第9話 猫ちゃんの主張

腕の中では、まだサヨリが暴れている。

『猫ちゃんも、大丈夫、大丈夫よー、えへへ』

香織は猫の頭を優しく撫でた。


サヨリはゴロゴロと喉を鳴らして大人しくなった。


猫にオバケは見えるのだろうか?


協力者たちが駆け寄ってくる。

「お姉さん! 大丈夫ですか?」

「怪我は」「ボロボロじゃないですか」

亜美は自分の無事を示すように、猫を抱いたまま立ち上がり、膝を屈伸させる。


「あー、上着以外、平気です。ちょっとね、最初勢いで滑っちゃって」

歩けますか、とかすげー、と声をかけられ、小さく拍手をする人もいた。


「わたしはホント、平気です。飼い主さんが心配して待ってる、戻りましょう」

何か聞かれる前に小走りで駅前に戻る。


途中、サヨリは亜美の腕の中でニャアニャニャニャアと盛んに鳴いた。

香織の方を向き鳴いてるようだ。

やはり見えているのかもしれない。


『さすがに猫語はわからないなー、でも感謝してるんだろうネ。カワイイ』



「サヨリー! ごめんねごめんね!」

飼い主の少女にサヨリを届けると、わんわん泣いて感謝された。

「わたしがうっかり蓋を。わたしが悪かったんです! ありがとうございます、うぅ」


どうしようもない別れにならなくて良かった。理不尽な離別は猫も人もたまらない。

避けられるならそうしたい。


「たまたまだよ、皆探してくれたし」

あげ損ねた猫オヤツを飼い主に返しながら、亜美は不意に、居心地の悪さを感じ立ち去りたくなった。


先程の協力者達も集まり亜美に話しかけようとしている。

浮いてた、落ちてた、などという声も聞こえた。


――本当にたまたまだ。香織が助けてくれたわけだし。


「あの、お名前は」と聞かれたが、バイトの時間だから急ぐ、と辞退した。


バスケットに入っても猫は、ニャアー、ニャニャニャア! と何度か同じフレーズで鳴いていた。


「じゃあね、猫ちゃん」

『じゃあねー』


――ニャアー、ニャニャニャア!


猫も亜美も無事だった。それでいいのだ。


「はー、疲れた。派手なことさせて」

一息つきながら、香織に文句を言ってみた。


『えー、良かったじゃん、猫ちゃん無事で』

「そうだね、香織、ありがとね」

ふたりはエアハイタッチなどしつつ、上機嫌でバイト先に向かった。



青年風、チノパンにフォーマルなアウターの出立ちの霊体が、亜美と香織を見送っていた。

猫の飼い主の横に立って、猫の声を聞いていたのだ。

香織の夫である幽霊、譲である。


彼女らに気取られず見守っていたわけだが、ところで譲には猫語がわかる。

幽霊となった後、個人的な興味で能力を活用し研究したのだ。


猫サヨリは、香織に繰り返し伝えていた。


『オーイ、透け人間、パンツ見えてる! 恥ずかしいニャ!』


亜美と談笑しながら、霊体で浮かぶ香織のワンピースの裾はめくれ、下着に食い込んでいた。

パンツ丸見えという後ろ姿だ。


譲は、妻に指摘しようか迷った。

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