第一章 ⑧ 猫将軍閣下とボクっ娘

 一時間後。

 レイと二人の皇孫こうそんを乗せた車は、とある屋敷の庭に入った。


 柵に囲まれた広い敷地には、二頭の大型犬が鎖に繋がれている。

 そのうちの一頭が、車を降りて家の玄関へ向かう司子に近づいた。とっさにレイは司子と犬の間に入り、身を盾にする。


「大丈夫よ、主人の命令に従順だから」


 言いながら司子は、犬の鼻に自分の手を近づけて匂いをがせた。不気味なほどまったく吠えない犬と彼女がたわむれていると、ふいに家の玄関から声がした。


「これはこれは、両殿下。げてのご来臨、痛み入ります。さぁ中へ……」

 そう出迎えたのは、緑色の着物に身を包んだ司子と同年代だと思われる少女だった。


 目を細くして和やかに微笑む姿はまさにお嬢様といった雰囲気で、こちらが本物の皇室の令嬢なのではとレイは思ってしまう。


 司子に紹介されたところによると、少女の名はモモ。

 司子のクラスメートであり、あだ名は「猫将軍」。和装趣味で動物好きとのことだった。


 通り名の猫将軍というのが気になったが、疑問はすぐに解消された。モモに案内されて三人がお邪魔した部屋は、一言で表せば猫であふれていた。


 日当たりの良い広い部屋の中に、怖いくらいの猫がいる。

 動き回ったり隠れたりしている個体があるため、正確な数は分からないものの二十匹ほどはいるだろう。


「わー、すごーい!」と声を上げたのはほたるだった。

 普段はあまり喋るイメージのない御方だったので、こんなに大きい声を出すとは意外だ。


 蛍宮は猫が好きらしく、部屋に入るなり手頃な数匹にちょっかいを出していた。外の番犬には怯えていたので、蛍が猫の集団を怖がらないか心配したが杞憂きゆうであった。


妹宮いもうとみや様は猫がお好きですか?」


「うん! 大好き!!」

 モモの問いかけに、蛍は溶けるような恍惚こうこつの表情で応えた。


「ふふ、この猫らも妹宮殿下に拝謁はいえつ栄誉えいよたまわり、至上の喜びですニャーと申しておりますよ」


「ホントっ!?」

 心底嬉しそうな蛍を見て、司子も満足げに微笑ほほえんでいた。

 友人同士の触れ合いを邪魔するのは野暮やぼだろうと思い、レイは部屋の前の廊下で中の様子に耳を立てながら立番をした。


 親しくしていただいているとはいえ、自分は司子の友人ではない。もうレイは社会人なので、こういう線引きも心得こころえている。

 そんな時、廊下から声がした。


「君がシノの護衛官かい?」


 見ると、暗い廊下に人がいた。上半身だけがあわい光に照らされており、足は見えない。


 漏れそうになる悲鳴を何とか押し殺す。

 体格から推測して司子の友達だろうという思考が、幽霊に遭遇そうぐうした驚きに追いついたからだ。

 落ち着いた青年男子のような喋り方をしているけれど、髪はロングだし、こちらへ近づくに連れてスカートを穿いているのも確認できた。


 黒髪に紺のスカート。ブラウスは白で、それがコントラストとなって全体的に黒の印象を作り上げている。

 モモが太陽だとするならば、目の前の子は夜にきらめく月が連想された。


「ボクはシノの同級生の滝川たきがわ理子りこという。よろしく護衛官さん」


 挨拶も大人びていて、良家の子女だとすぐに察した。皇族にとって遊びに出かけられるほど仲の良い友人は、それなりの家の子に限られているから当然ではある。

 ただ、高貴な家柄の人間と無縁の人生を送ってきたレイは変に緊張してしまう。


「もうシノとは繋がれたのかい?」


 意味をよくみ取れず、レイは首をかたむける。

 理子は続けた。


「だから《親子関係》は繋がれたのか、という意味だよ」


 言葉が出なかった。なぜ、この子が御力を知っているのか。

 唖然あぜんとするレイに彼女は言う。


「なぜ《力》のことを……と言いたげな顔をしているね。そこから察するに、君はボクらについては知らされていないらしい。簡単さ、ボクやモモは両親のどちらかを辿たどっていくと必ず祖先が天皇家に行き当たる人間、つまりは能力者だからだよ」


 驚くと同時に納得する。

 天皇家に生まれた者のうち、基本的に男性皇族は皇室に残り続けるが、それ以外の者や女性皇族は臣籍降下しんせきこうかしたり嫁いだりして民間人となる。


 だから一般人の中にも皇室の血を引いている者は多くいるはずで、御力の講義ではそのうち五世までが能力を発現させる可能性が高いと言っていた。

 つまりモモと理子は、どちらも皇室を離れて五世以内の子孫なのだ。そう考えると、ばくぜんとレイが思っていたよりもずっと多くの能力者が世界にいるのではと思い至る。


 ただし、彼女が《御力おちから》の能力者であったとしても、こう答える他はない。

「我々皇宮護衛官は、職務上知り得た情報を他者に開示してはならないと教育されています」


「立派だね」と笑い、理子は廊下での立ち話をやめて歩き出す。


「繋がるコツは互いに知ることだよ。考えるのではなく。まぁ、どちらにせよ、君はシノのそばにいてあげてほしい」



 最後にそう言い残して、理子は部屋の中へ消えてしまった。








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