第5話 ダメだよ♡

 真美さんの様子がおかしい。

 華奢な腕からは想像できない力で俺の肩を掴み、ヤンデレ目っぽい顔でグイグイ迫ってくる。


「お、落ち着いてください! 真美さん!」


 これ以上は危険だ。俺は真美さんの腕を掴んで距離をとった。


「落ち着けないよ。放課後の校舎で二人きりなんだよ! 絶対、エッチなことしてるよね!?」

「し、してません! してませんから!」


 俺は必死に弁明する。エッチはしてないはずだ。

 顔を踏まれたりスカートの奥が見えた気もするが、それは内緒にしておこう。


「小説の構想を練ったり執筆の手伝いをしただけです」

「ホ、ホント?」

「はい、それに二人じゃなく三人です」

「えっ……」


 俺を掴んでいる真美さんの手から、スッと力が消えた。


「な、なぁんだ。万里小路までのこうじさんと二人っきりかと思っちゃった。ごめんね、俊くん♡」


 安心した。元通りの優しい真美さんだ。

 もう一人は幽霊部員だけど、三人なのは嘘じゃないよな。


 でも、さっきのは何だったんだろ? 急に凄い威圧感だったけど。


「ダメだよ。俊くん♡」


 真美さんが、人差し指を俺の口に向ける。


「先輩女子と二人っきりになっちゃ。何かあったらどうするの」

「何も無いですって」

「でも、美人で有名な万里小路さんだよ。もし、好きになっちゃったり、エッチしたくなっちゃったり……」

「しませんって!」


 さっきからエッチって、今日の真美さんは変だぞ。大丈夫かな?

 いつもはもっとお淑やかで清純なイメージなのに。


「あっ、そうだ!」

 パチンッ!


 何か思いついたように、真美さんが両手を合わせた。


「俊くん♡ スマホかして?」

「えっ?」

「ほら、また俊くんが危険になったら困るでしょ。連絡を取り合えるようにLIMEを交換しよっ♡」


 あっ、メッセージアプリか。俺も真美さんとアドレス交換したかったんだよな。

 ラッキー!

 これで真美さんと連絡できるぞ。


「今、LIME表示しますね」

「あっ、私がやるよ」


 ヒョイッ!


 俺の手からスマホを取り上げた真美さんが、何やら複雑な操作をしている。

 あれっ? アドレス交換ってQRコードで一発だったような?


 ピッ! ピピピッ! ピッ!


「真美さん、まだですか? やけに時間が……」

「ちょっと待って、今、位置情報共有とSNS監視アプリのインストールが……」

「ん!?」


 今、変なワードが聞こえた気がするけど?

 気のせいかな?


「はい、アドレス交換しといたよ♡ これでいつでも連絡できるね♡」


 満面の笑顔になった真美さんが、俺にスマホを手渡す。さっきまでの真剣な顔が嘘みたいだ。


「はい、ありがとうございます」

「うふっ♡ 今夜メッセージ送るね♡」

「はい、あの……」

「何かな?」

「さっき位置情報が何とかって聞こえた気がして」

「気のせいだよ♡ 苺ショートって言ったの♡」

「ですよね。ショートケーキ美味しいですよね」


 やっぱり真美さんは優しくて清純でおっとりしたお姉さんだ。良かった。


「そういえば……」


 下駄箱からローファーを取り出した真美さんが、ふとつぶやいた。


「万里小路さんのアドレスは入ってないんだ?」

「えっ、あの、まだ交換していませんでした」


 友達リストを見られちゃったのかな?


「わ、私が初めてなんだね♡」


 真美さんの瞳に熱がこもる。

 初めてという言葉で胸がドキッとした。

 まあ、登録した女子の友達がって意味だよな。


「はい、お恥ずかしながら、登録してあるのは家族と男友達だけでして」

「うふふふふっ♡ そうかぁ、初めてなんだ♡」


 何だか知らないけど、真美さんが喜んでる。俺の非モテが役立つ日がるくなんて。


「ほら、朝も言いましたよね。俺はモテないから」

「そんなことないと思うな。俊くんは素敵だよ」

「そうですかね」

「でもでも、万里小路さんは可愛いから……心配だな」

「真美さんの方が可愛い……って、すみません!」


 し、しまった! つい口が滑った!

 キモいとか思われたらどうしよう!

 ただの幼馴染なのに、性的な目で見てたのかよって!


 しかし、真美さんは予想外の反応をする。


「あっ♡ んふっ♡ か、可愛い……はぁう♡」

「ま、真美さん?」


 真美さんの顔が真っ赤だ。耳まで赤い。今にも湯気が出そうなくらいに。


「も、もうっ♡ ダメだよ、先輩をからかっちゃ」

「そんな、からかってないです」

「うふっ♡ それとも俊くんは、お姉さんを堕とそうとしてるのかな? 悪い子だね♡」

「ぐはっ!」


 上目遣いでウインクする真美さんが、凄い破壊力だ。俺の方が一瞬で堕とされそうなくらいに。

 スキップするように昇降口を出た真美さんは、俺の方に振り返る。


「ほら、一緒に帰ろっ♡ 俊くん♡」

「は、はい!」


 俺は急いで靴を履き替えて、真美さんの後を追った。



 ◆ ◇ ◆



 帰宅した俺は、自室でスマホの画面を眺めていた。


「ぐふふっ、真美さんのアドレスをゲットしてしまった。これで、いつでも真美さんと連絡がとれるぞ」


 LIMEの友達リストには、真美さんが飼っているポメラニアン、ポメオのアイコン画像が表示されている。


「やっぱり真美さんは女の子っぽくて可愛いよな。うちの姉のアイコンなんて、ずっと初期設定のままだし」


 真美さんが犬と戯れている映像が脳裏に浮かぶ。それはとても可愛らしく幸せな景色で……。


『大崎君、そこに這いつくばって犬になりなさい』


 ちょっと待てやーっ!

 幸せな映像の中に、毒々しい映像が紛れ込んできた。どう見ても女王様にしか見えない瑛理子様……瑛理子先輩だ。


『ほら、早く這いつくばりなさい。口で私の上履きを脱がせて、足を舐めるのよ』


 続いて、椅子に座り足を俺に向ける瑛理子先輩の映像まで。


「待て待て待て! 俺はMじゃねえ! 何を思い出してるんだ! あ、あれは気の迷いだ。つい、足を舐めそうになってしまったなんて……」


 恥ずかしさで頭を抱えてしまう。

 俺には真美さんという憧れの人がいるんだ。決して浮気ではないぞ。


『さあ、舐めなさい。しゅん


 だから消えろぉおおおお!

 何で思い出しちゃうんだ!


 あんな人でも創作への熱意は本物なんだよな。ちょっと人とズレているだけで。

 自分の可愛さに気づいていないのか、無意識にグイグイ来るのだけど。


「ああぁーっ! 瑛理子先輩のインパクトが強烈過ぎて、脳裏から映像が消えてくれない!」


 ガチャ!


「ち○ちこちー○! 元気にシ○ってるか、マイ弟よ!」

「うわぁああああああああああああ!」


 突然ドアが開き、姉のりんが部屋に飛び込んできた。意味不明なギャグを飛ばしながら。


「びっくりした……」

「あ~あ、残念。てっきりシ○ってるかと思ったのに」


 ニマニマした顔で俺の下半身を覗き込む凛。端的に言って最悪だ。


「弟の行為を覗き見して何が楽しいんだよ?」

「は? 楽しいだろ!」


 言い切ったぞ、こいつ。


「弟の秘密を握って私のパシリに。最高だな!」

「最低だよ!」


 やっぱり最悪だ。うちの姉が真美さんだったらどんなに良いか。交換してくれ。


 俺が顔を背けているからなのか、凛が拗ね始めた。


「何だよぉ。前は『お姉ちゃぁ~ん』って駆け寄ってくれたじゃんかよぉ。『お姉ちゃんと一緒に寝るぅ』とか」

「ぐっ、それは子供の頃だろ」


 黒歴史を抉るんじゃねえ。恥ずかしい。


「あれっ? それ、真美のだよね」


 真美さんのアイコンに気づいた凛が、俺のスマホを覗き込む。


「何であんたが真美のアドレス知ってるのよ!?」

「何でって、交換したに決まってるだろ」

「えっ……」


 凛の表情が、今まで見たこともない顔になった。

 何だよその顔は。まるで自分の弟を取られたみたいな感じだな。


 ピンコーン!


 噂をすれば何とやら。真美さんからメッセージの着信だ。


「お、おい、俊!」

「姉ちゃんは出てけよ」


 俺は、スマホを取り上げようと手を伸ばす凛を押す。


「こら、俊! まだ話は終わってない」

「俺は真美さんと大事な用があるんだよ」

「姉も大事な用があるんだぞ」

「はいはい、今度からノックしろよな」


 ガチャ!


 凛を部屋から追い出してホット一息つく。

 その凛といえば、まだ廊下で何やら言っているようだが。


「よし」

 ピッ!


【夜まで待てなかったよ、俊くん♡】


 画面に表示されたメッセージで、一気にテンションが上がる。

 ハートが付いてるじゃないか!

 待て待て、女子は普通に付けるよな。誤解しちゃダメだ。

 でも、俺の高校生活、良いことがありそうな気がする。


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