第3話 勝利と敗北
冬の寒さがまだ残る早朝、
千葉オーシャンアローズの体育館には、
いつも通りわずかな光が差し込むだけだった。
観客席は空っぽで、観戦者はゼロ。
しかし、静かな空間にも熱は満ちていた。
チームメンバーの呼吸とボールの音だけが、響き渡る。
「今日は練習試合。勝利のイメージを作ることが目的だ」
古川里香コーチの言葉に、メンバーたちは身を引き締める。
初めての公式戦形式の練習試合だったが、相手は同じリーグの下位チームで、
観客はなく、静寂の中での戦いだ。
高田美波は、ボールを手に取り深呼吸した。
前回の練習で少しだけ噛み合い始めたチームプレイを、試合で形にする瞬間だ。
スカーレットはいつも通り、リングの下でじっと待つ。
目つきは鋭く、こちらをじっと見据えていた。
試合開始の笛が鳴る。
「美波、ボール!」
松井梨花の声と同時に、美波はドリブルを開始する。
速攻の形を作りながら、前田美里が先頭で走り、佐藤愛美がパスを受ける。
スカーレットはスクリーンを置き、インサイドでスペースを作る。
ボールがつながり、松井がアウトサイドから3ポイントシュート。
リングを揺らし、最初の得点をチームにもたらした瞬間、
静かな体育館にかすかな歓声のような興奮が生まれた。
チームの動きはぎこちないながらも、
試合を重ねるごとにリズムをつかみ始める。
美波の指示通り、スクリーンやパス回しも少しずつ機能するようになった。
中野芽衣の元気な声がチームの士気を引き上げ、
吉田理子や大澤紗英も安定したプレイでインサイドを支える。
「ナイスパス!」
「よし、スカーレット!」
全員が声を掛け合い、小さな連携が生まれる。
静かな体育館の中、ボールがリズムよく回る光景は、
チームとしての初めての成功体験だった。
最終的に、わずかな差で勝利。
チームは初めて試合で笑顔を見せることができた。
しかし、その喜びは束の間だった。
翌週、リーグ上位常連の強豪チームとの対戦が決まったのだ。
観客はやはりほとんどいない、静かな体育館。
だが、相手チームの動きは圧倒的だった。
5人全員が高身長で、ディフェンスも攻撃も洗練されており、
千葉オーシャンアローズの未熟さを容赦なく突いてきた。
試合が始まると、相手のディフェンス網に美波のパスが何度もカットされる。
速攻を仕掛けようと前田美里が駆け出しても、相手の守備陣がすぐに対応する。
スカーレットもインサイドで体を張るが、相手の高さとスピードに圧倒され
、思うように得点が伸びない。
「まだ全然通用しない……」
美波の眉がきゅっと寄る。チームメイトたちも疲労と焦りを隠せない。
松井の3ポイントも、上手くリングに届かない場面が続く。
佐藤愛美も突破が阻まれ、速攻の連携は失敗が続いた。
第2クォーターで大差がつき、静かな体育館の空気は張り詰める。
ベンチ組も声を出し、応援するが、空気に押しつぶされそうな緊張感が漂う。
美波はハーフタイムでチームを集め、低い声で話した。
「今日の試合は負けても仕方ない。でも、何を改善すべきかを全員で確認する。
スクリーン、パス、速攻のタイミング、全てよ」
スカーレットも黙ってうなずき、インサイドで体を張る決意を見せる。
チームとしての連携がまだまだ足りないことを、全員が痛感した試合だった。
試合終了の笛が鳴る。
スコアは予想通り、完敗。静かな体育館に、ボールの音だけが残る。
チームメンバーは疲れ切った表情だったが、初めての大敗も、
成長のきっかけに過ぎない。
「悔しい……でも、見えたこともあった」
美波は静かに言った。
松井や上野も、沈みながらも小さくうなずく。
スカーレットも、リングの下で少しだけ笑みを浮かべた。
この日の敗北は、千葉オーシャンアローズにとって大きな教訓となった。
まだまだ個々の力だけでは勝てない。
しかし、
チームとしての形を少しずつ作れば、次の試合では勝利の可能性が生まれる。
静かな体育館で、
チーム全員が肩を並べ、疲れた体を支え合い、
それぞれの課題と可能性を胸に刻んでいた。
これが、千葉オーシャンアローズの次なる挑戦への第一歩だった。
――静寂の中に、チームとしてのライバルとの戦いの兆しが、
確かに光を帯びていた。
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