第2話 過去に戻ったらしたいこと

 俺の名前は柏戸太樹。地元では友達がいない陰キャの中学三年生だ。


 とはいえ、それは元々の俺の話。

 逆行した身では、どうにも笑い話になる。


「うおおおおおぉぉぉ!!」


 ひたすら走る。

 記憶を辿って薄っすら思い出せる程度の帰路。懐かしさを感じて散歩したい気分なんて吹っ飛ぶくらい、身体を動かしたくてたまらなかった。


 実際、全速力で走ってみると、想像以上に爽快だった。

 こんなにも速く走ることができたのは、いつ以来だろうか。全盛期よりも調子が良かった気がした。


「身体、めちゃくちゃ軽いな!」


 確かにかつてのこの頃は、ノロマと馬鹿にされていた。

 体型が悪かったわけでもないし、むしろ身体は鍛えていたから持久力はある。なのに、足は全然速くならなくて、悔しかったことを憶えている。


 なぜ、1周目の俺はこの身体で上手く走れなかったのか。今ならよくわかる。

 自分の身体の動きへの理解度が、違うのだ。


「若さってすげぇ……最高じゃん」


 この時代にタイムリープした瞬間は、嬉しさよりも恐ろしさが脳裏を埋め尽くした。

 まだ才能が開花していない自分に戻ってしまったら、才能を失ってしまうんじゃないかって……そんな怖さがあったから。


 けど、そんなことはなかった。

 俺の努力は、ちゃんと報われているみたいだ。

 この瑞々しい若さがあれば、なんだって出来るような……一種の万能感が芽生えてくる。

 待てよ? 時間が巻き戻ったってことは―――


「……もしかして聖香にまた会えるんじゃないか?」


 彼女と出会ったのは、高校2年生の修学旅行の時だった。

 前世と同じ道を進めば、いずれ必ず彼女に出会うことができる!

 こんなに嬉しいことはないだろう。

 ただ―――


「2年……か」


 青春の時代は限られている。

 前世ではたった2年だったが……50年近く生きた人生を振り返ってみれば、そこには大きな未練があった。


 あの時の俺は孤独に生きて、友達を作らなかった。無能だと馬鹿にしてくる連中を内心で見下して、精神的にかなり未熟だったのだ。


 ならば、ダラダラと何も変えずに2年間を過ごすべきだろうか?


 それに、本当に1周目とすべてが同じになる保証はどこにもない。

 ちょっとしたことでバタフライエフェクトが起こって、彼女があの場に現れないかもしれない。


 ――運命に身を任せるのは、バカバカしくないか?


 1周目では結局、彼女と再会できなかった。

 『もしかしたら』なんて可能性でしかない未来を願うだけじゃ、なにも変えられない。

 運命は、自らの手で手繰り寄せるべきだ。だから―――


「帝門学園に入学する」


 これしかない。

 2年も待つ必要なんてない。簡単な話だ。今の彼女がいる場所に、直接会いに行けばいいだけなのだから。


 もちろん、名門に入るためには高校受験をしなければならない。

 だが、俺には自信があった。

 前世では才能が開花した後、俺は家庭教師のアルバイトをする際に大学受験までの内容をおさらいした。

 あの時から自分の学力が落ちたことは一度もない。


「……ん? ちょっと待って。根本的なことを忘れていた」


 浮足立つ気持ちでスキップしたかったが、ふいに足を止めた。


「俺、未成年じゃん」


 今の俺は未成年で、しかも中学生。

 そもそも受験には親の許可がいるし、帝門学園は実家から距離がある。

 裕福ではない家庭では、受験なんてわがままを言っているようなものだ。それも名門ともなれば、言うまでもない。


 帝門学園は国内を牽引する大企業の御曹司やらご令嬢が集まる学園である。

 言わずもがな、入学金だけでも破格の金額が要求される。それに加え、国立にあるまじき授業料を請求されるのだ。

 まあ、どこの馬とも知れないやつが入学して、貴重な子息と生活を共にすることを大人は良しとしないだろうし、相応の理由があるんだろう。


 とはいえお金の問題は、親に話す前に思い出せてよかった。


「しかし、どうするべきか……」


 今の時代から株式投資でも始めれば、億万長者にでもなれるだろう。

 ロングタームであれば、株価の動きは記憶にあるし、未成年でも証券口座は作れる。

 だが、肝心の投資資金がない。

 この頃の俺に、軍資金を与えてくれるような慈悲深い親ではないし、これは大きな壁だ。


「詰んだか……」


 タイムリープするってわかっていたら、過去の宝くじの当選番号を全部憶えてきただろう。

 過去に戻ったらやりたいことの中で、誰もが考えることだ。

 だけど、本当にタイムリープするだなんて考えもしないから、当選番号なんて記憶していなかった。


「……いや、一つだけ憶えているじゃないか!?」


 ふと、大事なことを思い出す。

 それは前世でも伝説になった話……まさかの「円周率」がそのままロトの高額当選番号になったことがある。

 しかも、一つ前のロト当選番号がネイピア数だったことで、かなりのインパクトを引き起こした。


「たしか、ちょうど俺がこの頃だったよな!?」


 おそるおそる手に持つスマホで、前回のロト当選番号を確認する。

 もうあの伝説は、過ぎてしまった出来事なのか……それとも、まだ起きていない未来なのか。


「……まじか」


 こんなにツイていていいのだろうか。

 前回の当選番号はまさにネイピア数……それは当選番号を確認するまでもなく、今朝のニュースになっているようだった。


「買いに行くしかないだろ」


 まずは資金を得る。

 その機会が目の前に転がっているのに、逃すほどの余裕はなかった。


 さて、金の問題が解決したとして、次には両親を説得しなければならない。

 説得できる材料を持っていない以上は、模試を受けて結果を出すくらいのことはしないといけない。


 ゼロからの出発なのだ……一歩一歩進んでいかなければいけない。


 すぐに財布に入っていた全財産を使って、同じ番号のヨトを10口買うことができた。

 中学生の手持ち金は、思ったより少なかったが、多く当てても不正を疑われるだけだから、いいだろう。

 何か言われても、円周率なんて特殊な番号なのだから、どうとでも言い訳の余地がある。


「ただいま!」


 帰宅した俺は、ヨトの購入券を机の引き出しに仕舞うと、さっそく両親に模試の受験を依頼しに行ったのだが―――


「太樹、今晩はおじいちゃんのところに行くわよ」


「えっ……?」


 ゆっくり話をする雰囲気でもなかった。

 しかし、ふと母さんの言う「おじいちゃん」が誰なのか、脳裏を過った。


 我が家は裕福ではないが、母の実家はかなり太い。

 近い将来、その縁も途切れてしまうのだが……この頃はまだ、交流があったんだな。


 でも、もしかすると……これは大きなチャンスかもしれない。

 なにしろ母側の祖父は、未来では没落してしまう大企業、八島電子の会長なのだから。



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