から響く。
「――ラ・ネリ……? フィラ・ネ……?」
柔らかく、暖かく……心配そうで。
その声はなぜか、彼を落ち着かせた。
カエルは瞬きをした――いや、しようとした。
だが目は小さく、焦点が合わない。
すべてがぼやけて見える。
明るい白い光、動く影、見覚えのない天井。
ここは……病院……?
手で目をこすろうとした――
そして固まった。
腕が小さい。
柔らかくて丸くて――
人形みたいに小さかった。
……は? ちょっと待て。
声を出そうとした。
「う――」
しかし声は出ない。
出たのは小さく、情けない息だけ。
なっ……なんで声が出ない!? 何が起きて――!?
ぼやけた女性が彼を抱き上げ、胸に優しくあてがった。
その体温は圧倒的に大きく、温かく、息が詰まりそうなほどだった。
「フィラ……フィラ・ネリ? ノー……クライ? レヌ……?」
彼女が心配そうに、カエルの頬を指で軽く叩く。
言葉は分からない――
だが、伝わる。
彼女はこう言っていた。
「どうして泣かないの?」
別の声が答える。
低く、温かく、誇らしげな声だった。
「ケラ・ファ……サ・ドレラ。ストロング、イエス? 我らの息子……ブレイブ。ノー・クライ。」
カエルの心臓が跳ねた。
息子? 何の話だ?
男が近づく。
ぼやけた視界の中で、広い肩、短い髭、後ろで束ねた長い髪が見えた。
女性――彼の母親……?――は、優しく抱きしめながら揺らす。
彼女の肌からは、嗅いだことのない花の香りがした。
男は楽しそうに笑う。
「見ろ。目が開いている。静かだ。もう世界を見ている。」
カエルの思考は混乱した。
彼らの言語……
聞いたこともない。
衣装……
どこの文化とも一致しない。
部屋……
病院ではない。
天井は石を彫ったような模様で、光る紋章が刻まれている。
すべてが未知だ。
そして――自分の体は、
小さくて、弱くて、無力。
まさか……嘘だろ……?
彼はわずかに手を動かした。
その手――いや、赤ん坊の手が、かすかに丸まった。
……俺、生まれ変わった。
いや……いやいや……これ……異世界転生!?
体は動かないのに、心臓だけは激しく跳ねた。
最後の記憶……
死んだ感覚……
闇……
すべてが繋がった。
ここは別の世界――
そして彼は、新生児として生まれたのだ。
女性――新しい母親が、優しく額にキスをした。
「ようこそ……私の小さなアルヴェン。」
アルヴェン。
それが彼の新しい名前。
男は小さな胸に手を置き――その大きな手は身体の半分を覆うほどで――誇らしげに囁いた。
「我らの息子……アルヴェン。強く生まれた。」
カエルは叫びたかった。
強くない! 混乱してるだけだ!
俺は赤ん坊じゃない! 十六歳だ!
俺は死んだばっかの剣道少年なんだってば!!
だが、口から漏れたのは弱々しい息だけ。
視界が再び滲んだ――今回は死ではなく、圧倒されたからだ。
冷たい路上で死んだはずが……
今はこの世界で、新しい両親に抱かれている。
そのギャップは、あまりにも大きかった。
そして赤ん坊は、母の腕の中で静かに眠りについた。
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