第3話 創作のためよ

 瑛理子えりこ先輩の長く美しいおみ足が俺に向けられる。薄い黒タイツに包まれた見事な脚線美で。


 椅子に座ったことでスカートの裾が上がり、スリムなのに意外と肉付きが良い太ももがあらわになる。

 それは絶妙なラインを描いており、光沢のあるパンストと相まって、とんでもないエロさを感じさせるのだが。


「ほら、早く這いつくばりなさい。口で私の上履きを脱がせて、足を舐めるのよ」


 可憐な花のように美しい口から出た言葉は、昆虫を捕食する毒花のようなセリフだった。


「ちょ、ちょっと待ってください。冗談ですよね?」

「私が冗談を言っているように見えるかしら?」


 やっぱりドSだったぁああああ!

 待て待て待て! ここで対応を誤ってはいけない!

 こんなご褒美……じゃなかった、こんな変態プレイを受け入れたら人生が終わりそうだ。

 俺はドMじゃないからな! 多分…………。


「ちょっと待ってください、瑛理子先輩」

「何かしら?」

「初対面の後輩男子に足を舐めさせるのはマズいですって」

「そうなの?」


 この先輩アホなのか? 『そうなの?』じゃねえって! 何処の世界に初対面で足を舐めさせる変態女子がいるんだよ!


「そ、その、そういうプレイは恋人同士になってからでないと……。不謹慎と言いますか、何と言いますか」

「言われてみれば……そうよね」


 瑛理子先輩はあごに手を当てる。


「そうね。恋人同士という設定にしましょう」

「そういう問題じゃねえ!」


 しまった。つい先輩にツッコんでしまった。

 この人の脳内がぶっ飛んでるからだよ。


「あら、おかしいかしら?」

「全部おかしいです」

「表現力を高めるために必要なのよ。私は創作に妥協をしたくないの」


 表現力だと? もしかしてドSなプレイも小説を書く勉強なのか?


「そんなことを言われましても……。先輩は誰でもエッチなことをするんですか?」

「こら、人をビッ○みたいに言うんじゃないわよ!」


 ビッ○じゃないけどド変態だよ!


「だ、だから何と言いますか、初対面の男性と破廉恥はれんちと言いますか……。そういうのは好きな人と」

「そうかしら? 私は大崎君のことが好みだわ」


 は? はあああ!? こここ、好み……だと!

 もしかして、先輩は俺のことを?


「不思議よね。初対面なのに緊張しないなんて。まるで会ったことがあるみたい。大崎君は大人しく従順でMっぽい雰囲気があるのよね。私の小説の登場人物にもいるのよ」


 ですよね。そういう意味ですよね。 期待した俺がバカだった。


「と、とにかく、部室でエッチなことをするのは禁止です。他の人に頼んでください」

「私は親しい男子がいないのよ……」


 シュン――


 瑛理子先輩が沈んでしまった。

 さっきまであんなに自信満々だったのに、肩を落とした姿がしおらしい。

 ちょっと可愛いとさえ思ってしまうくらいに。


「クラスメイトはどうですか?」

「誰も私に話しかけてこないわ」

「もしかして、クラスでも今みたいな感じですか?」

「そうよ」


 それが原因だよ! 想像できるよ! クラスで浮きまくりだよ!


「おかしいわね。男子は下ネタが好きだって聞いたのに」


 いくら男子が下ネタ好きでも、瑛理子先輩の口から出たらドン引きだろ。

 明るくてノリの良い女子が言うならまだしも、近寄りがたい超絶美形の瑛理子先輩が卑猥ひわいな話なんかしようものなら、恐怖以外の何物でもないぞ。


 しかし何とかしないと。

 変態プレイを回避しつつ、瑛理子先輩の執筆に協力できる案を出さねば。


「あの、先輩」

「何かしら?」

「足は舐めないですが、官能に関する男子の意見なら協力できそうです」

「なるほど、名案だわ! 男子は四六時中エロいことを考えているわよね!」


 偏見だよ! ま、まあ、だいたい合ってるけど。


「それで、何を聞きたいですか?」

「そうね……プレイ中の男性心理を知りたいわ」


 一呼吸おいてから瑛理子先輩は語り出す。


「学園内で恥ずかしい○○をしていた大崎おおさきしゅんが、恐怖の風紀委員長である万里小路までのこうじ瑛理子えりこに秘密を知られてしまう展開が良いわね。俊は秘密をバラされない代わりに、瑛理子の奴隷として屈辱の日々を送るのだけど――」


 何で実名なんだよ! その設定は何だよ!


「暴虐の限りを尽くす瑛理子に、俊は人としての尊厳さえ破壊されてゆく。しかし、繰り返される調教の果てに、俊と瑛理子の間には主従関係を越えた未知なる感覚が芽生え――」


 瑛理子先輩が夢見心地な表情をしている。

 完全にヤバい人だ。

 おまわりさーん!


「ちょちょ、ちょっと待ってください」

「何よ、ここからが良いところなのに」

「もしかして先輩って、他の人の前でもこんな話を?」

「そうよ」


 ダメだこりゃぁー! 壊滅的に対人関係がダメな人だった。見た目だけは超絶美人なのに。

 これが本当の残念美人か。

 この人、早く何とかしないと。


「瑛理子先輩は男子を誤解しています」

「えっ?」


 瑛理子先輩は目を見開いた。


「確かに男子はエロいことばかり考えています。でも、そんな単純なものじゃないです。女子がエロい話ばかりしてたらドン引きですよ。男子は清純派女子が好きですから」


 俺の話を聞いていた瑛理子先輩が、不思議そうな顔で首をかしげる。


「そういうものかしら?」

「そういうものです」

「でも、エッチは好きなのよね?」

「エッチは好きだけど、女子が下品な発言ばかりするのは違います」

「そうなの?」

「そうです。女子だってギャップ萌え好きでしょ? 普段は紳士的なのに、ベッドの上だけ……とか」

「そう……よね」


 瑛理子先輩は何度も頷く。


「うんうん、なるほど。男性心理は単純なようで複雑なのね。確かにエロ一辺倒のキャラよりギャップがあった方が萌えるわよね」


 分かってくれたのだろうか。


「じゃあ大崎君、そこに這いつくばって足を舐めてくれるかしら?」

「何も分かってねぇー!」


 どうするよ、この先輩。こんなんで学園生活が送れているのだろうか?

 他人事なのに心配になるよ。


「ち、違うわよ。私だって分かってるわ」


 急に慌て始めた先輩が、視線を逸らしながらつぶやいた。


「さっきはごめんなさい。私って、創作のことになると周りが見えなくなっちゃうのよ。いきなり足を舐めさせられるのは嫌よね」

「分かってもらえましたか」

「ええ、でもあなたを見ていると、足を舐めさせたくなるのは事実だけど。素質あるわ」


 何の素質だよ! 何でドヤ顔だよ! やっぱり女王様じゃねえか!


「フリで良いわ」

「えっ?」

「舐めるフリよ。状況を体験できればアイデアが浮かびそうなの」

「それでしたら」


 俺は瑛理子先輩の前にしゃがんだ。

 目の前には、めっちゃエロい黒タイツ足。たまらない光景だ。


 お、おお、落ち着け俺! これはフリだ。決して変なプレイじゃない。創作のためだ。


 自分にそう言い聞かせながら先輩の足を取る。

 上履きは洗ってあるのか汚さは感じない。というか、先輩に汚い部分など見当たらないかのようだ。


 カポッ!


 震える手で上履きを脱がせた。

 背徳感がハンパない。


「さあ、舐めなさい。しゅん


 瑛理子先輩の美声が脳内に響く。甘い毒のように。

 名前を呼ばれただけで、体の奥に震えが走った。


 これは演技! これは演技! 本気にするな!


 鋼の意志で自分を律しながら、俺は形の整った黒タイツ足に顔を近づける。


 先輩の足は、少しだけ湿っていた。上履きの中で蒸れていたのだろうか。

 微かな汗と足の臭いが漂ってくる。

 それは強烈な背徳感がして。

 こんなに美人になのに、恥ずかしい足の臭いを嗅いでいるかと思うと、禁忌きんき的な何かを感じてしまうのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 頭上で荒い息遣いを感じ視線を上げると、上気した顔の瑛理子先輩が恍惚こうこつの表情をしていた。

 やっぱりこの人、ド変態なのでは?


 ガラガラガラ!


「こんちはーっス! 文芸部幽霊部員、佐渡さわたりみやび、たまには顔を見せるっスよぉ…………えっ!」


 突然、大きな音と共に部室のドアが開いた。

 そこから顔を出したのは小柄な少女だ。

 俺と瑛理子先輩を交互に見て絶句している。


「えっとぉ……失礼したっス」


 ガラガラガラ、ピシャ!


 その少女は、ドアをそっ閉じして戻っていった。


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