第5話 女の子は久しぶりに〝にぃに〟の夢を見ました。


 絵本のページをめくる。

 クレヨンで描かれた街の風景。


 あの時、にぃにが描いてくれた絵が目の前に広がって。


 ページをめくる。

 ページを。

 ページをめくる。


 いつの間にか、色が剥がれ落ちて。

 モノクロームに朽ちても。


 ページをめくる。

 掠れて。


 擦り切れてしまいそうだけれど。

 ページを――。






■■■




 にぃにだ!

 そう思った女の子は、すぐにがっかりすることになります。


 にぃには、女の子のことをちっとも憶えていなかったのです。


 女の子はぷんすか怒りました。でも、不安にもなりました。にぃにの苗字が違う「みょうじ」になっていたからです。もしかしたら、良く似ているだけの別の誰かなのかしら?


 女の子は、悩みました。でも、ママが教えてくれたんです。


「牧田さんから、樋ノ下さんになったのよ。離婚したんだって」


 離婚というのは、パパとママが別れて、他人になるということです。女の子といっっしょです。でも、素直には喜べません。大好きなパパがいなくなったように。にぃにも同じような悲しみを味わったはずなのです。今のお父さんは、私のことを一生懸命考えてくれるけれど。ぽっかり空いた心野穴だけは、どうにもなりませんでした。


 女の子は、神様にお願いをしてみました。

 もしも、お祭の日に雨が降って。

 万が一、雨宿りで。にぃにが我が家に来てくれたら。


 ――神様、お願いします。雨を降らせてください。にぃにが雨宿りをしてくれますように。


 にぃにが、我が家の焼き飯大盛りが好きなのは、調査済みです。

 Q.E.D。

 でも、恥ずかしくて。

 どんな顔をしてにぃにに会ったら良いか、分からなくなくて。お店に来てくれた時、お家のなかに引っ込んでしまったのでした。


 だから――。

 雨が降って嬉しくなりました。

 にぃにが、本当に雨宿りをしてくれていたからです。


 ニヤけた顔が気付かれないように。

 女の子は一生懸命、真面目な顔をしました。


 どうやら、にぃには女の子のことを気付いていないようです。





樋ノ下ひのした?」



 勇気を振り絞って、にぃにのことを呼びました。 やっと、にぃにとお話ができると思うと自然と笑んでしまいます。だから、キリッと表情を引き締めたのでした。

 にぃにのこと、またにぃにって呼んだら、にぃに、ビックリするかな? そう思うとドキドキします。


 にぃにの大きな背中を見やりながら。

 あの時は同じ年なんだって知らなくて。






 ――本当にお兄ちゃんだって思っていたんです。







■■■





 絵本のページをめくる。

 クレヨンで描かれた街の風景。

 あの時、にぃにが描いてくれた絵が目の前に広がって。

 ページをめくる。

 ページを。

 ページをめくる。

 いつの間にか、色が剥がれ落ちて。

 モノクロームに朽ちても。

 ページをめくる。

 少しだけ。

 色を塗る。

 おそるおそる、色を塗る。









 にぃにが作ってくれた手作りの絵本を抱きしめて。

 女の子は久しぶりに、にぃにの夢を見ることができました。

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