スカウトは拘束から2

「頭を起こしてもらった直後で恐縮なんですが、座ってお話できないですかね」と俺は言った。

「仕方ないな。通りでやるのはたしかによくないかもね」とセレナは要望を聞いてくれるらしい。

 

 が。

 俺が連行された路地裏は、完璧に路地裏だった。

 よく考えればセレナは「目立つから場所を変える」と言っただけで、べつに平和的に話し合うとは言っていなかった。

 とんでもないやつだ。


 北国の夜は早い。みんな寒いから外に出てこない。

 かわいい弟に魔法を教えようと出かけた俺みたいな健気な兄でもなければ、外にひとはいない。

 つまり、北国の夜の路地裏は人通りもなく寒い。


 セレナ一行はしっかり俺の手足を縄で結んで、路地裏に座らせた。

 とてもじゃないが三顧の礼もクソもない。もはや勇者を名乗るギャングに近い。

 

「わたしはね、バベルくん。いや、さっきも言ったけどきみがそう言うならバベルバでもかまわないけどね。どっちがいいんだ? わたしはどっちでもいいぞ。いやまあまあ。いまは時間がない。おいおい考えよう。きみの魔法が欲しいんだ。きみじゃなくてもいい。でもきみの魔法は欲しい。なぜなら魔王を倒したいからだ」


 理屈がいちいちひどい。

 話せないタイプだ。


「お断りします」

「却下だ。お断りをお断りする」

「話し合いって聞いたんですけど」

「言ったが、話し合うとは言っていない」

「……ん?」

「魔王を倒そう。そして歴史に名を刻もう」

「もう1度だけ言いますね、お断りします」

「しっかり縛られているのに強気だね?」とセレナは言った。「おおっと、バベルバくん。さっきも言ったが魔法は厳禁だよ? わたしになにかあったとき、きみの行動を告げ口する手段がこっちにはあるんだからね!」

「いや、それはウソでしょ」

「へっ!? そ、そんなァわけないだろ!」


 ありそうだった。

 そんな魔法はないんだよな。

 ジョフスのバベルを訪ねるからなにかあったらバベルが犯人だ、くらいのことを書き置きしておけばこと足りる気はする。ただ、それならそう言えばいいから、あいまいに「手段がある」などとぼかす必要はない。


 おそらく、この女、無策だ。


「きみ、ちょっとさ、ちょっとだけかしこいね?」

「バカにしてるんですか?」と俺は言った。「ムヴェロンタム」


 俺を縛っていた縄が、セレナの頭の上に移動する。

 魔法使っていいという確信が得られた以上、手加減する必要すらない。


「はあ!? 転移魔法!? 転移魔法も使えるのきみは!?」

「ふだんはスピーシャスとたいした差はない魔法ですけど、この場合はムヴェロンタムがいいですね」

「待って。ちょっと本当に待って。これねえ、どうしたらいい?」

「知らん」と(たしか)ポルカは吐き捨てた。

「無理だって言ったぞ、俺は」と(たしか)ルーサが言った。「そもそもお願いする立場だろ、我々は」

「だってぇ! 14歳だって言うじゃん! 4つも下のコにお願いなんてできないよ!」

「お願いされてもダメです」と俺は言った。


 せめて後ろ手に縛っておけば、俺が縄を認識するまでもうすこしだけ時間はかかったかもしれない。

 魔法使いの認識をいかに妨害するかというのは対魔法使い戦のポイントのひとつだ。魔法の基礎すら理解してないことが明白だ。

 教えてやる義理もないから教えないが、そんなことはリチャールでも知っている。


 つまり、シロウトさんだ。


「帰っていいですか? あなたがたには魔法はまだ早いですよ」

「だーかーらー! 無理無理! 無理なんだって!」

「こっちも無理だって言いましたよね、お嬢さま?」

「くーーーーーーーーーーーーーー! 憎たらしい!」

「セレナ、出直そう」とルーサが言った。


 こいつはちょっと常識人なのかもしれない。


「いやだよ。ここで決める。間違いなく、バベルバは仲間になってくれるから」

「どこからその自信が……」

「きみは、わたしのことが、ちょっと好きだ!」

「……は?」

「ルーサやポルカはいいやつで魔王討伐に興味があるけど、きみはわたしに興味があるから」

「いや、どういう思考をしてるんですかね……」

「少年、残念だがたぶんそうだ」とルーサ。

「慧眼がある」とポルカ。


 慧眼? 聞いたこともないが。

 スキル……か?

 

「まあ、魔法漬けの少年には難しいかー」とセレナは高らかに笑う。「慧眼はね、超レアなスキルなのだよ! 小領主家がライジングするときはたいていこのスキルを持ってるなんて言われている超アタリのスキルだ!」

「知らないっつってんですよ」

「なんとこの慧眼、人物の傾向みたいなのがだいたい見える! こいつビビリだなとか、いいやつだとか、大事なところで100%裏切るわ、みたいな。わたしはそのレアスキルの適性が87もあるもんだからね。そりゃもういろいろ見えるのだよ! まさに勇者! 勇者オブ勇者!」

「セレナ、この子にはいいが、道中は気安く情報を開示するなよ」とルーサがアドバイスするが、

「この子はいいからいいの!」とセレナは言い切った。

「それで好悪まで読み取れるんですか?」

「だいたいね! ハズすこともあるし、全然見えないこともあるけど、きみのは結構わかりやすめの好意だったよ」

「今回はハズしてますね」

「あるえぇ!?」

「バカだなセレナ。ハズすこともあるなんて先に言ったら、かりに当たってても自白するわけないだろ」とルーサがもっともなことを言う。

「たしかに!」

「まあ、ハズれてはないと思うけどな」とルーサは余計なひとことも言う。

「俺もそう思う」とポルカも言った。


「いや、勝手に盛り上がらないでくれますか?」と俺は余計なことしか言わないやつらに向かって言った。


「ごめんごめん。ただまあ、いっしょに魔王倒しに行こう、としか言えないんだよね」とセレナは言い切った。

「行かないです。あなたに好意があるかないかを100%そうだと仮定の仮定の仮定したとしても、行かない」

「好意は嬉しく思うよ」とセレナは言った。「ただし、少年! さきに言っておくがわたしは男性経験がない! 恋は年中お断りだ! お父さまもお母さまもあきらめててな、見合いすらしたことがない!」


 クソみたいにいらない情報だった。

 世が世なら骨まで残さないほど燃え尽くされそうなやつである。


 まあ、俺はたぶんこいつらに必要そうな情報を黙っているので、情報について御高説を説くほどフェアネスに忠実な立場ではないが。


「ダメだ。話にならない」と俺は言い切った。


 ポルカとルーサの眼差しがこころなしかやわらかい。

 どちらかというと諦念が入っている。

 

「くー、ききわけがない! きみはこれまで会ったひとの中で、もっとも邪悪な気配がする!」

「じゃあ、影ある少年を雇う必要はないでしょう。信用調査は大事ですよ、ごきげんよう」

「待て。そうはいかない。きみは邪悪な気配があり、とても強い魔法使いだが、わたしがちょっと好きだ。これは総じて安全と見ていい。わたしの慧眼がそう言っている」

「ずっるいですね、それ」と無敵の慧眼根拠に俺は異議を唱えた。「だいたい、俺は対人戦したことがないですよ」

「ウソだあ!?」

「あるわけないでしょ。なんでむしろあると思ったんですか」

「きみは南方諸家最高の魔法使いだろう?」

「どこでそんなことを聞いたんですか?」

「俺もそれは気になってたぞ」とルーサが言った。「そんな情報はなかったはずだ」

「慧眼!」


 ずっるいなこれマジで。


「ウワサまでは見抜けない」とポルカがぼそりと言った。

「あーもう、わかったよ。ウワサではジョフスのバベルは歳のわりにとんでもない魔法使いだ、までね。で、昼間あったときにわたしにとっては南方諸家最高の魔法使いってなっただけ」

「好意込みで?」とルーサが言った。

「もちろん!」

「とにかく……」と俺は言った。「なんかやだ」

「なんかやだがわたしはなんかやだ!」

「そのくだりやめてもらっていいですか?」

「きみがわたしの提案をずっと拒否するからこうなる! こくり、と首を振れば終わる話でしょ!」

「そのあと冒険になるんですよねえ」

「それはそうでしょ! 魔王を倒すんだから!」

「だいたい、なんでセレナさんは魔王を倒すことにそんな興味があるんです?」


 ポルカとルーサが、あ、という声をあげたやつの顔をしている。あげてはないが。

 これダメなやつか? めんどくさい語り始まるのか?


「ふっふっふ、よく聞いてくれたね! わたしが目立ちたいからだ!」


 終わった。

 すごい、全然短かった。説得力も皆無だったけど。


「それはリトルガーデン家で立場がないとかそういうことですか?」

「いや? このままだとわたしがたぶん継ぐことになるだろうね」

「では、戦いがないと生きられないとかそういうたぐいの?」

「リトルガーデン領は平和だからね。南方諸家の中でもかなり平和だろう、このへんは。お父さまですらあまり戦闘したことがないんじゃないかな」

「魔法の限界を試したい?」

「魔法はあまりうまくない」

「剣に生きている?」

「剣は好きだけど、もっと上がたくさんいるからね。最終的にはいちばんにはなりたいとは思っているけど」

「んー? んんー? つまり、本当に、シンプルに、他の意味がなく単純に目立ちたい?」

「そう言ったよ! わたしは単純に魔王を倒して目立ちたい!」

「脅威もとくにないのに?」

「ないけど、いつ人間を襲うかわからないよ?」

「襲う前に攻めたら人間襲うようになりません?」

「なるかもしれないけど、だれかが襲われるのを待つのは性に合わない!」

「いや、襲ってなかったらべつに倒さなくても、という話なんですけど」

「倒すよ! だってわたしは勇者になるからね!」


 不安要素は……不安要素しかねえな。


「やっぱりちょっと……」

「だいじょうぶ、たぶん倒せるよ! 行こう!」

 

 いや、やらないです、と俺は何度目かで言おうとしたが、結局のところやるんだろうなとも思っていたから止した。

 こういう言い方は「慧眼があるから」レベルでフェアネスを欠くが、俺がセレナたちが言う魔王、正確には「ラスボスにしてはちょっと強すぎる魔王」を倒すことは、俺の転生した人生のミッションでもある。


 つまり、まったく認めたくはないが、俺とセレナの出会いはこの世界に来たときから決められていたということだ。

 ただ、運命の相手はもうちょっと配慮が欲しかった。

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