第4話 先輩と仲良くしていたら、幼馴染のお姉さんがおかしくなった

 見られたのか!? 俺が瑛理子えりこ先輩の足を舐めようとしていたところを。って、舐めようとはしてないぞ。


 マズい、マズい、マズい、あの子、幽霊部員って言ってたよな? 今のを誰かに話したら……俺が変態だと噂が広がってしまう。


「あら、珍しいわね」


 瑛理子先輩が、まるで他人事みたいにつぶやいた。


「ちょ、ちょっと先輩! 今の見られちゃったんですけど! 口止めしないと」

「問題ないわ。彼女は私の後輩だから」


 ん? どういうこと?


「私は常日頃から男子に足を舐めさせたいって公言しているの。彼女も分かってくれているわ」

「公言しているのかよ!」


 やっぱりド変態だった!

 もう何も驚かねえぞ!


「それより続けなさい! 今、良いプロットが浮かびそうなのよ!」


 ぐいぐいぐい!


「ちょっ、ふ、踏むな!」


 興奮気味になった瑛理子先輩の足が、俺の顔に何度もヒットする。当然ながら、少し蒸れた黒パンスト足に、顔を踏まれているのだが。


「わぷっ! ちょ! んんっ!」

「そ、そうよ! これよ、これ! この感じよ!」


 先輩はテーブルの上にあったパソコンを手元に持ってくると、キーボードをカタカタと叩き始めた。


「二人っきりの教室で、しゅんは瑛理子に屈辱の調教をされるの! 最初は嫌がっていた俊なのに、徐々にその表情は熱を帯び……丁寧に、丁寧に、足の指の間にまで舌を入れて……。きたわ! ノってきたわ!」


 カタカタカタカタカタカタカタカタ――


 ノリノリになった瑛理子先輩は、夢中で執筆を続ける。俺の顔を踏んだまま。


「せ、先輩……とりあえず足を退けてください」

「ちょっと待ちなさい! 今、良いところなのよ!」

「みえっ、見える! スカートの中がぁ!」


 先輩が足を動かす度に制服のプリーツスカートが捲れ上がる。

 その奥には、薄いタイツ……パンストに包まれた白い布がチラチラと……。


「あああっ! もう限界だぁああああ!」


 こうして俺は、瑛理子先輩の足に踏まれたり、スカートの奥をチラ見させられながら、ひたすら耐えるのだった。



 ◆ ◇ ◆



「さっきは悪かったわ」


 購買前の廊下、自販機脇のベンチに腰かけた俺に、瑛理子先輩は申し訳なさそうな顔で缶コーヒーを手渡した。


 やっと変なプレイ……ではなく、彼女の執筆から解放された俺は、お詫びの印にコーヒーを奢ってもらっているところである。


「どうも」


 コーヒーを受け取った俺は、ふたを開けて一気に喉に流し込んだ。

 まだ先輩の足が顔に触れた感覚が残っていて、ムラムラする心を打ち消そうと必死なのだ。


「ごめんなさい。やっぱり私って、創作のことになると周りが見えなくなるみたいなの。何度も踏んでしまって嫌だったわよね」


 瑛理子先輩がしおらしくなっている。

 たまに可愛くなるとか反則だろ。


「もう良いですよ。今度から気を付けてください」

「ええ、今度は加減して踏むわね」


 結局、踏むのかよ!


「それより、あの女子は大丈夫なんですか?」

みやびのことかしら?」

「その小さい女子です」

「雅なら大丈夫よ。彼女は私の性癖……んっ、執筆内容を知っているから」


 今、性癖って言ったよな?


「彼女も文芸部員なの。名前だけ貸してる幽霊部員だけどね。今度、あなたにも紹介するわ」

「はあ」

「今の文芸部は、廃部寸前だから大変なのよね」


 廃部寸前だと!?


「えっ、もしかして……俺は廃部予定の部活に?」

「あなたが入部したから大丈夫よ。多分……」

「多分?」

「あと一人いれば安心なのだけど」


 この学校の規定をよく知らんけど、部員が少ないと廃部させられるのだろうか?


 俺の表情を読み取ったのか、瑛理子先輩が口を開いた。


「明確な部員数の規定は無いわね。ただ、あまりにも部員が少なかったり活動内容が見えない部は、廃部、または他の部と合併になるそうよ」


 なるほど。小説を書きたい瑛理子先輩としたら、廃部や合併になったら困るという訳か。


「私は本気で小説家デビューを目指しているの」

「あの熱意を見たら分かります」


 小説か……。俺も中学の頃はWEB小説サイトに投稿しようと思ったんだよな。

 あの頃は…………。


「そうですね。俺も小説を書いてみたいです」

「ホント! 書き方は私が教えるわ! 一緒に書きましょう!」

「だから近いです」


 相変わらず瑛理子先輩は距離感がおかしい。


「小説のことなら私に何でも聞いてね。これからもよろしく。大崎君」

「あっ……えっと」


 何故か俺の心に薄雲がかかった。それが何なのか分からないまま。


「あら、どうしたのかしら? もしかして、俊君の方が良かった?」


 ドキッ!


 まるで俺の心を見透かしたかのように瑛理子先輩は微笑む。その笑顔は、小悪魔のように妖艶だ。


「ち、違います。ちょっとビックリしただけです」

「本当かしら? もしかして、踏まれるのがクセになっちゃったとか?」

「だから違いますって。何ですか、人をドMみたいに」

「うふふふふっ」


 カランッ!


 飲み干した缶をリサイクルボックスに入れた俺は、先輩に背を向けた。

 顔が熱くなっていたからだ。

 こんな顔を見られたら、きっと誤解されてしまう。


「どうしたのかしら? 俊君」

「お、おお、大崎にしてください」

「照れているの?」


 上目遣いになった瑛理子先輩が、俺の顔を覗き込んできた。

 やめろ、何だその可愛い仕草は。


「ちょ、待ってください! 瑛理子先輩は、もう少し自分の可愛さを自覚するべきです」

「えっ……」


 瑛理子先輩は、照れるでも怒るでもなく、あごに手を当てて考え込んでしまった。


「私って可愛いのかしら? そんなこと男子に言われたの初めてだわ」

「はあ? 何処からどう見ても可愛いですよね。パッチリした大きな目とか。繊細な美術品みたいに綺麗な顔とか。艶々の黒髪ロングとか。他にも天上に響く音楽みたいな美声とか」


 し、しまった! 俺は何を言っているんだ!

 これじゃまるで口説いてるみたいじゃないか!


「あ、あの、先輩、今のは……」

「ふむ、つまり、あなたは私が好きと……」

「ちちち、違います!」

「踏まれたいと」

「全然違います!」


 しまった! この人は普通の女子じゃなかった! こんな癖強女子に誤解されたら地獄のドMコースまっしぐらだぞ!


「ふふふっ、冗談よ」


 先輩は口に手を当て笑った。


「えっ?」

「あなたって、からかうと面白いわね」


 くっそ! からかわれていたのか!


「それに、良い表現力だわ。天上に響く音楽とか」

「それは忘れてください」


 あの口説いているようなセリフは封印したい。まるで俺が先輩に一目惚れしたみたいだ。


「でも不思議ね。私は男子と話す機会もなかったのだけど、あなたとは普通に接することができるわ」


 えっ? あんなグイグイ来てたのに、先輩は男子が苦手なのか?


「とにかく、これからよろしく。大崎・・君」

「はい」

「やっぱり俊君の方が良かったかしら? 寂しそうな顔してるわよ」

「ち、違いますって」

「うふふふっ」


 ふざけて肩をぶつけてくる瑛理子先輩を押し返しながら昇降口に向かうと、ちょうど反対側から天使のような女子が現れた。


「あっ、俊くん♡ えっ!」


 俺の顔を見てパアッと明るい笑顔になったのは、姉の友人で幼馴染の真美さんだ。

 ただ、俺の横に立つ瑛理子先輩を見て表情を曇らせたのだが。


「えっ、あ、あれっ? 万里小路までのこうじさん? えっ、俊くんと……」


 真美さんの視線が、俺と瑛理子先輩を行ったり来たりしている。


「あの、真美さんも帰りですか?」


 話しかけてみても、真美さんの視線が揺れまくっている。

 こんな真美さんは初めてだ。


「あら、二人は知り合いだったの? まあいいわ。入部届は私が提出しておくから。じゃあ大崎君、明日もよろしくね」


 そう言った瑛理子先輩は、俺と真美さんを残し職員室の方に歩いて行った。


 目の前には、何故か固まってしまった真美さんが立ち尽くしている。

 どうしちゃったんだろ?


 ワナワナワナワナワナワナワナワナ――


 真美さんの肩が小刻みに震えている。

 その目は瞳孔が開いたかのように深く暗い。まるでヤンデレ目のように。


 ガシッ!


 真美さんの両手が俺の肩に掛かった。


「しゅ、しゅしゅ、俊くん! い、今の、まま、万里小路さんよね! どど、どうしたのかな?」


 真美さんの声が震えまくっている。

 どうしちゃったんだよ?


「えっと、俺、文芸部に入りまして」

「は!?」


 真美さんの両手に力が入り、俺の肩に指が食い込む。


「ちょ、痛い。痛いです、真美さん」

「え、ちょっと待って! 文芸部って部員は万里小路さん一人だったよね? もしかして、俊くんと二人っきりなのかな? 今、仲良かったよね? 何してたのかな? ねえ? ねえ? ねえ?」


 何だか分からないけど、真美さんの様子がおかしくなった。



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