第15話 ゲームへの伏線
気を失っていたレルク伯爵が目覚めた。
「気が付いたんですね。レルク伯爵。扉の向こうにいる王都の騎士が話を聞きたいそうで待っていますよ」
「いいか、お前の暴力を訴えてやるからな」
レルク伯爵は息まいてドアに向かうが、目を見開いた。
「なぜ、ケガがなくなっている?」
「ケガをしたのは俺の方です」
俺は頬を指でトントンと叩いて、にっこり手を振った。レルク伯爵は目を見開いて唇を震わせた。扉が開き、騎士たちがレルク伯爵を両脇からかかえて連れて行く。
このあと、俺の腫れた頬をみてコンラートが烈火のごとく怒った。
長年エルド地方を治めてきたレルク伯爵並びにその家族は爵位を剥奪され、平民として毒杯を受けることとなった。
そして、レルクの恩恵を受け、不正に利益を得ていた商人や教会関係者たちも資産を没収され、商業権を剥奪、ノクタビア領への出入りも禁止された。
この粛清で国内はしばし騒然となったが徹底しておこなった。
その後、エルド地方は王家が派遣した優秀な代官と、ショップ商会の手によって新たな道を歩み始めた。
部屋にはクレバと俺二人だけ、しんと静まり返っていた。
「ここに、ノクタビア辺境伯のサインをいただけば、契約成立です」
「ありがとう」
クレバはふうっと、ため息をついてソファに深く座った。
「ねえ、君本当に十三歳?」
「ああ、ペルセイウス歴 二二六年生まれの、まごうことなき十三歳です」
「ふーん。それで。なんで私に光魔法を見せたの」
ぐっとこぶしを握り締めてうつむいた。
「すみません。巻き込みたかったんです。あなたを。あなたはオルディナ学園の購買部で働いていらっしゃいますよね?」
王都の責任者だと言っていたが、実際、王都はロードリー殿下が中心となり、何人かで商会を動かしている。となれば、王都で責任者を名乗れるのはオルディナ学園の購買部だろうと思った。
ゲームでショップ商会は、行動選択画面にあった。
ゲームで表示されていたのはミニキャラだったから目の前の本人とはすぐ結びつかなかった。だが、クレバは今暇そうにしている。それは、学校が春の休暇中だからだ。となればもう、購買部だろうと予測がついた。
「そんなこと言ったっけ?」
「いえ、その……想像ですが当たっていると思います」
クレバは面白そうなと笑ってうなずいた。
「あってるよ。私の担当はオルディナ学園だ。それで?」
「兄上がもうすぐオルディナ学園に入学するので、その……見守ってほしいのです」
クレバは目を見開くと、ぷはっと笑い始めた。
「君は本当に
そんなにわかりやすいのだろうか。
頬に手を当てながら顔を赤くしてうつむくと、クレバは笑うのを止めて顔をのぞき込んでくる。
「……厄介だね」
「光魔法は隠すつもりです。ですが、この力は役に立つと思います。クレバさんが困ったら力になります。お願いします。兄上を……どうかよろしくお願いします」
「不器用で可愛いね」
急に抱きしめられた。こういう接触は本当に苦手なのだが、柔らかく抱きしめるのに、逃げられない強さで、もがいてみたものの逃れられなかった。
抵抗するのはあきらめてそのまま抱き人形になる。
「それにしても今年か。となると、従兄弟のジュリアンと、その側近候補のロイエル、マルクス、セレーノと一緒になるね」
「え?」
ミュゼ四の攻略対象者の名前だ。
「うん? ジュリアンは第三王子。ロイエルはファジアン宰相の息子。マルクスはモロッシオ騎士団長の息子。セレーノ・サルヴィムは国立魔法研究所の薬草学の最年少研究員だ」
ああ、設定まで一緒だ。
「兄上の入学を取りやめることはできないでしょうか」
「王命だからね。王子ですら通う義務があるから、無理じゃない?」
まさか、コンラートがその四人の中の誰かとどうにかなるとかないよな。だって、コンラートはゲームでは名前すら出なかったんだから。
「光魔法と言えば、今年の入学者にも光魔法が使える子が入るって聞いたな。たしか、男爵家の子でアスティ……」
名前を設定しないと自動的に入る主人公の名前だった。
その名前を聞いた瞬間、俺の体は震えた……これはただの恋愛ゲームだ。
でも、勝手に始まる恋愛ゲームにうちのコンラートがどうかかわるのか。
「なんで震えてるの? 大丈夫だよ。学校は守られているから」
急に胸が苦しくなった。
「俺は……コンラートがうっかり恋をするのが怖い」
誰よりも大事な人だ。代えがたい人。それをあんなうっすいゆるふわ恋愛ゲームの登場人物に奪われるのが嫌なのだ。
……なんでか? どうしても。言えないけれど理由は分かっている。
「ああ、こじらせてるね」
「……勝手だろ」
抱きしめてくる腕をタップすると、さらにギュっと抱きしめられた。
「もっと甘えてくれてもいいよ……なんてね」
「いえ、もう……」
「ほんとは、私がこのノクタビア領の支店で働きたかったんだけどな。他でもないルシウスのお願いだからもうすこし、オルディナ学園で働くよ。その代わり……王都に帰るまでは私に付き合ってね」
なぜかのぞき込んでくる瞳は、不思議な色をしていた。
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