第2話
「いや、言うことはちゃんと言えたんだ、合格合格」
そんな俺にできるのは自己評価を上げてうまく切り替えることだけだ。
思考を写真部へ無理矢理引き戻そうと再び早足になった。
写真部部室が近づいてくるにつれ、頭の中が次第に花畑色からモノクロへ変わっていく。
それに比例するように気持ちも冷静になっていった。
「──とうとう来たぞ、ここが東峯学園写真部の部室だ……!」
目の前にあるのは何の変哲もない教室の扉だが、ここを開けたとき、俺の青春が始まりを告げる紛れもない人生の扉だ。
表札の文字をまじまじと見つめる。その退色具合と掠れた文字から歴史と伝統の重みを感じた。
俺はひとつ深呼吸をして、鍵を鍵穴に挿入し、回──。
「ん? 回転しない……逆には回せる」
つまり、鍵が既に開いている。
俺は首を傾げながら鍵を抜いた。
「不用心だなあ。貴重なものだってあるだろうに」
ともあれ深く考えるのも無駄だと思い、扉を開けた。
しん、と静まり返ったこの部屋は、ここだけ時間が止まっていたかのように廃部当時の内装が残してある。
まるで昨日まで部員たちが腕を磨き、語らい合っていた様子が見えるようだ。
俺は背筋を伸ばして足を踏み入れる。
敷居をまたいだことで、俺はこの世界の一員となった。
そして時間が再び動き出したのだ。
「おお……トロフィーが。これ、〇〇年夏大会のだ! あの金賞写真すごかったなあ……冬の楯も結構ある」
まず俺が目指すのは、この冬大会金賞の楯になる。
モチーフとテーマを考えておかないとな……。
更に部室内を見回すと、作品もたくさん飾られている。
どれも素晴らしい出来で息を呑むばかりだ。
アナログ写真のいいところがこれでもかと詰まってて、生きた教科書がこんなにたくさん……これは勉強になるぞ。
額縁の埃を払いながら部室をぐるりとひと回りした。
こんなに気分が高揚したのはどれだけぶりだろうか。
「そして残るは……ここ!」
俺は室内の小さなドアに向かって指をさす。
そのドアには『暗室 無断で開けるべからず必ずノックすべし!』と赤いマジックで書かれたすすけて黄ばんだ紙が貼ってある。
俺がこの部室を熱望した理由のひとつはこの暗室の存在だ。
学校の教室というのは意外と隙間が多く、光を完全に遮断しようとすれば暗幕を頭から被ったり目張りをしてあらゆるすき間を塞ぐ必要がある。換気や薬品を流す洗い場も必要だしお湯が出れば尚いい。
その点この部屋はアナログ写真の現像専用に作られ、必要な設備も万全ときたもんだ、こういったところはさすが強豪校。
つまり、素人が個人で持つにはなかなかの設備であるここを当分俺が自由に使用できるということなのだ。
これで思う存分現像ができる、きっと引き延ばしもできるはずだ。
お気に入りが撮れたらパネルなんかも作っちゃおうかな!
「それでは拝見しましょうかね。印画紙や現像液がまだ使えればラッキーだし、せめてセーフライトが切れてないといいな」
俺はへらへらと不気味に独り言ちながら暗室のドアを開けた。
「……ん?」
「部屋を間違えたかな……いやそんな訳あるか」
暗室の中はあまりに俺の想像とかけ離れていたので、思わずひとりで突っ込んでしまった。
物置にでも使われていたのか、とにかく物が多い。
俺は訝しげに中を見回すとおずおず中へ入ってみる。
部屋の奥には人ひとり分がやっと腰かけられるスペースにパイプ椅子と簡易机が置いてあり、その上も物でいっぱいだ。
「なんだこれ……? 写真の資料か? それにしちゃ内容が偏ってる気がする」
適当な書籍を手に取ってぱらぱらとめくると、絵がたくさん描いてある。アニメか何かの設定資料集のようだ。
「あ、この特撮ヒーローなつかし! 俺が小学生の頃のやつだ。
こっちは魔法で変身する女の子のだ」
他の資料も手の届くものを手当たり次第に開いてみると、どれもアニメや特撮、ゲームなどの関連書籍やマンガ、小説のようだ。
「これすごいな……昭和の発行じゃん……どこで手に入れて来たんだ? それにこっちは多分最新シリーズだ」
「うん…? 最新?」
自分で言って疑問が湧く。
この部室は少なくとも一年以上使われていないはずだ。
おかしい、やはり誰かがここを物置として使っているのだろうか。
もう少し部屋を注意深く眺めてみる。
最初は暗くてわからなかったが大き目の箱がいくつも並んでおり、手に取って眺めてみると、どれもかなり高額なもののようだ。
「あ! すげえフィギュアがこんなにたくさん……うわ、しかもエッチな奴じゃん。まさかこれ撮影してたのかな……」
自分の中の栄光の写真部像が音を立てて崩れていく。
いや待てまだ早い、ここが物置だった前提で考えよう。
他にもどんなものがあるか探してみる。
「お、これ知ってる。元同人ゲーでかなりマイナーなキャラだよな……こんなのまでフィギュア出てるんだ。ええとなんていったっけ、エリー」
「これは双子の姉のミリーよ」
「そうだっけ──ん?」
突然背後からかけられた言葉に振り向く。
「うわあああっ!? ににに、二ノ宮、先輩っ……!!」
「ちょっと大きい声出さないでよ! 私がここにいるのバレちゃうじゃないの!」
「は? え? なに、なんですか?」
そこにはさっきまでなんとか同好会にいたあの二ノ宮先輩が口の前で指を立てて『シー』のポーズをしている。
混乱して何が何だかわからない俺に向かって彼女は険しい顔で続ける。
「キミが写真部って聞いてこの部室のことを言っていたから嫌な予感がしたのよね……」
「え? は?」
「察しが悪いわね、ここは私が私的に使ってたの。勘違いしないでね、ちゃんと学校にも許可もらってるわ」
はあ、とわかり易くため息をつくと、二ノ宮先輩は俺を厄介者のように睨みつけた。
初対面と二度目の邂逅は、さっき会った時の柔和な微笑とはまるで違ったものだった。
「まさか許可が下りなかったのってそのせい……?」
「そうじゃない? キミが余りにしつこいから先生も折れたのよ。まったく迷惑な話だわ」
迷惑なのはこっちなんだが……俺はこんなことのために夏の大会を棒に振らざるを得なかったのか……?
「嘘だろ……」
うなだれる俺を気にも留めずに二ノ宮先輩は背を向けて非情に告げた。
「そういうことだから、悪いけど部室なら隣を使って。あとこのことはくれぐれも他言無用──」
「嫌です」
「え?」
「聞こえなかったんですか、お断りします」
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