第16話 信頼している
次の日も、その次の日もクレバは俺の側について回った。
最初こそ、うっとうしかったが次第に馴れた。コンラートが心配そうな視線を送ってくるが、気にしないでと笑顔を返す。
クレバはロードリー殿下が直々に生んだ三人目の息子で。って、この世界は男でも子供が生める。男しかいないのだから当然だが。
どちらが生むかは話し合いで決まるらしい。二番目と三番目と五番目の子はロードリー殿下の夫が生み。一番目と四番目と六番目をロードリー殿下自身が生んだそうだ。聞いているとなんか。
そんなわけで、ショップ家六人兄弟の末っ子がクレバだ。年は十九歳。思ったより若かった。公証人の資格は十八歳の時、学校を卒業してすぐ取ったというんだから頭は良い、たぶん天才だ。
だけど、すぐ抱きつく。俺を持ち上げてくるくるする。
犬、猫の扱いを受けている気がする。
「うーん、ルシウスは懐かない猫ってかんじかな?」
何を言ってんのかコミュニケーションが取れない。勉強ができることと、賢いはイコールではないのだろう。
そんな俺たちを、サイラスが冷めた目で見ている。
「あ、サイラスさん。今日は私とルシウス二人きりで錬成するので帰ってもらっていいですか?」
と、クレバはなぜかサイラスを警戒する。
「クレバ、言い方!……でも、サイラス。兄上に回復薬の泉のことを報告してきてもらえないだろうか」
キリッとした顔で言ってみたが、なぜか。クレバの膝の上に座っているため締まらない。
サイラスは「分かりました」 と言って、部屋を出て行った。
「まさか本当に回復薬の泉ができるなんて驚いた」
クレバは声をひそめて言った。
先日ノクタルの森に出かけた際に見つけた湧き水に、前世の記憶通り光魔法をかけたところ。そこが、回復薬の泉になった。クレバ驚きつつも喜んで、俺を抱き上げてくるくる回した。クレバ以外には光魔法が使えることは内緒なので報告書には作ったではなく、発見したことにしてあるけど。
ゲーム上で回復薬の泉はセーブポイントだった。その周りだけは魔獣が出なくなり、近くに立っているだけでHPが回復する場所。
なるほど、主人公は光魔法が使えたから、セーブポイントが設置できたのか。
「回復薬の泉が湧き水に光魔法をかけるだけなんて、教会も秘密にしたかったろうな」
回復薬は教会の独占販売だ。かなり高価で手に入れることさえ難しいとされている秘薬。
ノクタビアは貧乏辺境領なので、教会から回復薬を回してもらえるような立場にはなかった。命に係わる傷を負っても、回復薬がなかったばかりに命を落とすことなんてざらだ。
俺は教会が嫌いだ、命を金貨を天秤にかける行為には吐き気すら覚える。
「少しでもいい。この回復薬を国に流通させることはできないかな。ケガで亡くなりそうな人を一人でも助けてほしい」
「言ってることはまともなのに悪い顔になってるよ、ルシウス」
「相場の二掛けでどうだろう」
クレバは呆れた顔をしつつ、うなずいた。
「ねえ、君はすぐにあのサイラスという騎士をコンラートのところへ行かせようとするけど。あの騎士はいったい何者なの?」
「……幼馴染」
「だけじゃないでしょ?」
クレバは腹に回した腕にぐっと力を入れて、俺の肩に顎を置いた。クレバの髪が耳にかかってくすぐったい。
「……話すと長いよ?」
「うん、聞くよ」
ふっと笑った息が俺の頬にかかる。
サイラスの父親は、うちの父親たちの側近の騎士だった。
小さなころはよく三人で遊んでいた。特に年の近い二人は仲が良くて。顔を合わせれば、棒で戦いごっこをするくらい活発な子だった。俺はおとなしい子だったからそれを良く近くで見ていた。
二人は気が合ってね。
両親が死んだのは五年前、馬車での移動中に魔獣に襲われたんだ。
いつもの道を通っていたのに、突然、大きな魔獣が現れて馬車ごと吹っ飛ばされた。
追いついた騎士団が見たのは、大型の魔獣と相打ちになった父と、馬車の中で息絶えたもう一人の父。その腕の中で小さくまるまった俺だった。
たまたま、コンラートはサイラスと遊ぶ約束をしていたから、その場にはいなかった。
俺は事故のせいで錯乱していたそうだ。この世界の言葉とは思えない言葉を叫んでいたらしい。
コンラートが抱きしめるときだけは、大人しくしがみついて眠ってしまったそうだ。
その状況が三か月ほど続いたそうだ。その間コンラートは、毎日俺を抱きしめてくれた。
両親が死んで、領という重責を背負い、頭がおかしくなった弟を抱えたコンラートはサイラスだけが心の支えだった。
やっと俺が落ち着いて回復すると、コンラートは遊ぶ暇もなく仕事を覚えた。
サイラスは騎士団に入りぐんぐん力をつけて、あの若さで副隊長を任されるまでになった。今では騎士団長の地位も視野に入るほど実力をつけた。
そこでちょっとすれ違っちゃったのかも。
俺は当人同士じゃないからわからない。だけど、コンラートの背中をサイラスは優しい顔で見るんだ。コンラートもサイラスの背中をじっと見つめている。
「サイラスが堂々とコンラートが欲しいって言ってるのに、コンラートは気づきもしない」
なんで気づかないんだろうな。
「それは、二人が隠すのがうまいからだろうね。そして、ルシウスが二人をよく見ているからだよ」
クレバは俺の頬をてのひらで拭く。
「俺は二人の目が好きなんだ。俺が持てなかった温かな温度がある」
「ルシウスだって、いつか持てるよ。あきらめるのは早いんじゃない?」
あの時、初めて抱きしめられたのだ。
コンラートが大丈夫だよ、一人じゃない。絶対守るからと抱きしめてくれた。俺が落ち着くまでずっと。
前世では施設で育ったため、あんなふうに抱きしめてくれる人はいなかった。もちろん、職員さんはいたが、彼らは彼らで日々の生活を維持するための仕事で多忙を極めていた。
優しく抱きしめられると、あんなに柔らかいんだって初めて知った。抱えていた孤独をコンラートが十二分に埋めてくれた。単なる刷り込みかもしれない。それでも、俺は心からコンラートに救われた。
「中身がこんなおっさんに変わっても、コンラートは受け入れてくれたんだよ」
「特大の秘密を打ち明けたね。私ってばルシウスに信頼されてる。まあ、今はそれで充分かな?」
しがみつくように抱きついた俺にクレバはそう言って微笑んでいた。
クレバのハグも柔らかいな。
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