月にうそぶく
今福シノ
はじまりの、その前
嘘つきは泥棒のはじまり。大人からはそう教えられてきた。
僕が狼少年だったからじゃない。単純に、嘘はよくないということを教えるために両親や先生はそれを口にしていたんだと思う。泥棒は悪い人、つまり嘘をつけば悪人への第一歩だと。
だけど、僕は幼いながらに思った。
嘘をつくことはすべて悪いことなんだろうか。
◆
「ありがとう! とってもうれしいよ!」
初めてついた嘘は、誕生日にもらったプレゼントへの感想だった。両手に持った箱を手に、僕は満面の笑みを浮かべた。
緑の包装紙の中にあったのはスニーカー。青をベースカラーに、光沢のある黒いラインが流れるように刻まれている。当時流行っていたブランド。僕の手元にあったのは、最新モデルだった。
そんな逸品を前に、僕は嘘をついた。実はスニーカーよりもゲームソフトがほしかったからとか、そういう理由じゃない。
「そっか。よかったよ、
見上げた先で父がどこか安堵の表情を浮かべる。
「これ、男子で人気があるんだろう? やっぱり男の子はかっこいいのがいいもんな」
「うん!」
僕は大きくうなずいた。もう一度笑顔を見せて。
本当は「かっこいい」ものなんて、ほしくなかったけれど。
小学生になる前は、おもちゃ売り場に連れていってもらったら一目散にお人形さんコーナーへと向かう子だった。道順を覚えていたわけじゃなかったのに。あの一角は、僕には輝いて見えたから。
『こらこら、
だけど僕はそこにたどり着くことはなかった。両親に抱きかかえられ、僕はあえなく男の子向けのコーナーへと送還された。両親に何か意図があったわけではないだろう。せいぜい、おもちゃ売り場に興奮した僕が走り回ろうとするのを制するためくらいに。だけど僕はまったく別のことを感じとっていた。
僕が行くべきなのは
物心ついたころから僕はかわいいものが好きだった。ふわふわのぬいぐるみ。カラフルな文房具。手にとってみたい、飽きるまで眺めていたい。そんな気持ちを抱いていた。
それは日を重ねるごとにより鮮明になっていった。だけど同時に、僕自身がそうあるべきじゃないことも理解していった。男子はかっこいいものをほしがる。身体を動かしたり戦いの真似事に夢中になる。それが普通。そうでなければ、異端。
だから僕は僕を、嘘で塗り固めることにした。泥棒のはじまりだ。なにを盗んだことになるのかはよくわからない。
嘘をつくのは悪いこと。そんなことはわかっている。だけど本当の僕はきっと普通じゃない。そのせいで、困る人がきっとたくさんいる。両親も、先生も。僕自身も。子どもながらに直感していた。
僕はいたって普通の、男子が好きなものを好む男の子だった。そう振舞っていた。
夏休みが終わって新学期になって、僕は例のスニーカーを履いて登校した。普通ならそうするから。
「なあ
登校時に僕の足元に気づいたクラスメイトが教室で声を上げる。途端に教室中の男子が僕に駆け寄ってきた。
「すげー! いいなー!」
「最新モデルじゃん、どうしたんだよ」
「誕生日にもらったんだ。かっこいいでしょ?」
僕は言う。両親にしたのと同じように嘘をついて。
「マジでかっこいいよ! 走りやすそうだし!」
「さっそく休み時間、グラウンドでサッカーしようぜ!」
「うん、いいよ。楽しみだね」
うなずいて、また嘘を重ねる。ばれてしまわないか不安だったけど、それは杞憂だった。誰ひとり気づきはしなかった。僕の嘘は完璧だった。
ふと、色の違う会話が聞こえてきて目を移す。教室の端っこの方では、かわいらしい衣服に身を包んだ女子グループが新しく買ったキラキラの文房具の話をしていた。本当ならサッカーなんかよりもそっちに混ざりたかったけど、その気持ちをぐっと胸の奥にしまいこむ。星粒みたいな眼差しが漏れ出てしまわないよう、一度ぎゅっと目を閉じる。
それでもどうしても気になって。夜空に浮かぶきれいな月に目を引かれるみたいに。僕の視界はちらちらとあっちを捉えていた。
だからだろうか。
「…………」
ぱちん、と。星粒がぶつかった。
話している女子グループのひとりと、目が合ったのだ。火花が散るように。でもそれは一瞬のことで、すぐに彼女はグループの会話にもどる。僕も男子のガヤガヤへと再び吸い込まれる。
それが、
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