第3話

「聞こえなかったんですか、お断りします」


 断られるのを予想していなかったのか、先輩は驚いて俺に向き直った。


「当たり前でしょ。ここは伝統ある写真部の部室です。なにより隣の空き部室にはこの暗室がありません」


「そんな、困るわ! ここは秘密の部屋にちょうどいいのよ」


「秘密って何です? それにこれまるっきり趣味の部屋ですよね。校則違反ですよ」


 俺は二ノ宮先輩にずいと接近し、胸を張って強く当たった。

この件に関しては一歩も引く気はない。


「了解は得てるって言ったでしょう!」


「とんだ特別扱いですね。とにかく俺が写真部の部長になった以上、この部室の管理権限は俺にあります」


「そんな、ひどい……この私がお願いしてるのに……」


 悲しそうな顔して権力をカサに圧力かけて来るなんて、俺の中で大和撫子と言うイメージが音を立てて崩れ去った。

ドラちゃんのくだりは即時撤回する。

 かわりにふつふつと湧いてきたのは怒り。


「ひどいのはどっちですか……! 俺は先輩のおかげで夏の大会フイにされたんですよ。高校生活でたった三回しかない大会に!」


 つい声を荒げてしまった。

 俺の剣膜に気圧されたのか先輩はたじろぎ数歩後退ると、バツが悪そうに俺から視線を逸らした。


「それは……私も知らなかったのよ……それに関してはお詫びするわ」


 そして小さな声でそう言うと、俯いて爪を噛んだ。

彼女の癖だろうか。


「でも私だって、この部屋はとても大切なの! 簡単には譲れない」


 しかしすぐに顔を上げて強い眼差しを向けてくる。

この先輩、実はかなり強気と見た。


 と、ここでふと疑問が俺の脳裏をよぎる。

そもそも何故ここを不法(じゃないが)占拠する必要があるのか。


「先輩の言い分はわかりました。ところでこの大量のグッズなんでこの部屋じゃなきゃいけないんです? さっきのなんとか同好会はどうしたんですか? あそこに置いてみんなで見たらいいじゃないですか」


「ホビーカルチャー同好会よ! 今は生徒会の呼び出しだってことにして来てるわ」


 先輩は食って掛かるが肝心の質問にはすぐ答えない。

敢えて俺は何も言わず待っていると、ぽつりぽつりと喋り始めた。


「これは……同好会のみんなには内緒なのよ……」


「いい? これは絶対他言無用だからね」


「はいはい、それで」


「私、本当は全然その……ああいうの知らなくて……」


「はい?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

二ノ宮先輩と言えば


「どんなニッチでメニヤックな会話でも偏見なくすらすらと受け答えできるオタククイーン」


「じゃないのよ」


 先輩はそう答えて黙ってしまった。

しばし沈黙が空気を重くする。


「あ、あの……好き、は好き……なんですよね」


 俺はそれに耐えきれず質問を重ねるが驚くべき返答が返ってきた。


「正直、別に……」


 ──衝撃。

この人はたいして好きでもないことをあの大人数相手に長時間話続けているというのか。


「てか、何故……そんなことに」


「勘違いしないで、最近は結構興味も沸いて来るのよ……前よりは」


 先輩は慌ててそう言うと、また沈黙。


「楽しく盛り上がれる……友達が欲しかったの」


 そしてようやく、先輩は本音を口にした。

正しくは本音であろうこと、だが。


「いつだったか……クラスで漫才グランプリの話題が持ち切りになって……その放送たまたま見ていたから『ああ、そのコンビ知ってるわ』と……ほんと気楽に答えただけだったの」


 これは俺の憶測だけど、完璧に近いお嬢様である先輩は周囲から浮いているというか、近寄りがたい存在だったんじゃないか。

それが芸人の話題で一気に距離が縮まった。

 すると話しかけづらかった人らが一斉に彼女に群がったんだ。


「なら別に、好きな分野だけ話に乗ればよかったのでは。

オタクは解説好きだから大抵聞いたことにはそれ以上のボリュームで答えてくれますよ」


「嫌よ、聞くなんて悔しいじゃない。

みんなして私にあのアニメは? とかあのゲームは? じゃあこの映画は見た? なんてわざわざ訪ねてくるんですもの。全部『知ってるわ』って答えてたらとんでもないことになってたの」


 話すだけ話したのか、先輩はスッキリした顔をしていた。

俺なんかにここまでぶっちゃけちゃって良かったのだろうか。


「先輩……とんでもない見栄っ張りですね……ドン引きですよ」


「キミねぇ──」


「と、同時に尊敬します。そこまでできる人普通いませんよ」


 事実マウント取られたくないが為だけに同好会まとめ上げるほどの知識を詰め込むなんて、才女且つ経済力もある二ノ宮先輩だからこそ可能なワザといえよう。

 それに、先輩と仲良くなりたい人、そのチャンスを窺っていた人がそれだけいたというのもすごいことだ。


「……これでもうわかったでしょ、ここは私がこっそりみんなが話題にしていることを勉強する場所なの。わからないことがあったらトイレや用事の振りして駆け込める距離にあって、うまく外から見えない場所」


「だから、譲る気はこれっぽっちもないわ」


 隠すこともなくなって先輩はキッパリと主張してきた。

 微塵も引く気は無いし、返って腹もくくったのだろう。


 しかし俺だって諦める訳にはいかない。

 とは言えこのままでは平行線だ。


「わかりました。俺は先輩の行動を否定はしません。

ただ、この部屋だけは空けてもらいたいので先輩のグッズ部屋はこの部室内に適当なパーテーションで区切って作ります」


「嫌よ、誰にも見られたくないって言ったでしょ!」


「これ以上譲歩は無理ですよ、だいたい現像はここでしかできないんです。資料読むのは誰かに見つからなければ部室内のどこだってできますし、むしろ明るい方がいいでしょう」


 実際、これ以上の提案はないだろう。互いにとっても有益なはずだ。

 先輩は俺の提案を聞いてまた爪を噛みながら小さく唸っている。


「私の秘密を知って、弱みでも握ったつもりでいるなら後悔するわよ……」


「あ、なるほど。先輩悪いこと思いつきますね」


「え、ちょまって今のナシ!」


「もう遅いですよ」


 本当に弱みを握ったつもりなんて無かった。

だいたい脅すなんてことはしたくない。


 やがて先輩は最大の譲歩案を出してきた。

 きっとここが最終ラインだろう。


「わかった、ここは共同で使いましょ。ここで写真を作ってもいい代わりに私の勉強につきあって」


「なんで俺が条件飲む形なんですか」


「キミも共犯にする」


「共犯の意味が分からないし、俺そんな詳しくないですよ」


 不敵にニヤリと笑う先輩。腹の底では何を考えてるやら。


「……まあ、とりあえず今はそれでいいですよ。最終的には出て行ってもらいますけどね」


「ふん、私が誰だか思い知らせてあげるから。

そうなったら絶対写真部なんて潰してやるんだから!」


 そう言って先輩は部室を出て行った。

 なんとなく今回は痛み分けで収まったがこれからどうなることやら。


 まずは現像できる機材とスペースを確保しとこうと資料に手を付けた途端ドアが勢いよく開け放たれた。


「キミ! ガンタムの見分け方って、わかる!?」


 そんなこんなで始まった俺と二ノ宮先輩との勉強部屋。

冬の大会まで本当にいい写真が撮れるだろうか、とても心配だ。

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二ノ宮先輩はオタク勉強中! 岩田コウジ @burning-fire

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