第4話 【12月25日(木) 13:00】 場所:都内の某公園(撮影ロケ)
一夜明け、クリスマス当日。
世間は幸せなカップルで溢れかえっていたが、俺たち「復讐者コンビ」に休んでいる暇はない。
最初の動画『振られたので学内一の美女と付き合ってみたw』の撮影だ。
場所は冬の公園。
俺が事前にロケハンし、「冬の日差しが最も美しく入る時間帯」を選んだ。
被写体である莉々花は白いニットにチェックのマフラーという、計算され尽くした「守ってあげたい系女子コーデ」で現れた。
「カーット! おい莉々花、今の笑顔、コンマ2秒遅い」
「はあ!? 今ので完璧だったでしょ!私、学芸会で主役やったことあるのよ?」
「甘い。Web動画の視聴者は最初の3秒で離脱するかを判断する。もっと脳みそ溶けそうな顔で笑え」
「あんたねぇ……私のファンクラブ会員が聞いたら刺されるわよ?」
文句を言いながらも、莉々花は俺の指示通りに動いた。
彼女のプロ意識(という名の承認欲求)は本物だ。
俺の顔は映さない。
映すのは首から下、そして時折見切れる雰囲気のある横顔だけ。
だが、最も重要なシーンがあった。「手繋ぎ」のカットだ。
「行くぞ。3、2、1、アクション」
カメラが回った瞬間、莉々花の纏う空気が変わった。
彼女は俺のコートの袖をちょこんと摘み、上目遣いで見つめてきた。
「ねえソウマくん……手、冷たいな。……繋いじゃダメ?」
……ッ!?
俺は危うくカメラを落としそうになった。
なんなんだこの破壊力は。
昨日のファミレスで吠えていたモンスターと同一人物とは思えない。
これが「カーストトップ」の底力か。
俺も負けてはいられない。
鏡の前で百回練習した「優しげなハイスペ彼氏」の声色を作る。
「……ダメなわけないだろ。おいで、莉々花」
俺は彼女の小さな手を、自分の手で包み込んだ。
ひやりと冷たい。
だが、すぐに互いの体温が混じり合い、じんわりと熱を帯びていく。
(……落ち着け。これはビジネスだ。ただの皮膚と皮膚の接触だ)
俺は必死に自分に言い聞かせながら、この「完璧な嘘の瞬間」をカメラに収めた。
【同日 23:55】 場所:久我 奏真の自宅
編集作業は深夜まで続いた。
俺は動画編集ソフトを駆使し、色彩調整(カラーグレーディング)、BGMの選定、そして莉々花の可愛さを120%引き出すためのカット割りに心血を注いだ。
そして、日付が変わる直前。動画投稿ボタンを押した。
「……完了だ」
俺はベッドに倒れ込んだ。
クリスマスは終わった。
俺の復讐劇の第一幕が、今、インターネットの海に放たれた。
果たして、どれだけの人間がこの「嘘」に気づくだろうか。
【12月26日(金) 07:00】
俺の睡眠を妨げたのは、枕元のスマホの振動だった。
目覚ましではない。
LINEの通知だ。それも、異常な件数の。
『ねえ! 起きてる!?』
『ちょっと! 見て!』
『緊急事態!』
『死んでるの? 返信して!』
『既読スルーは重罪よ!』
(以下、スタンプ30連打)
通知画面を埋め尽くす「星名莉々花」の文字。
俺は頭痛をこらえながら、重い瞼をこじ開けた。
「……朝からなんだ、あの女は。バグ報告か?」
俺はあくびを噛み殺し、YouTubeスタジオの管理画面アプリを開いた。
そして、目が覚めた。
「……は?」
再生回数、12万回。
高評価、4500。
コメント数、300超。
公開からわずか6時間。
無名の新人カップルチャンネルとしては、異常値(エラー)とも言える数字だ。
俺はコメント欄をスクロールした。
『え、なにこの美男美女……尊い』
『彼氏さんの塩対応と彼女さんのデレ具合が最高すぎるw』
『彼女かわいすぎん? 女優?』
『クリスマスの朝から特大の砂糖を吐かされた。末永く爆発しろ(褒め言葉)』
『推せる。登録した』
『え、なにこのカップル、尊すぎる』
『彼女さん可愛すぎでしょ! 天使?』
『彼氏さんの声がイケボすぎて耳が妊娠した』
『令和のベストカップル誕生! 推すしかない!』
大半が好意的な反応。
俺が設計した「クールな彼氏×甘えん坊彼女」の構図が、完璧に視聴者のツボにハマっていた。
そして何より、アルゴリズムが味方した。
「クリスマス」「カップル」「告白」というトレンドワードに乗っかり、おすすめ動画に急浮上したのだ。
その時、再びLINEの着信音が鳴った。
莉々花からだ。通話リクエスト。
俺は深呼吸をして、通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『ちょっと奏真! 見た!? 見たわよね!?』
スピーカーが割れんばかりの絶叫。
鼓膜が破れるかと思った。
「ああ、見た。想定以上の初速だ。これなら……」
『すごい! すごいわよ! 私のDM、通知が止まらないの! 「可愛い」「天使」「理想のカップル」って! あは、あはははは!』
電話の向こうで、莉々花が狂ったように笑っている。
その声は、承認欲求という名の麻薬(ドラッグ)を大量摂取した中毒者のそれだった。
『ねえ、次は? 次の動画いつ撮るの? 今日? 今から会える? 私、もっと欲しい。もっとみんなに見られたい!』
「……落ち着け。供給過多は飽きを招く。次は年末年始の需要を狙って……」
『うるさい! 鉄は熱いうちに打てって言うでしょ! 今すぐ準備して! 場所は渋谷! イルミネーションデートよ!』
「おい、勝手に決めるな。俺のスケジュール管理では……」
『1時間後にハチ公前ね! 遅刻したら違約金! ガチャッ、ツーツーツー……』
一方的に通話が切れた。
俺は呆然とスマホを見つめた。
「……あの野郎、俺をAIか何かと勘違いしてないか?」
だが、不思議と悪い気はしなかった。
画面の中の数字(再生数)を見つめ直す。
12万回。
この数字の向こうには、俺たちを振った元恋人たちもいるかもしれない。
あるいは、まだ気づいていないかもしれない。
だが、これだけ拡散されれば、彼らの目に届くのも時間の問題だ。
「……フッ」
俺は口の端を歪めた。
森下、見ていろ。
お前が捨てた「退屈なAI」は、今や数万人の感情を動かすインフルエンサーの片割れだ。
そして星名の元カレよ、震えて眠れ。
お前が手放した「重い女」は、今や日本中が羨む「理想の彼女」になりつつある。
俺はベッドから跳ね起き、クローゼットを開けた。
渋谷デートか。
昨日の服装のままでは「動画の繋がり」がおかしくなる。
俺はスマホを取り出し、即座に「渋谷 イルミネーション 映えるコーデ メンズ」で検索をかけた。
だが、この時の俺たちはまだ気づいていなかった。
この「成功」が、俺たちを縛り付ける、逃げ場のない檻の始まりだということに。
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