はじまり

沖倉おきくらくんはそのスニーカー、本当は好きじゃないんでしょ?」


 ある日、咲桜さくらはそう声をかけてきた。

 彼女とは美化委員会で一緒だった。今日は花壇の草むしりということで、僕らは放課後に並んで花壇をのぞきこむように座っていた。


「えっと……溝上さん?」


 咲桜はクラスの中でもおとなしいグループに属している女子だった。休み時間になれば一目散に外に遊びに出るような男子とは対角線上に位置している。つやのある長めの黒髪も、今日着ている真っ白なワンピースもそれを体現しているみたいだった。


 もちろん今まで話したこともない。そんな相手からいきなり声をかけられたので、僕は狼狽した。

 いや、それだけじゃない。彼女の質問が僕の核心に、僕の嘘に触れるものだというのもあった。それは初めての出来事だった。


「その、いきなりどうしたの?」

「好きじゃないんでしょ。そのスニーカー」


 もう一度同じことを口にする。その口調はさっきよりも断定的だった。僕は少し迷ってから肯定も否定もせず、質問を返すことにした。


「なんで……そう思うの?」

「だって、同じ目をしてたもの」

「同じ、目?」


 すぐさま答えが返ってきたので、僕は単語を復唱することしかできずにいる。


「うん。このあいだ私たちの方を見てたでしょ?」

「あ……」


 数日前にぶつかった視線。女子たちが見せ合っているかわいい文房具に向けていたのを、彼女に見られてしまったのだ。しまった、迂闊うかつだった。ばれてしまった。どうしよう。

 だけどちょっと待て。彼女は今「同じ目」と言った。


「もしかして、溝上さんも」

「うん、私も同じ。私もそのスニーカーを見てたの。いいなあって。今、沖倉くんが私のワンピースを見てるみたいに」

「えっ」


 僕は再び狼狽えた。たしかに文房具の他に、咲桜のワンピースは特にかわいいと思って見ていたけど。僕が慌てて花壇の方を向くと「大丈夫だよ、たぶん私しか気づいていないから」と咲桜は言った。


「別に、誰かに言ったりはしないよ」


 彼女もまた花壇に目を向けて言う。花壇に生えた雑草の数は、さっきからちっとも変っていない。


「……変、かな。男子なのにかわいいものが好きなんて」

「ううん。それを言ったら、私だって変だもの」


 ぽつりとこぼした僕の言葉に、咲桜はかぶりを振った。


「私はかっこいいのが好き。そのスニーカーみたいな。かわいいのは……あんまり好きじゃない」


 言って、視線を落とす。純白のワンピースを捉えるその双眸は、感情の起伏が読み取れないほど平坦なものだった。そこに、僕のスニーカーに注いでいた熱さはない。そしてその目を、僕は誰よりもよく知っていた。


「僕は、かわいいのが好きなんだ。男子が喜ぶような、かっこいいやつじゃなくて」


 僕らは打ち明け合った。真逆で、だけど同じことを。


 本当なら嘘が暴かれたことに対して焦らなければいけなかったのかもしれない。だけどどこか安心したような気持ちがあった。暗闇の中で、人の手に触れることができたみたいな。

 嘘をついて生きているのは、僕だけじゃない。少なくとも、彼女がいる。


「ねえ」


 そう考えると、僕の口は勝手に動いていた。


「よかったら、なんだけどさ」


 僕は顔を上げて、ワンピースではなく咲桜の方を見る。彼女もまた僕を見る。肩まである黒い髪がふんわりと揺れていた。


「……お互いにほしいって思ったもの、交換しない?」


 そうして僕と咲桜の関係は、クラスメイトから協力者になった。

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