第22話 樋ノ下 本家の筆頭執事をご紹介します!



「それでは改めまして。お初、お目にかかります。たけとりおきなと申します。翁でも爺でも、お好きなようにお呼びくださいませ。樋ノ下家筆頭執事を拝命しております。本日、白都様とともにお付き合いをさせていただきますので、何卒よしなに」


 リムジン内、みんなが席についたところで、恭しくじぃが頭を下げた。


「……竹取物語に出てくるお爺さん?」


 音哉君、君のツッコミは今日も冴えてるよ。


「これは恐れ多い。まぁ、うちの迦具夜かぐやもお月様からの良縁をいただいたといえば、その通りなので御座いますが」


 高らかに笑う爺。ご心配をおかけしていますが、戸籍にも登録されている、正真正銘の本名です。


(……お爺様に相談したの、やっぱり失敗だったかなぁ)

 思わず、ため息が出ちゃう。


 ソフトボールに限らず、スポーツチームの活動は保護者の協力が必要不可欠。そこらへんは保護者同士が仲良くなれば持ちつ持たれつ。だから逆に人間関係が大事なんだよね。


 それは、かつてチームに所属していた僕も良く分かる。でも、音哉君には、そこが足枷になっていた。


 だからこそ、最初のファーストステップは、僕から手を差し伸べたかった。あのチームなら、音哉君に普通に迎え入れてくれると思う。


 それに、極悪アンアンが、借りを作りっぱなしで良しにするとも思えない。ま、それこそ余計なお世話なんだけどね。


 今回はあくまで見学だから、くれぐれも普通の車で。そうお願いしたつもりだったけれど。普通という言葉そのものがファジー。普通の定義なんて、人によって異なるという証拠――なんて、現実逃避している場合じゃなかった。



「すげぇぇぇっ! 白兎たそ、お金持ちだったのか!」

「……いや、僕がじゃないよ。すごいのはお爺様とお婆様で。僕が何をしたワケでもないし」


「お母様――都様と同じことを仰る。そうおっしゃいますが、置かれた環境もまたその方の才でございます。ただ、その謙虚さ。この翁は感服しております。ただ、お母様自身も東証プライム市場に上場していますし、白都様も〝ぶいちゅーばー〟なるものに挑戦されている。この翁、感銘しない日はありませんぞっ」

「わぁっわぁっわぁっ! 爺、ストップ!」


 安芸白兎はナイショなの。安芸白兎に中の人などいない。いないったら、いないの! そこんとこよろしく!


「今さらじゃねぇ?」


 助手席の新汰、君は黙らっしゃい。


「慌てるハクも可愛いっ」


 あの舞夏さん? クスリと微笑んだ後、当たり前のように僕の髪を撫でるのどうしてかな?


「……お前さ、学校とのギャップありすぎじゃねぇ?」

「知らない」


 新汰に対してのお返事は、学校で見せる舞夏そのもの。これでもかというくらい、素っ気ない。でも、今は〝素〟の舞夏をたくさん見ているから、少しだけ違和感を感じてしまう。


「そんな言い方しないの」


 僕は舞夏の頬を軽く抓る。表情筋は柔らかくマッサージ。舞夏の笑顔は素敵なんだぞって、囁いてみる。もっと、たくさん見せてって重ねて。その一言で舞夏は俯いてしまった。耳元まで赤いのは――ちょっと、気温が上がってきたせいかもしれない。


「俺、何を見せられているの?」

「ほっほっほっ。都お嬢様の座席の采配、お見事。これは眼福で御座いますな。それにしても成長を感じます。本当に大きくなられた」


「お姉ちゃん、照れっ照れ」

「てれってっれって~」


 明比ちゃん、鳴ちゃんまでからかわないの。今日も猛暑。今日も暑いんだと思う。


「ハク、早起きして眠いの。だから、つくまで寝る」


 言うやいなや、僕の肩にその頬を寄せて、すーっと寝息を立てる舞夏だった。


「寝るの早くない?!」

「すや~」

「お姉ちゃんばっかりズルいっ」


 鳴ちゃん、ご立腹。でも鳴ちゃんの座高では、僕の肩までその可愛い頬っぺたは、届かないと思うんだ。


「申し訳ございません、鳴様。乳幼児の皆様におかれましては、チャイルドシートの着用が義務づけられておりまして。何卒、ご容赦を」


 爺、腰が引きにも程があると思うよ?


「それなら、仕方ないの」


 すぐ納得する鳴ちゃん、良い子である。


「だって、お姉ちゃん。お兄ちゃんのこと、大好きだもんね」


 すぐに爆弾発言する鳴ちゃん、恐るべし。そういうことは、色々と誤解を招くからお控えいただきたい。


「……にぃに」


 舞夏の寝言が、僕の心をほんの少しだけ抉る。それだけ、舞夏にとって、安西家長男――今は家を出ている彗さんの存在が大きいということで。




 でも、大丈夫。ちゃんと弁えているから。舞夏の体温を感じていたら、いつの間にか僕まで眠りに誘われて――。





■■■




「舞夏様のことを憶えていない? それは由々しき事態ですな」

「鈍感にも程があるって話だろ」


「いや、それも已む得ないかと。舞夏様が、これだけお綺麗に成長されたとあらば」

「照れる」


「お前、寝言でけぇよ! ってか白都の前で、あざと過ぎだろ……ったく。まぁ、安西弟1号にはこれぐらい賑やかな方が良いかも、だけどな」


「……僕?」

「なんで白都がこんな大袈裟にしたと思っているんだよ。お前がチームに戻るの、特別にしたくなかったからだろ。ソフトをやりたいからチームに入る。それ以上の理由なんかいらねぇじゃん」




……

………





 うつら

 うつら。



 あ、あのね。新汰。

 そんなこと、ないからね?


 もちろん、気兼ねなくソフトボールしてくれたらって思ったけれど。


 単純に、じぃが来たら。美味しいクッキーを車内で食べられるかな、なんて思ったの。



 ふわっ。

 ダメだ、本当に眠い。


(……あれ?)



 僕の髪を撫でる人、だぁれ






 ダメ、本当にもうねむ――。







 髪を撫でる指先。

 その仄かな温度を感じながら。

 僕は、今度こそ本当に眠りの国へと誘われた。

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