第二楽章 ④ 『全諜報員は速やかに起ち上り内部より浸透せよ』

 街の空に信号弾が光る。

 奪い取った王国兵の【コルネット】を使い、ルチアが音響弾に色をつけて発射するための曲を吹いたのだ。


 光弾符丁の意味は、『陣地確保』。

 市街地区の城門を奪ったときに上げる合図だった。


 すぐに帝国軍の陣営に認められたようで、支援砲撃がんだ。

 さらにはルチアが立つ市街地区の城門を、反対側の城門地区から攻撃していた部隊にも伝わったらしく、壁の向こうの発砲音もまる。


 ルチアと数人のホルン兵が開けた門を最初に通過した上等兵は、ルチアに銃剣を向けながら怪訝けげんな顔を見せた。


 彼が驚くのも無理はない。こんな最前線の真っただ中に、年端としはもいかない少女が立っているのだ。

 そのうえ、周囲にはルチアが【フルート】の演奏によって気絶させた王国軍の将兵しょうへいが何百人と倒れているのだから、これで目を丸くしなかったら大した度胸である。


 上等兵に続いて門から入って来た帝国陸軍士官しかんは、ルチアの姿を認めると、部下に近辺を警戒するよう命じた後に素早く敬礼した。

 ルチアも反射的に敬礼で応じる。


 この士官はルチアより階級が上なので、こちらに対して自分から敬礼する必要はない。

 しかし、彼は評価されない功績を成しげた目前の少女にせめてもの敬意を表すべく、このような態度をとっているのだ。


 何故なぜなら、ルチアの「敵国に潜伏せんぷくして諜報活動を行った」という歴史は、公になり称賛されることはない。そもそも諜報員スパイとはそういう存在で、しかも発見されてらえられればれなく死刑が決まっている。


 それでも名を残さず、国の捨て石になることが諜報員の基本理念であるから、これをあわれな人生だとルチアは思っていない。むしろれんびんの情を持つことこそ、諜報任務に就いている者に対して何よりの侮辱ぶじょくとなる。

 それを承知の上で、士官の男は人として特別な態度をとったのだろう。


「長きにわたるお務め、ご苦労様でした」

 かしこまった口調で彼は言った。


「ルチアーナ特務少尉です。随分ずいぶんと待ちました」


「お待たせして申し訳ありません」


 もちろん初めて会う男なのだが、ルチアは幼馴染おさななじみと久しぶりに再会したような気分だった。


「教会には攻撃しないよう、くれぐれも兵に厳命を願います」


「承知──ですが、この地区の教会は、すでに……」


 その言葉にルチアは駈け出した。


 近くの家の屋根に飛び乗ってエーカが収容されている教会へ目を向ける。

 収容塔を含む、いくつかの建物から煙が上がっていた。


「エーカ……ッ!!」


 教会に戻ると、民間人が収容された部屋は音弾に引っき回され、地獄と化していた。

 だがエーカは無事だった。血溜ちだまりの中で気を失っている。


 彼女が倒れている血溜まりは、すべて彼女の母親から流れ出たものだ。母親の遺体は首から下は綺麗で、まるで娘にい寝するように倒れていた。


 ただ、首から上は無かった。


 エーカの両手には、自分でき集めたと見られる母親の脳と毛髪と血の混合物が山盛りになっていた。

 半狂乱になって散った母親を集めているうちに、幸運にも気絶できたのだろう。


 ルチアの様子を見に来たホルン奏兵は、その光景を見るや泣きながら謝った。

 国際法を破ろうとしたのではなく、偶然ぐうぜんに起きてしまった事件。故に、これは単なる不幸な事故だった。はたから見れば。


 これは、自分の罪だ。

 味方にも敵にも罪はない。

 どちらも必死に住民だけは守ろうとした。守れなかったのは、自分だ。


 だから恨むなら私を恨めと、ルチアは思った。

 そして、その代わり。


「エーカ、あんたは生きなさい」



 *



 その後。ルチアを含め、カマールに潜伏していた諜報員たちの協力で、速やかに要塞は攻略された。


《国王の27挺のヴァイオリン》──壊滅かいめつ。とすれば王国軍にすべはなく、軍人も民間人も、地上で生き残っている者は帝国軍に投降。おびただしい数の捕虜ほりょを出した。


 だが、一部の高級将校の行方ゆくえはつかめなかった。








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