第2話 ずるいよ、香織

 説得に敗れたわたしは、T駅近い香織の部屋で、ボーっと過ごした。

 腹が減ったら彼女の残してった冷蔵庫の品を食べた。


 儀式は満月の日といっていた。

 わたしと別れてから二、三日後に決行ということになる――。


 香織が正気、になって戻ってきて、鍵がないと困るだろう。

 なのでわたしは彼女の部屋でそのまま過ごし、彼女の匂いのする布団で寝起きして、タオルやまあ、パジャマとかその、持ってきてなかったんで下着も勝手に借りて待っていた。


 その日はブラッドムーンなるレアな満月だったらしいが、よく覚えていない。

 夜空で半目で睨みつけてくる月に気づいて、怖くてひたすら布団を被って彼女の帰還を待った。

 その夜だけは鍵は開けて、わたしが寝てても入ってこれる、帰ってこれるようにしておいた。


 いや大丈夫、もうそんな深刻な話じゃないんだ。心配しなくていいよ。


 夜が明け、朝、昼……やっぱり香織は帰ってこなかった。

 霊感なんぞ無いわたしには、他に何も、死んだとか生きたとかわかるわけがない。

 もしわかったのならそれは専門用語で言うと「気のせい」だ。


 夕方になり、電気をつけようか迷っているとドアの郵便受けにコトリ、と軽いものが届けられた。

 無記名の封筒だった。

 直感でなく推理として中身が何かわかってしまったわたしは、たっぷり悩んだ後に開封した。


 小さなUSBのメディアと共にメモ用紙が添えられていて、


『あたしも愛してるよ、亜美』

 

 と書かれていた。


 反応する感情が麻痺したわたしは、のろりと香織のノートPCを開き、メディアを入れた。

 やはり動画ファイルだった。


 悪趣味すぎる。が、見る他はない。


 あまり気持ちのいいコトじゃないから短めにいうと、香織と旦那の心中シーンが映ってたわけさ。魔法陣の上でHしてな。んで刺されて死んじゃうという。

 倒れて動かなくなっても抱き合っててさ、ずうっと嬉しそうなのがムカツいて何度か吐きそーになったよ。


 ――ずるいよ、香織。


 一足先に異常な方法で、満足そうに人生上がりだって。

 置いてきやがって。

 終始笑顔で楽しんで、チクショー。


 人並みにショックを受けたんだろう。わたしはそのまま部屋の片付けもせず、ずーっとボーっとと過ごした。

 ちょっと元気な時は部屋にあったマンガや小説やアニメのDVDもみた。一緒に観たことあるのもあった。

 外に出るのはどうしようもなくお腹が減った時だけ、コンビニ飯やビールを買いに行った。

 バイトとかはちゃんと休むといったよ。

 バンドには迷惑かけちゃった。しばらくサポートを呼んでもらうよう頼んだ。


 泣き暮らすと言うのもちがう。

 家族や恋人でもない、ダチだったわけだし。

 受け入れられないとか納得いかない、とはむしろ逆で、最期の最後までとても幸せそうだったので納得せざるを得なかった。


 状況のおぞましさは際立っているが、似合いの夫婦に見えた。


 落差というか。香織。あいつの部屋で何となく寝起きしている今のわたしは何者だ。


 大切な友だち。


 ふたりとも軽い遊び相手探しばっかしてたけど、ふざけてキスしたこともあったし、一度だけ寝たこともある。

 何でだったかな。結局ふたりとも伴侶パートナーを探し求めていたわけだ。同志なんて真面目なガラでもない。


 ただ、遺品を整理してね、と頼むくらいは親しかったわけだ。

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