第9話 一緒にいたい
ガチャ、とドアノブを引く音がする。
「ごめん。朝早くから」
「ううん」
コナの部屋の床に二人は向かい合わせに座った。
昨日も仕事だったと四季は思っているのだろう。
眠くない?と聞いていた。
「大丈夫だよ。どうしたの?」
四季の顔を見ると泣きそうになる。
そんなコナを四季は不思議そうに見ていた。
「しんどい?」
「ううん」
コナがそう言うので四季は持って来たバッグから
「これ見て」
四季に渡されたクリアファイルの一番上にある用紙。
そこにはコナの父親の名前が記されてあった。
「
「コナのお父さんだよ」
「見つかったの?」
「うん」
これから四季はコナに1/2の確率の話をしなければならない。
希望を持たせるように、希望を持てるように話そうと息を吸った四季がふっ、と止まった。
自分は異母兄弟でないことを願っているが、コナはどうなのだろう。もしかしたら血が繋がっていることを喜ぶかもしれない。
天涯孤独のようなコナだ。
親友が弟であることをもし喜んだら…
「へえ佳樹さんっていうんだ。俺の名前と似ても似つかないね」
「…」
「四季?」
どちらにしても四季はコナにこのことを伝えなければならない。
用紙にまた目を落としたコナを見て四季は座り直した。
「コナ。その人、俺の親父なんだ」
「え?なに言ってんの?」
「本当。俺も…信じられなかったけど」
コナがぼかんと口を開けている。
四季は蒼に言われたことをゆっくりと話していった。
「じゃあ四季のお母さんと結婚する前に俺のお母さんと一緒にいたってこと?」
「うん。コナのおじいちゃんたちが話していたことは本当みたいだな。コナのお母さんがいなくなってから親父はお母さんと結婚したらしい」
コナの祖父母、山城佳樹の父母はコナに母親は男を作って出て行ったと言った。幼いコナを置いて。
いろんなことが蘇ってくる。
四季の話を必死にまとめようとするとコナの心は苦しくなった。
「でも、コナのお母さんが出て行った理由はわからない」
「そうなの?」
「それを…親父に聞きに行こうと思う。それと、」
先日、蒼と話した二人が異母兄弟じゃない可能性の話をする。真剣な顔で聞いていたコナがぎゅっと目を閉じた。
「四季。四季は…イヤ?」
コナは自分が異母兄弟だったらイヤか、と四季に聞く。
四季はコナの気持ちを尊重してやりたかったが、今にも溢れてしまいそうな心を止めることはできなかった。
「ごめん。俺、コナと異母兄弟だったら…イヤだよ」
「四季…」
「コナのこと、ただの友達だって思ってたら喜んだかもしれない。だって半分だけど血が繋がってんだもん。家族みたいなもんじゃん」
コナが眉を下げてじっと四季を見つめる。
コナは自分と同じ気持ちなのか。それとも。
答えを聞くのは怖かったが、四季の溢れた思いは止まらなかった。
「兄弟だったら…好きになれないもんな」
「そう…だね」
「だから俺はイヤだ」
四季が手を伸ばしてコナを抱き寄せる。
初めて会った時からコナが可愛くて愛おしかった。
その気持ちはもう友達ではなく、恋という名前に変わっていたのだ。
「四季。俺もだよ」
腕の中から聞こえた小さな声に四季の胸はいっぱいにされた。
「俺、四季のこと…友達として好きなんじゃない」
親のいないコナと、親がいるのに愛されなかった四季。
二人が惹かれあったのが血の繋がりではないことを今、願うしかなかった。
四季がゆっくりとコナの髪を撫でる。
どちらからともなく、二人は初めてのキスをした。
その息を吐くと同時に笑顔を作った。
今朝の四季からの話も枝折に伝えないとならない。
なるべく枝折が心配しないようにしなくては。
笑顔のまま、コナはドアを開けた。
「あら。早いわね」
入院中なので枝折はノーメイクだ。
後ろで一つにまとめた髪。店にいる時と全く違う姿。
美しいというより、可愛いなとコナは微笑んだ。
「一人でいてもヒマだから」
「店ないとヒマよね。先生のお話は15時からだから…」
枝折が床頭台の引き出しから財布を取り出す。
そこから二千円をコナに渡した。
「下にコンビニあるでしょ。コーヒーでも買って来なさい。私にもお水買って来て」
「わかった」
コナがエレベーターで一階のコンビニに行く。
一階は外来の患者が、午前中ほどではないがたくさんいる。
この人たちはみんな病気なんだな、とコナは思った。
そしてそのことを悲しんでいる家族もいる。
いつなにが起こるかわからない。
コナ自身もほんの数日前まで枝折に会いにこんなところに来るなんて思ってもみなかった。
コーヒーと水を持って枝折の病室に戻る。
枝折はベッドの頭元を上げて窓の外を見ていた。
「今飲む?」
「あ、ありがとう。もらおうかな」
コナがキャップを開けて水を渡す。
おいしそうに飲んでいる枝折を見てコナは涙が出そうになった。
「枝折さん。話があるんだ」
コナが壁際に置いていたパイプ椅子をベッドに近づけて座った。
「お父さんが見つかったらしい」
「そう」
真っ白な布団の上でコナが自分の手をぎゅっと握る。
その手の上に枝折が自分の手を重ねた。
それが四季の父親だったこと。異母兄弟である可能性があることをコナはゆっくりと話した。
「コナ」
「はい」
「たとえ四季と異母兄弟だとしても、いいのよ」
枝折の言っていることが理解できず、コナは目を見開く。
兄弟ならば恋愛感情を持ってはいけないのに。
男同士だとはいえ、枝折にもそんなことはわかっているはずだ。
「好きな人は好き、でいいのよ。だって、
そんなことぐらいで諦められないでしょ?
コナの気持ちはわかってたわ。
四季は本当にいい子よ。大切にしたらいいの。
コナの気持ちも、四季のこともね」
「でも…」
「二人でこれからずっと一緒にいる。それだけでいいの」
確かに男同士なので結婚することも子供ができることもないからいい。
しかし枝折はそんなことを言っているのではなかった。
枝折は好きな人は好きというだけでいいと言った。
諦められないのなら思い続けるしかない。
コナは枝折の言いたいことがわかった。
「うん。そうだよね」
「元気出しなさい。お父さんにもちゃんと会うのよ」
「会った方が…いいのかな」
「会ってもなんにもならないかもしれないけど、立派になったコナを見せてやりなさい」
父親が喜ぶからではない。一人でもこんなに立派に生きているんだ、と見せつけてやれ、と言って枝折は笑った。
「枝折さん。ありがとう。めっちゃ元気出たし、
父親にも会う勇気が持てた」
「良かった」
「俺、やっぱり枝折さんがいないとダメだ」
自分の手の上に置かれた枝折の手。
男にしては小さくてキレイなその手をコナは両手で包んだ。
「何言ってんの」
「ホントだよ。だから枝折さんも…俺とずっと一緒にいて」
「…」
“息子のそばに、少しでも長くいたい”
医師に告げた望み。
コナもそう思ってくれていたのだ。
包んでくれたコナの手は暖かい。
生きたい、と枝折は初めて願った。
「佐藤さん。息子さん来られてます?」
看護師が入って来た。パイプ椅子に座っていたコナは立ち上がり、頭を下げた。
「はい。先生のお時間、大丈夫なんですか?」
15:00を少し過ぎていた。忙しいので遅れるのは仕方ないと思っていた枝折が逆に医師を心配してこう言った。
「もう上がってこられるみたいなので。行きましょうか」
看護師が廊下から車椅子を持ってくる。
ベッドからゆっくり立ち上がった枝折がそばに置いてもらった車椅子に座った。
枝折の車椅子姿を見たコナが動きを止める。
病衣を着ているせいか、具合がさらに悪そうに見えた。
コナが車椅子を押している看護師に着いていく。
病棟の一番奥にある部屋に入り、車椅子に座っている枝折の隣にコナも座った。
すぐに医師ともう一人看護師が入って来る。
挨拶をすませた医師はパソコンの画面をコナと枝折に見えるようにした。
「では早速。検査結果の説明をしていきますね」
医師が先日枝折に話したことと同じ説明をする。
コナは真剣な顔で画面を見ながら頷いていた。
「この、詰まってるところ。詰まっているものはがんです。
肝臓の外にある胆管なので病名は「肝外胆管がん」です」
「がん…」
枝折はなにか悪い病気ではないか。
つい、そう思ってしまうのをコナはかき消してきた。
考えないようにしていたのかもしれない。
痛くて痛くてたまらない体から体温が消えていくような感覚にコナは陥っていた。
「とても予後の悪いがんです。手術をしても5年生存率が10%〜30%、手術をしない場合は1年生存率が10%〜40%になります」
手術をしても5年後に生きてる確率が10%?
がんなんて切って取ってしまえば大丈夫じゃないのか?
コナの目から涙がポロポロと溢れる。
枝折が何も言わずにコナの手を握った。
「手術をするかはPET検査の結果によります。
他に転移がなければ手術も視野に入ります」
「コナ」
枝折が握っていた手でさすると、コナが涙を拭いて枝折の方を向いた。
「ごめんね。こんな話聞かせて」
「何言ってるの。内緒にされる方がイヤだよ」
「コナ…」
枝折からすればひとりで抱え込むのはどんなに辛くても我慢する。
心配をかけたくなかった。泣かせたくなかった。
しかしそれ以上にコナに嘘をつくのは嫌だった。
コナが言ってくれた一言は枝折が決めたことが正解だったという証明だった。
「息子さんの望みはなんですか?」
枝折に聞いたことと同じことを医師がコナに聞いた。
「俺は…」
救ってくれたのは枝折だ。
感謝の気持ちも表せないほどある。
しかしそれがなくてもコナは枝折と、家族として生きていきたいと願っていた。
「俺は、…お母さんとずっと一緒にいたいです」
バッ!と枝折が両手で顔を覆う。指の隙間からは涙が溢れた。肩を揺らして泣く枝折をコナが抱きしめた。
「息子さんの願い、お母さんの願いと同じですよ。
お母さんも、息子さんと少しでも長く一緒にいたいとおっしゃってました」
枝折のことを “お母さん” と、言ってくれた医師。
泣いている枝折とコナは医師の言葉にさらに涙をこぼす。
なぜ、枝折がこんなことになったのだろう。
お互いやっと家族に出会えたというのに。
神様なんていない。
コナは昔からそう思って生きてきた。
そしてそれは悲しいことにどうやら真実のようだ。
「では、お二人の望みが叶うように私たちも全力を尽くします。そのためにこうした話し合いの場を頻繁に設けさせてください」
「よろしくお願いします」
枝折ではなくコナが力強くそう言った。
「先生。俺、なんでもします」
「佐藤さん」
枝折が指で涙を拭って顔を上げた。
「佐藤さんがおっしゃっていたように本当にいい息子さんですね。我々も心強いです」
「…ありがとうございます。自慢の子です」
コナが恥ずかしそうに顔の前で小さく手を振る。
いつものコナに戻ったようで枝折は安心した。
次の日に枝折は転移の有無を調べるPET-CTを撮り、その後に体内に溜まった胆汁を外へ出す管を入れる手術をした。
枝折の体から管を通してベッド柵にぶら下がったバッグに胆汁がどんどん出てくる。
しばらくすると黄色かった枝折の肌がいつもの色になっていった。
後はPET検査の結果だ。
結果が出てから会議をして、それから枝折とコナにこれからの治療が提案される。
その日はいつなのか。
コナは枝折のいない店のカウンター席に座って、背の高い棚を眺めていた。
先生も全力を尽くすと言ってくれた。
枝折はこんなところで死んだりしない。
コナは一人で目を閉じて手を合わせた。
カウンターの上に置いていたコナの携帯が震える。
病院からの電話かと思い、あわてて画面を見ると四季からだった。
「はい」
「コナ?蒼さんから連絡で、親父が会うって言ってるって。
といっても俺になんだけど。コナが行くことは言ってない。
もし、会うのがイヤなら蒼さんがコナのことを事務所の人だって言ってくれるって」
枝折のことで頭がいっぱいだったコナは、四季の声にスッと目が覚めた。
“お父さんにもちゃんと会うのよ”
四季のことを相談した枝折はそう言っていた。
「会うよ」
「コナ?大丈夫か?」
「うん。会う。たぶん…これが最初で最後になると思うから」
心配そうな声の四季が、わかった、と言って父親に会う日をコナに教えた。
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