スカウトは拘束から3

 いい加減寒さがピークだ。

 おしっこ出そう。


「あのですね、トイレ行きたいんでそろそろいいですか?」

「おまえもたいがいだな」とルーサが言った。

「生理現象なんで」と俺は言った。「そもそも思うんですけど、ちゃんと領主を継承してですね、まっとうに領民に感謝されたらいいんじゃないですか?」

「それじゃ感謝が足りない! 安定しているところを引き続き安定させても感謝はもらえないんだよ。父上をなんとかするしかないね」

「やだなにそれこわい」

「やめたまえ。なんとかしようという気はないからこうして魔王を討伐しに行こうとしてるんじゃないか」

「発想がアウトで発言がアウトで実行してないだけのヤバいやつですよ、あなたはいま」

「なにが気に入らないっていうんだよ、きみは!」

 

 そこから……?

 むしろそこだけは明白な気がするが。


「動機が気に入らない」と俺は言った。

「なんでだ!?」

「不思議か……?」

「不思議じゃない」とルーサ。

「まっとうだ」とポルカ。


 3対1。

 パーティ内で論駁される勇者。


「なんでよ! なんでみんなそんなに冷たいの!?」

「おまえが説明しないからだろ」とルーサは冷酷に言い放つ。

「したじゃん! したよ!」

「いいかセレナ。重大なポイントをおまえはバベルべくんに対して伝えていない」


 バな、バ。

 ベじゃねえ。そもそもバを適当につけただけの偽名だけど。

 

「なんかあったっけ?」

「魔王に会ったことがあるって話したか?」

「ああ、うん。してないけど、なにか関係ある?」

「あるよ……」とルーサはもはや呆れている。「邪悪だとおまえが慧眼で判断した、という部分が抜けている」

「なんかさあ、それズルくない!?」

「ズルいとは!?」

「あのさ、ルーサ。あくまで魔王を倒すっていうのはこう、こころの奥底から湧き上がって来るなにかだと思うんだよね」

「待て。バベルバくんが協力してくれるのはおまえへの好意だって言ってたよな?」

「いや、それはそうなんだけど、バベルバくんはそういうのだけじゃないんだよ。なにかこう、隠してる。そうだ! きみはなにか隠してる!」


 いきなり俺に来た。

 とりあえずルーサはしっかり「バ」と言っているので、さっきの言い間違いは訂正しないことにした(いや、偽名だけど)。


「バベルバくん、そうなのか?」

「いやまあ、隠すもなにも、訊かれてないですからね……」

「……たしかに!?」

「状況がややこしくしている。拘束する必要はなかった」とポルカがポルカにしては長くしゃべった。

「それだよ!」と俺は全力で乗っかった。

「だって、みんないいって言ったじゃん!」

「それがいいっておまえが強く言い切るから、なにかあると思うだろうが」

「いいとは言ってないし。もう考えるのめんどくさいから最短距離で行こうよ、って言ったし」

「ややこしいと俺は思う」とポルカが言うことはいちいち正しい。

「バベルバくん。もしなにかあるなら言って欲しい。俺たちはセレナを信用していないが、セレナの慧眼は信用している」

「ひど!? なにそれ!」

「バベルバくん、セレナが魔王が悪いと思うなら、かなりの確率でそうなんだ。慧眼が根拠なのは気に入らないのはわかるが、きみが知らないだけで高適性の慧眼っていうのはそれだけ恵まれすぎているスキルなんだよ。俺たちからすれば、魔王を倒しうるくらいの根拠にはなるんだ」


 俺の名前がバベルバで固定されていることにこいつらは疑問がないのか、という点を考えてはいたが、常識人っぽいルーサが言うならそうなんだろう、たぶん。


「魔王を見たというのがちょっと想像できないんですけど」

「7、8年前かなー。いや、4、5年前かな。まあなんかそのくらい! とにかく魔王がね、来たの。リトルガーデンに。人間のフリしてね。で、わたしは窓から見た!」


 待ったが、それ以上はセレナはことばを足しそうにない。

 過去のエピソード盛らないか? そこは俺を説得するためにもうちょっと盛らないか?

 エピソードがいちいち薄い勇者である。


「どう思ったんです?」としょうがないから俺が訊く。

「ええー、どうって……。なんか、ああ、これはそのうちとんでもない害を人間に与えるんだな、って」

「慧眼ね。慧眼」

「それにわたしへの敵意みたいなのがすごかったんだよ。わたしのことを見てたわけじゃないんだけど」

「それも慧眼ですね。慧眼」 

「だから、人間にとってもたぶん害。わたしにとってはぜったいに害、みたいな感じ! じゃあ倒して目立ちたい!」

「だから後半だよ、後半! それが信頼感を損ねてんの!」

「だって目立ちたいのはウソじゃないし。わたしは世界を救った英雄になりたいもん。押し付けじゃなくて、ひとに感謝されたいじゃん!」


 アホウだが、力強かった。


「ていうか、魔王なにしに来たんですか?」

「知らない。たぶん街をぶらついて帰ったよ、館から見えるところまでしか見てないけど」


 すごい、危機管理能力がバグっている。

 ただ、だいたい俺の理解と魔王像が一致している。

 南勢寺教授はおそらく偵察に来た。そして、自らの敵となる勇者らしきものを探していたのもそうだろう。

 俺はひととなりを知らないが、そのくらいは相手からするとやっておきたいところだろう。

 

 1点だけ。セレナへの悪意がよくわからない。

 仮説はある。

 セレナが感じた自身への悪意はおそらく、セレナという個人に対してではなく、勇者になるかもしれない者への敵意だろう。

 セレナ個人がすでに勇者として「ラスボスにしてはちょっと強すぎる魔王」に認識されているというわけではないはずだが、セレナの視点からすれば、「勇者候補への悪意」と「セレナ自身への悪意」は一致している可能性がある。

 このあたりは慧眼の個人的感覚がわからないと正確なことはなにも言えないが、セレナが自身のスキルを詳細に分析しているとはとても思いがたい。

 なにしろ、生まれたときから「なんとなく悪いひと」という感覚が高精度であたりつづけているわけだから、分析の必要がない。

 いや、しろよ、とは思うが、こいつならしてなくても不思議ではない。


 つまり、能力に甘えたアホウな勇者と常識人な魔王の邂逅だったということだ。

 

「黙んないでほしいんだけど……不安になるじゃん」とセレナは言った。

「あ、いや、ごめん」と俺は言った。

「なにか気がかりがありそうだね、きみは」

「ないことはないんですけどね……。あいにく俺は慧眼持ちじゃないんであなたが信頼できてない」

「まだわたしのことが信頼できないの!?」

「信頼を積んでもらってもいいですか? あなた、俺を昼間押し倒して、いまは拉致ってるんですよ。なにを信頼しろと?」

「強者の論理だね! だってきみはいま拘束されてない!」

「いやいやいや、おまえの手段の強引さを俺は咎めてんだよ! だれが俺の強さの話をしたんだよ!」

「あー、生意気! 年下のくせに!」

「敬意がないのに敬意は払えねえんだよ!」 

「いや、待った。落ち着こう、バベルバくん。いったん、仕切り直させてくれ。明日、みんなでごはんを食べないか。きみのご家族にも説明したい。そこまでに俺たちがなんとしてでもこいつから話を聞き出す。できるかぎり言語化してみるから。きみのご両親にもちゃんと説明する。それから協力してくれるか返事をくれ」


 良識アン常識アン妥当!

 これが勇者のあるべき姿だよ。


 そういうわけで、路地裏のスカウトは翌日仕切り直しで終わった。


 結局、勇者一行に今日は話さなかったが、南勢寺教授こと「ラスボスにしてはちょっと強すぎる魔王」がいるのはだいたい俺のせいだ。それは間違いない。

 放置したときになにが起こるのかは知らないが、倒すべき相手ではある。

 だから、旅には出るべきだろう。

 

 が。

 セレナとともに倒すべきだということにはもちろんならないし、だいたいいまは人間にとっての脅威ですらない。

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