第5話 【12月26日(金) 11:00】 場所:久我 奏真の自宅(冬休み・両親不在)
最初の動画が大バズりした興奮も冷めやらぬまま、俺たちは次なる作戦に移っていた。
今日から高校は冬休み。
俺の家は両親が旅行中で不在。
つまり、絶好の「動画ストックを作るための強化合宿」の始まりだ。
変装をして俺の家にやってきた莉々花に、俺は昨夜徹夜で作成したアイテムを渡した。
「なんだこれ。メニュー表?」
「俺たちの命綱だ。ラミネート加工しておいた」
それは、ナプキンの内容を清書し、プラスチックで固めた『正式契約書』だ。
俺は特に「第5条:学内接触禁止」と「第9条:恋愛感情の禁止」を強調して説明した。
冬休みが明けたら、俺たちは学校で「赤の他人」に戻らなければならない。
一瞬の油断が命取りになる。
「はいはい。分かってるわよ」
莉々花は適当に返事をしながら、契約書をポーチに突っ込んだ。
そして俺たちは、第2弾動画『彼女が初めての手料理を作ってくれました!』の撮影に入った。
「きゃっ! ねえ奏真くん、この卵、殻が割れないんだけど! 中身が出てこない!」
「……星名さん。卵は握り潰すものじゃない。コンコンと角に当てて割るんだ」
キッチンは地獄と化していた。
彼女の料理スキルがスライム以下だったことは誤算だが、プランB(俺が作って彼女が作ったことにする)への移行によりなんとか撮影は進行した。
俺が作った完璧なオムライスを前に、エプロン姿の莉々花が「あーん」をするシーン。
俺たちは「理想のカップル」を演じ、完璧な画(え)を撮り終えた。
「カット。……よし、いい画が撮れた」
「ふぅ〜、緊張したぁ。ねえ、これ本当に食べていい?」
「ああ。冷める前に食おう」
俺たちが素に戻り、オムライスを食べようとした、その時だった。
カチャリ。
玄関の方で、鍵が開く音がした。
「……ッ!?」
俺と莉々花はスプーンを持ったまま凍りついた。
両親は不在のはず。まさか、空き巣か?
いや、この足音は――。
「ただいまー。部活早く終わっちゃった。……あ、お兄ちゃんいたんだ」
ドアが開き、ジャージ姿の少女が入ってきた。
俺の妹、久我未羽(みう)だ。
彼女はリビングの惨状を見て足を止めた。
三脚。照明。
エプロン姿の学内一の美少女。
そして、その美少女と向かい合ってオムライスを食べようとしている、陰キャの兄。
沈黙。
未羽はゆっくりと俺に視線を移し、ゴミを見るような目で言った。
「……お兄ちゃん。ついに誘拐?」
「違う。これはビジネスだ」
「ビジネス?」
莉々花が開き直り、テーブルの上の契約書を指差した。
未羽はそれを手に取り、ふむふむと熟読し、ニヤリと笑った。
「なるほど。お兄ちゃんの動画編集スキルと、星名先輩の顔面を悪用してインフルエンサービジネス……」「人聞きが悪い言い方をするな」
未羽は契約書を放り投げると、興味津々といった様子で莉々花に近づいた。
ジロジロと顔を至近距離で覗き込む。
「へぇー……。学校の『女神』こと星名莉々花だ。実物はもっと肌のキメ細かいんスね」
「え、ええ。よく言われるわ。……って、近いのよあんた!」
「お兄ちゃん、照明の角度が甘い。これじゃ莉々花パイセンの涙袋が強調されないよ。
あと、チークの色味が照明負けしてる」
「……パイセン?」
莉々花が眉をひそめたが、未羽はお構いなしだ。
悲報、莉々花はカーストトップだったが妹はそれ以上の何かだった。
これで、陰キャの俺と血がつながってるんだから不可思議である。
「私、美容系動画のガチ勢だからさ。スタイリスト兼カメラマン、やってあげようか?」
「……いくらだ?」
「お小遣い3割アップ。あと、私も混ぜて」
未羽は悪魔のような笑みを浮かべ、俺の方を向いた。
「それにお兄ちゃん。そんな『陰キャオーラ全開の顔』じゃ、いつか絶対に身バレするよ?」
「……む」
「人間の脳って単純でね、『眉の形』と『髪型』が変わるだけで、別人として認識しちゃうの。
私が神メイクでお兄ちゃんを『アイドル風イケメン』に魔改造してあげる。
そうすれば、学校ですれ違っても絶対にお兄ちゃんだって気づかれないわ」
それは、願ってもない提案だった。
俺たちが学校で「赤の他人」を貫くための、最強の武器(ステルス迷彩)になる。
「……分かった。採用だ」
「交渉成立ッスね! よろしくッス、莉々花パイセン!私の神メイクで、パイセンを『全人類がひれ伏す最強の女』にしてあげるから、覚悟してね?」
「な、なによその上から目線!……でも『最強』って響きは悪くないわね」
「それにしても、学校の男子全員が憧れてる星名パイセンが、家ではこんなポンコツでお兄ちゃんに管理されてるなんて」
未羽は悪魔のような笑みを莉々花に向けた。
莉々花は「うっ」と呻き、俺を見た。
「なによこの兄妹……性格悪すぎない?」
「DNAだ。諦めろ」
こうして、冬休みの初日に最強の協力者が加わった。
「莉々花パイセン」と「未羽ちゃん」。
この凸凹コンビと、魔改造された俺。
奇妙な三人による冬休み強化合宿が、幕を開けた。
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