第23話 ソフトボールチーム【安芸ホワイトピック&ライオンズ】


「おぉぉっ、でっけぇ!」


 開口一番、リムジンを見てのキッズ達の反応。そして、運転手の龍宮亀さんが、恭しく礼をしドアを開ける。新汰が、助手席を陣取った理由。この美人運転手、亀さん狙いである。おい、彼女もち。理彩さんに、密告しちゃうよ?!


 続いて翁が降りて、淑女ゲスト達をそれぞれ手を引き、エスコート……って、あれじいの目が厳しいのはどうして?


「嘆かわしや、白兎様。何のために、一番に下車いただいたと思っているのですか?」


 いや、ごもっとも。理屈は分かるけど、僕にエスコートされるよりは、爺にエスコートされる方が嬉しいと思うんだ。


「ハク、よろしく?」


 すっと舞夏は手を差し出す。やけに慣れて――そこまで思って、過ったのはよくない無責任な声。


 ――安西、パパ活してるから絶対、男に慣れてると思うんだ。

 ――分かる。男子オレラが着替えても、動じないしな。普通に忘れ物を取りに来たじゃん。

 ――金積んだら、ヤらせてくれるかな?

 ――お前、頼んでみろよ。

 ――ムリムリムリ! あんなニコリとも笑わないヤツ、絶対に無理だって!


 下卑た笑い。

 それを頭の底から追い出して、手を差し伸べる。元気になく、蝉達の求愛が今は、むしろ快いって思ってしまう。結局、僕も彼らと一緒だ。舞夏を色眼鏡で見て、噂を尺度に定規で測ろうとする。


 普通に考えて、舞夏にそんな時間なんかない。だいたい、弟君や妹ちゃんと接する舞夏を見ていたら、そんな子じゃないことぐらい、すぐ分かる。何より、舞夏にはすいさんという、ちゃんと想い人がいるんだか、ら――?!


「いったぁぁっ?!」


 何故かいきなり、舞夏が力をこめてきた。キックボクシングで培った、握力37kgの本気(極悪アンアン情報)。マジ、やめて?


「ぼ、僕……何かした?!」

「邪悪な波動をハクから感じた」

「理不尽すぎない?!」

「お兄ちゃん、次は私!」

「鳴も!」


 今度はこちらのお嬢様方をエスコートですか。やれやれ、モテる男も辛いですなぁ、なんて呑気に構えていた自分を呪いたい。


 良いかい、白都。引き金を引き絞ったら、弾丸はもう止まらないのさ。そうダンディーに囁く余裕は、僕には残念ながらなかった。


「ぶべらっ?!」


 車から飛び降りて容赦なく抱きついてきた明比ちゃんと鳴ちゃん。未だ、手を離さない舞夏。


 そう淑女二人を、片手で受け止めようなんて、どんなに包容力があるナイスガイでも無理なのだ。


 紳士のエスコートは、いつから肉弾戦になったんだろう。







「音哉じゃん!」

「音哉、一緒にプレイできるの?!」

「めっちゃ嬉しいっ」

「音哉、新汰パイセンと白兎様とどういう関係?」

「え? え?」


 校庭グラウンドから、音哉君の困惑する声が耳に届く。

 良きかな、良きかな。やっぱり、持つべきモノは友達なのだ。

 空いたブランクなんか関係ない。

 正直、短い期間しかソフトボールができなかった僕には、そんな音哉君達が羨ましかった。







■■■






「音哉君、ユニフォーム似合うじゃん」


 グランドを眺めながら、僕は満足。何度もうんうん頷く。


「ハクのお古?」

「残念。流石に、僕のサイズじゃ合わないから、新汰のだよ」

「じゃぁ、ハクのは誰にも渡してない?」

「そりゃ……探せば、家にあると思うけど」


 え?

 舞夏、鼻息荒いのどうして?

 クールな舞夏さん、帰ってきて?!


「でも、ちょっとユニフォームが違う?」

「おぉ?! 明比ちゃん、そこ気付く?」

「ほっほっほっ。この爺やが説明いたしましょうか」


 ぬっと出てきたのは翁だった。この猛暑、執事服を身に纏いながら、まったく汗をかいていない。


「いや、良いって――」

「「「「聞きたい!」」」」


 女子三人と孔君が声を合わせる。最早、僕には拒否権はなかった。


「ふふふ、もともとは安芸サンサンファイターズというチーム名でした」


 そうだったよね。この当たりの太陽町にちなんだ、名前だった。


「連戦連敗のサンサンファイターズに、救世主というべきバッテリーが現れたのです」


 爺、チラッとこれみよかしに僕をチラッと見るの止めて。恥ずかしいから。それと、そんなに強くなかったから。


「ピッチャーの名前は剛田新汰。そして、キャッチャーは樋ノ下白都。このバッテリーを豪速のライオンと不動の白豚。新汰様のボールを取れるのは、白都様のみ。二人を称し、ホワイトピック&ゴールドライオンと呼ばれ、他のチームから恐れられるようになったのです!」

「すげぇぇぇっっ! 白兎たそと新汰Pあらピー! マジ尊敬!」


 孔君がテンション高く叫ぶところ悪いけれど、弱小チームだからね? 連敗がストップしたぐらいで、成績は全然だったから。


「そうなのです、孔様。特に伝説となった、近郊大会準決勝。あれは手に汗握る名勝負でした。新汰様のピッチングに粘る打者。ひたすらのファール! 白都様が安定の指示での持久戦! 目を閉じればあの時の戦いを思い出し――クラクラします」

「それ、熱中症じゃない?! 爺、今すぐ水分補給!」


 僕の一声にすぐ水筒を差し出す明比ちゃん、マジ天使!


「ぷはっ。明比様、大変美味しゅうございました。生き返りましてございます!」


 若くないんだから、無理しないで欲しい。終わる頃に呼ぶから、そのタイミングで来てくれたら良いのに。爺は本当に律儀だ。


「川向こうのお花畑から妻が手招きをしておりました!」

「奥さん、まだ死んでないよね? なんなら樋ノ下本家の厨房を取り仕切っているよね?!」

「白都様、そんな些事は良いのです。今はホワイトピック&ゴールデンライオンについてで御座います!」

「いや、もう良くない?」

「「「「聞きたい!」」」」


 安西家のテンションが高くて、引いてしまう。舞夏、お願い! 今だけはクールなオオカミさんに戻って!


「とはいえ、後は少し切ないお話になってしまいます。白都様のお母様。つまり都お嬢様が離婚された時期と重なりました。その状況で、白都様はチームを退団。当然、バッテリーは解消。白都様を追うように、新汰様も退団されたのです」

「……もしかして、ハクと剛田って仲良しなの?」

「親友って思っているけど――痛い、痛い! なんで、そこで僕の手を握りつぶそうとするの?!」

「別に」


 ふんっ、と舞夏がそっぽ向く。今ここでオオカミ舞夏さんに戻らなくて良いと思うの。握力全開フルスロットル継続中。理不尽すぎない?!


「お話を続けさせていただきますね」


 こほんと爺が咳払い。いや、まずこの現状をなんとかするべきじゃない?


「この伝説のバッテリーにあやかり、チーム名を安芸ホワイトピック&ライオンズに変更し、今に至っています。現在のチームメンバーにとって、白都様と新汰様はまさにレジェンドというべき存在なのです!」


 べべん。どこから取り出したのか、扇子を叩く様はまるで講談師のよう。でも、重ねて言うね。弱小チームのバッテリー。そんな美化するようなものじゃない――



 ふぁさっ。

 舞夏が、僕の髪を撫でる。


「ま、舞夏?」


 僕は目をパチクリさせる。でも舞夏はお構いなしに、僕の髪を撫でる。汗で滲んで不快感が勝るはずなのに。本当に、お構いなしに。


「ハクも、ソフトボールしたかったよね」


 その囁きは、グランドの球児たちの掛け声に、かき消されて――。




「それでは音哉様を応援しましょうか」

「「「おぉぉっ!」」」


 年下組の声が、元気よく反響したのだった。






■■■





 ――と言っても、明比ちゃんと鳴ちゃんの集中力が続くはずもなく。ほどなくして、小学校周辺を散策することになった。爺と孔君が残って応援すると言ってくれたのは救いといえる。


「お兄ちゃん、レッツゴー!」

「ゴー!」


 明比ちゃんを先頭に、右手は鳴ちゃん。左手は舞夏に占有されている。人一倍、汗っかきな僕だ。脂っぽい感触、気持ち悪くないのだろうか?


「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」


 くるっと振り返って、明比ちゃんがニシシと笑む。


「お姉ちゃんのエスカレート、よろしくね?」

「エスコートのこと?」

「そうとも言う!」


 うん、そうとしか言わないけど。でも、そこまで言われたらね。仰せのままに、と応えるしかないじゃないの。


「じゃ、しっかりエスコートしてもらっちゃおう」


 舞夏が嬉しそうに笑って――それから、僕の腕に抱きつく。


「あ、あの。舞夏、さん? その僕、汗かいているから……」

「ハクの匂いは落ち着くから大丈夫」


 確かに発言がエスカレートしています。明比さん!


「いや、あのね……?」

「お兄ちゃん、良い匂い。落ち着くっ」


 鳴ちゃんまで、きゅっと抱きつくから動きにくい。

「じゃ、明比も~」


 今度は、明比ちゃんが前から抱きついて――。







白豚ぶー君と、安西じゃん。なに、パパ活の次はブタ活でも始めたの?」


 声がする方を見れば、茶髪の男子達がニヤニヤ笑いながら歩道を塞ぐ。

 高天原君の取り巻き、陽キャな皆さんだった。


 この時間帯、やかましく鳴く蝉が声を潜めて。

 鳴ちゃんが、彼アラの強い視線に怯えるように、僕の背中に隠れた、その瞬間。








 グランドから、バッドにボールが当たる音が。そして歓声が響き渡った。


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