話し合いの途中で逃げる
さして広くない我が家の大きくもないテーブルに5人も座るとなかなか距離が近い。
工房に一度常識的なあいさつをルーサがしに来た。
母さんは警戒していたが、リトルガーデン家の名前やルーサの常識的な態度にいちおう話を聞くことにしたようで、比較的穏やかに受け入れた。
なかなか上等な酒(俺は飲めないが)となかなか高い肉を持ってやってきたので、スタートだけは平穏だったと言えるだろう。
が。
酒に手を付ける前に、空気はぴりついていた。
当然、セレナである。
「勇者として魔王を倒したいので協力してください」(原文ママ)というなんの空気も読まない切り出し方をした。
食事中、訊いてもいない趣味やリトルガーデンでの生活、慧眼についての自慢、年齢や好きな食べ物というふつうの会話を和やかにしていたことがウソのようだった。
まあ、どのみち切り出せば険悪にはなったと思うが。
たぶん、食事は食事としてただ楽しんだのだろう。フォローせざるをえないルーサには同情する。
「突然すぎるし、まだ子どもです!」と母さんは当たり前に言い切った。
「わかりますが、しかしですよ、そもそもです。そもそもご子息は魔法を教えて生涯を終えるというような立場にないことはおわかりですよね?」
「いやよ! 才能はわかるけど、バベルちゃんはまだ14歳だから! 全然手放さない!」
「ベルベさん……あなたも相当な治癒魔法使いですよね? この子がどういう存在かはわかってるはずです」
「ロッパ! なにか言ってあげて! 言い返せない!」
母さん、白旗が早いよ。
そして父さんも言い返せないぞ。
「うん、そうだね。バベルは強いよ!」
ほら見ろ。
「魔王は慧眼持ちのセレナから見て、完全に脅威なんです。人間に対して害意がある。いまなにもしていない事情はわかりませんが、すくなくとも事情を知ろうとすべきではある状況で、現段階で危機の萌芽に気づいているのは我々だけです」
「だって、知らないもん、そんな魔王なんて!」
「ベルベ、それは昨日ぼくが言っ――」
「ロッパは黙ってて! バベルちゃんはずっとウチにいたんだよ? 赤ちゃんのころから。大事に育ててきたの! 魔法の才能がすごいからってなんなのよ! 出しません、ぜったい出さないんだから!」
「ベルベ……。わかるんだけどね、ベルベ。ぼくにはきみが仕方ないって言ってるように聞こえるよ」
「そりゃそうよ! しょうがないってわかってるわよ! でもいやだって言ってるの!」
「お母さん、息子さんをわたしにください!」
おおおおおおおおおおおおおおい!
おまえは! なんで! しゃべるの! しゃべったらボロが出るでしょ!
「いやです! あなたバベルちゃんよりずっと年上じゃない! いくらリトルガーデン家のご令嬢でも無理!」
「はあ!? なんでよ! わたしはお姉さんだぞ! 4つしかちがわないし!」
「14歳で4つ離れてたらずっと年上だよ! リチャールちゃんより離れてるんだもん! だいたい話通じないし!」
「それはこっちのセリフ! わからずや!」
「どっちがよ! もう怒った。私だってまだ魔法は現役だからね! なんかすごい力があるからって――」
「ストップ! ストップだよ、ベルベ! ちょっと本当に落ち着いて」
「セレナもだ。セレナも落ちつ……いや、ずっとこんなもんか、もう黙ってろ」
「はあ!? ちょっとルーサ!?」
「俺が話す。約束したろ?」
「約束とか知らないし! こいつが来ればいいだけのことでしょ!」
「あー! うちのバベルちゃんをこいつ呼ばわり!? もうかんっっっっっっっっっぜんに怒ったからね!」
「いや、母さん、さっきから怒ってるように見え――」
「なに!? バベルちゃんもこの女の味方なの!?」
「いや、味方とかじゃ……」
「だいたい、本人来たいって言ってるでしょ!」
「言ってねえよ」
「言ってないって!」
「くうううううううううううううう悔しい! もうやだ、帰る!」
そして、セレナは本当に飛び出した。
たぶんこんな感じでリトルガーデンからも飛び出したんだろうと思う。
当然、さらに困ったのはルーサである。
ポルカがこうなることを見越してか、口下手だからかはわからないが来なかったのは賢明だったかもしれない。
俺ならこんな居心地が悪い空間にいたくない。なにしろ、乱すだけ乱して逃げ出すやつがいるのだ。
シンプルにひどい。
うん、ひどい。勇者を自称するのにモラルはいらないらしい。
「たしかにセレナはああいうところはあるんですが、慧眼持ちなのは本当です」と仕方なさそうにルーサは言った。「そしてですね、こういうのは権力を振りかざすみたいで好きではないのですが、これは南方諸家のプロジェクトでもあるんです」
初耳!?
だが、天秤が「べつにセレナでいいか」にガタリと傾いた瞬間でもある。
「今日は来ていませんが、もうひとりの仲間のポルカは本名をパルカサー=ハーディーンと言い、ハーディーン家の次男です。私の家はカルサー家の外戚にあたります。カルサー本家には任務に出られるような年の人間がいなかったので、私が送られています。つまり、リトルガーデン、ハーディーン、カルサーの南方諸家3家が、セレナの慧眼を根拠に魔王討伐の可否を確かめる任務です」
「最初からそう言えば……」と俺は言いかけた。
「セレナに?」
「まあ、無理ですかね」
「そうなんだよ。だからこんなに回り道になってしまった。バベルくんにも迷惑をかけた。ただセレナの言動はともかく、きみが必要だと南方諸家3家が得た情報から判断しているというのは間違いないんだ。14歳であることも、戦闘記録がないこともわかっている。それでもきみが必要だ」
ぼそっと横で南方諸家3家ってなに、と母さんが尋ねて、たしかこのへんの偉いひとたち? だよ、と疑問形のように父さんが返していた。
緊張感ないやつらだ。
ただ聞いてなかった情報はわりと俺にプラスでもある。
どうせ倒さねばならない魔王、3領地の合同プロジェクトともなれば資金や援助は俺ひとりでやるよりも断然いい条件だ。
予測としては相手は数で押してくる。探索か、侵略か、個人対決か、どういうかたちになるかは見当もつかないが、なんにせよ後ろ盾はぜったいにあったほうがいい。
「協力自体は俺としてはしていいと思ってるんですよ」と俺は言った。
「きみはずいぶんと流されるみたいに感じているんだが、本当にいいのか?」
「というか、魔王は俺も倒す気があるというのは言ったと思うんですけど」
「ええ!? そんなの聞いてない!」と母さんが間髪入れなかった。
セレナがいなくなっても、母さんいると話進まねえな、とは思ったけどさすがに言わないでおく。
「言ってないからね。びっくりしちゃうだろうし」
「びっくりしたわよ! いま!」
「ごめん……。まあでも、ひとりでもやろうと思ってたから、難があるとは言え、慧眼があって3家の援助もあるなら悪くない条件だと思うんだよ」
「しかしだね、きみは実践も経験がないんだろう? すごい魔法使いというのはウワサで、我々はおもにセレナの慧眼を根拠にしているからある程度信頼はできるが、きみ自身はどうなんだ? 怖いとか危ないとかはない?」
「俺はジョフスイチの回復魔法使いの息子であり、ジョフスイチの移動魔法使いの息子ですよ? 怪我や危機は常人よりもずっとハードルが低い」
「なるほど」
「逆に俺は本当にピンチなら逃げます。協力するんだから、ギリギリまではなんとかしようと思いますけど、ダメそうなら俺がパーティ内でいちばん早く逃げられるし、いちばん回復手段が多い。これがあなたたちにとってあまり有用な感じはしませんけどね」
「一般的にはそうなんだろうね。ぼくもそのことばだけ聞けば不安はあるよ」とルーサは言い切った。
慧眼があるとは言わない。
だが、そうなのはあきらかだ。つまり、彼らはすでにセレナを中心とした勇者一行なのかもしれなかった。
「ちなみにさいごにひとつ」と俺は言った。「もし俺がいなくても魔王討伐はしますか?」
「すぐにはやらないだろうね。きみは前情報としてもそうだし、セレナが必要だと言うからには必要な仲間だ。ただどうしてもダメならなんとか方法はさがすよ。時間はかかるかもしれないが、セレナもちゃんと説得する」とルーサはちょっと微笑んで言った。
話がまとまったときの顔だ。
「いいでしょう。わかりました。協力します」
「バベルちゃん!?」
「母さん、ごめんね。でももう仕方ないんだよ、これは」と俺は言った。
もちろん、ここでもまだ俺の旅の動機はおもに悪魔王のせいだが、それは明かさいない。
いまさら明かす気もない。だって混乱するだけだし。
「バベル。たしかにおまえは強いが……強いな。うん、強いんだった。めちゃくちゃ強いの忘れてた。母さんより治癒魔法うまいしな……」
「ロッパより移動魔法もうまいし、だいたいどんな魔法もすぐに使えるようになるんだよね……」とベルベは言った。「なんでそんなに強いのよおおおおおおおおおおおおお! もっとおうちにいて欲しかったああああああああああ!」
完全にベルベが泣き出して、ロッパが慰めはじめた。
そう、冒険の準備は整っていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます