第17話 義理と人情の女





壁の時計を見ると14時過ぎていた。

むくっと起き上がったコナが隣を見ると四季しきはまだぐっすりと眠っていた。


昨日、四季にここに泊まるようにと言うと、

ここしばらく眠れてないからもし今夜も眠れなかったらコナに迷惑がかかるからいい、と四季に断られた。


そんな四季を半ば無理やり泊まらせたが…

ぐっすり眠っている四季を見て正解だったと

コナは胸を撫で下ろした。



そっと部屋を出て近くのコンビニに行く。

飲み物や四季が好きな食べ物を買ってコナは

また店に戻った。


「コナ?」


部屋のドアを開けると、すぐに四季の声が聞こえてきた。


「ごめん。起こしたよね」

「ううん」

「食べ物調達してきた。はい。コーヒーも買ってきたよ」


カップに入った温かいコーヒーを四季に渡す。

両手でそれを握った四季が寝ぐせのついた髪で笑った。


「昨日めっちゃ眠れた」

「良かった」

「ありがとう。コナのおかげだよ」


少し気持ちが落ち着いてきた四季は、篤子あつこの言っていたことがわかってきた。

金を払って来てくれる客を精一杯楽しませる。

それが自分の仕事なのだ。


今回のことは後悔ではなく反省だ。

なぜ、せりなは顔色が悪かったのか。

なぜ、自分を他の席に行かせなくなかったのか。

気づいてやれば良かった。

もっと理由を聞いてやれば良かった。

もっと寄り添ってやれば良かった。


今頃せりなに会いに行ってくれている篤子が帰ってきたらその話をしよう、と四季は考えていた。

そしてまたホストとして働かせてもらえるように。


コナの安心した顔を見て、四季は逃げずに自分の仕事と向き合おうとあらためて決意できた。


二人でごはんを食べていると、四季の携帯が鳴った。


弁護士のあおいからのライン。

明日の昼に四季の父、山城佳樹やましろよしきが四季とコナに会いたいと言っているらしい。

コナにもそのラインを見せていると被せて蒼からラインが来た。


【ゆりさんを調査したことも報告したいから

コナくんもなんとか都合をつけてもらえないかな】


「なにかわかったのかな」

「どうだろ」


調査はしたものの何も出てこなかったという報告の可能性もありうる。

しかしそれはそれで仕方のないことだ。


「昼ならここを開ける前にじゅうぶん帰ってこれるね」

「そうだな」


二人で行きます、と四季が返信すると13:00頃で、と蒼から返信があった。


佳樹が山形に行くということは聞いていたが、無事に祖父母に会えたのだろうか。

祖父母の顔を思い浮かべたコナは小さくため息をつく。

佳樹が行ったことにより、怒っているだろう。

あれだけ探すなと言われたのだ。


自分のことを怒るなら怒ってもいいから、

ケンカなどせずに親子でわかり合っていてほしい。

コナはそう願っていた。







有楽町の駅でタクシーを降りた篤子は、日比谷方面へ歩く。

昨日に引き続きまた車酔いをした。

ここ最近バタバタしていて食事をしっかりとっていない。

そのせいもあるだろう。

コンビニに入って冷たい水を買い、行儀は悪いが店の前でゴクゴクと飲む。

少しスッキリしてきたので、篤子は再び歩き始めた。


「ここね」


最近建ったのかと思うほどキレイな雑居ビル。

三階までエレベーターで上がると、真っ白な

廊下にドアが向かい合わせになっている。

目当ての会社の名前をもう一度確認して篤子はドアについているインターホンを押した。


「はい」


すぐに若い男が出てきた。

篤子がニコッと笑うと、その男は不思議そうな顔をしてペコっと頭を下げた。


「わたくし、こういうものです」


バッグから名刺入れを取り出した篤子が慣れた手つきでその男に両手で名刺を渡した。


「あ?歌舞伎町のホストクラブ?

あ、失礼しました。

しょ、しょうしょうお待ちください」


名刺を持って男が中に入る。

篤子は開けっぱなしのドアから中に入り、対面に置いてある革張りのソファを眺めた。


「こんなキレイなところに構えるんならもう少しちゃんとした子を雇わないとね。

あれじゃあ怪しすぎるわ」


大きい変な壺に変な置物。

部屋の中に置いてあるものも品がない。

闇金を営むものに品などがあるはずもないが。


「うわっ!なに勝手に入ってんだよ」

「ドアが開いていたので」

「待っててって言ったじゃん」


奥のドアから出てきたさっきの男が口を尖らせて篤子をにらむ。

続けて奥のドアから出てきた小太りで愛想の

いい男がニコニコして篤子に頭を下げた。


「お待たせしました。歌舞伎町のホストクラブのオーナーさんがなんの用ですか?」


物腰のいい関西弁。穏やかそうだが敬語のひとつもまともに使えていない。

篤子も負けじとニコニコとした。


「お話がありまして。座らせていただいていいですか?」

「どうぞどうぞ。おい、茶持ってこい」


篤子が金を借りに来たとでも思ったのか。

小太りの男はさらにニコニコした。


茶を持ってこいと怒鳴られたさっきの男が慌てて奥のドアから中に入る。

品のない金の指輪をした太い手を膝に置いて

関西弁の男も篤子の前に座った。


「お話というのは?」


篤子が入院している山本やまもとせりなの名前を出す。

そして借金の返済方法と利息について相談があると言った。


「オーナーさんは山本さんの代理人ですか?」

「はい。とりあえず借用書を見せていただけますか?」

「見せるんはええけど、見たところでどないもなりまへんで」


篤子が笑顔で頷く。おそらくここの社長である小太りの男はよいしょ、と言って立ち上がって奥の部屋に入った。

しばらくしてさっきの男が茶を持って篤子の前に置いた。


「ありがとうございます」

「あの、おばさん、」

「あらごめんなさい。よく聞こえなかったわ」

「あ、あの、お姉さん、一人で来たの?」


奥にいる社長に聞こえないように持ってきたお盆を抱えてその男は篤子に近づき、小声で聞いた。


「はい」

「バカなの?」

「ほほほ。おもしろい人ね」


篤子が湯呑みを丁寧に両手で持ち、一口飲む。

茶葉はなかなか良いのを使っているみたいだ。

そんなことを考えていると奥から社長が戻ってきた。


「はいどうぞ。破っても無駄ですから」

「コピーでしょ。わかりますよそのぐらい」


渡された借用書を見て篤子がぶつぶつとつぶやいた。


借入金額 金500万円也


500万も借りている。利息は月に一割。闇金にしたらまだ良心的かもしれないが元金が減ることはない。


「すごい利息ね。500万だから毎月利息だけで

50万」

「なに言うてますの。うちはまだマシですよ。闇金さんなんかやったらトイチ(十日に一割)

トニ(十日に二割)トサン(十日に三割)のとこもあるでしょうね」


闇金さん、と言った社長は、ここがそうではないと言いたいらしい。

月に一割もの利息を取ってなにを言ってるのか。篤子はあきれた。


「500万か。ねえ、これ、月に5万の返済で5年にしてくださらない?」


月に5万なら年間60万。かける5年で300万だ。


「はあ?」

「聞いてなかったの?月々5万の返済で、」

「なめてんのか」


ドン!と社長がテーブルに手のひらを叩きつける。

湯呑みがひっくり返り、少し残っていた茶がこぼれた。


「無理?」

「なんで500万貸して300万しか返ってこーへんねん。

無理に決まってるやろ」


穏やかな口調は消え、社長は低い声を出して

篤子をにらんだ。


「ここは闇金でしょ。ホントは返す義務ないのよ。わかってるわよね」

「借りた金を返す。

人間として当たり前のこととちゃうんかこら」

「そうよ。でもあんたはどんなにイキっても

騒いでも所詮闇金。

法律で定められた利息を無視して高金利で貸してるただの闇金でしょ」


篤子が足を組んで腕を組む。

社長は怯むことなく篤子を睨み続けていた。


「最後に借りたのは半年前。一気に500万借りることなんてないから、それまでに返済もしてるはず。

私がこれ持って警察に行ったらあんたには一銭の金も入んないのよ?わかる?」


ドン!とまた社長がテーブルを叩く。

微動だにしない篤子のそばで、立っていた男がお盆を抱きしめておろおろしていた。


「借りたお金を返す。それは人間として当たり前のことよ。

踏み倒すつもりがないから、300万で手を打ってって言ってるの」

「警察なんか行かせるか」

「論点がズレてるわよ」


社長は考えていた。

篤子をここで拉致したところで仕方ない。

かといってこのまま返せば警察に行くだろう。

借用書という証拠を掴んだ警察が介入すると、貸した金は全て返ってこなくなる。

それだけではない。もうこの仕事ができないのだ。


「月5万ならなんとか返せると思うわ」


先ほども言ったが、借りた金を返すということは篤子も賛同するところだ。

闇金だからといって踏み倒してはいけない。

貸した方も悪いが、借りた方も悪いのだ。


月5万の返済なら生活費を抜いたとしても死に物狂いで働けばなんとかなる。

篤子が立て替えるのは簡単だが、それでは

せりながダメになるのだ。


「踏み倒す人もいるんでしょ?貸す方もバクチよね」

「あんた、どこのもんや」

「どこのもんでもないけど、銀座で20年生きてきた女よ」


そうなのだ。篤子は踏み倒しにきたのではない。

きっちり返させるから無利息にして、なおかつ元金を下げて

くれと言っているのだ。

ここで借金をゼロにしたら、この金を借りた

せりながこれからろくな人生を歩まなくなる。

篤子はそこまで考えているのだ。


「わかった」

「ありがとう」

「社長!」

「うるさい!早よ新しい借用書持って来い」



借用金額 金300万円也


無利息

毎月27日 5万円返済



「27日より遅れた場合はどないする?」

「遅延金として5万の10%乗せて」

「5万の10パー?5000円やんけ」


社長がため息をつきながらパソコンで書き直した借用書を印刷して篤子に見せた。


「ここに本人の署名と日付、もうてきてくれるか」

「わかったわ。私の連絡先は名刺に書いてるから。

逃げも隠れもしないから安心しなさい」


銀座で20年生きてきた女。

こんなところに一人で乗り込んでくるなど、

後ろに誰がついているのか。

しかしそんなことよりも。社長には篤子が自分たちに寄り添ってくれている気がしたのだ。


それも踏まえてここは篤子の申し出を受けるしかなかった。


まだまだ稼がねばならない。こんなところで終われない。

署名をもらったらまた来る、と言って篤子は出て行った。


「塩、撒いときましょうか」


倒れた湯呑みを片付けながら、若い男がしかめ面をする。

金の指輪を触って、社長はニヤリと笑った。


「ワシもヤキが回ったなあ」

「そうですよ社長。あんなおばさんに」

「アホかお前は。あれはただのおばはんちゃうで」

「…どっかの組のもんとか、ですか」


急に若い男の顔が青ざめたのを見て社長は笑った。


「どっかの組の姐さんやった方がまだマシや。

あの女はカタギやから警察にもバンバンいける。よけいタチ悪い。

てかな、あれは女ちゃうで。根性は男や」

「よくわかんないです」

「お前も歳いったらわかるわ。

銀座で20年か。銀座で20年もおったらあんな

べっぴんさんでも男になるんやな」


首を傾げている若い男の横で社長は黒い革張りのソファにごろりと寝転ぶ。


なぜこんな危険を犯してまで、赤の他人のために借金を減らそうとしに来たのか。


篤子のことを考えた社長の頭の中には、義理と人情という言葉しか浮かんでこなかった。









新しい借用書を見せると、せりなら目をぱちぱちとさせて篤子を見た。


「え?ど、どうやって?てか、なんであんな危険なところに行ったのよ!」

「危険だってわかっててなんで借りたの?」


せりなは篤子から視線を外して俯く。手に巻かれた包帯が痛々しかった。


「貸してくれるところがないから。

店の前で声かけられたんだ。お金ないなら貸すよ、って」

「営業までしてるのね。あきれた。

他からは借りてる?」

「ここで借りて、他のを全部返した」

「ホントはいくら借りてるの?」


300だとせりなは言った。返済が遅れたら元金を増やされて500万になったらしい。

篤子は読み通りの元金だったので安堵した。


「月5万で5年。がんばればいけるわよね」

「なんで…」


顔を上げたせりなの目が潤んでいる。

篤子は優しく肩に手を置いた。


「なんで…こんなことまでしてくれるの?」

「四季のためよ」

「…」

「あなたの気持ちに寄り添えなかった、

気づいてやれなかった、って四季は今落ち込んでるわ。

四季にホストという仕事を嫌いになって欲しくないのよ。

私も20年銀座でホステスをしてる。

お金を払ってきてくださるお客様に楽しんでいただく。

素晴らしい仕事だと自負してるわ」


四季が落ち込んでいると聞いてせりなは苦しそうに目を閉じる。

涙が落ちて包帯だらけの手に沁みていった。


「だから、一生懸命働いて借金を返して、元気な顔を四季に見せに来てやってちょうだい」

「ありがとう…がんばる」

「そうよ。せりなちゃんはまだまだ若いんだから。

それにあなたが払えないとあの闇金私のところに来るんだから。頼んだわよ」


篤子はサインこそしていないがいわゆる保証人になったのだ。それを理解したせりなが篤子に深く頭を下げた。


「仕事がないなら紹介するから連絡して。

私の店は経験者しか雇えないけど知り合いならたくさんいるから」


篤子がホストクラブではなく銀座のクラブの

名刺を渡すとせりなは目を丸くして見ていた。


「ありがとう…ございます。ホントに…

またがんばって…四季にもありがとうって言いたい」

「四季喜ぶわよ。あ、そうそう。その借用書にサインして。日付けもね。持っていってくるから」

「私が、」

「あなたはもうあの人たちに会わない方がいい。

なにされるかわかんないわよ」


頷いたせりながサインをして渡すと、篤子は

写真を撮ってから借用書をバッグに入れた。


「お願いします」

「わかりました。早くケガを治してね」


せりなの肩をぽんぼん、として立ち上がった

篤子がふら、とふらついてそのまま床に倒れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る