第4話 乗り越えた逆境

練習試合を重ねる中で、千葉オーシャンアローズは苦戦を続けていた。

初勝利の喜びから期待を胸に迎えた強豪チームとの対戦は、

あまりにも大きな壁だった。

完敗の余韻がまだ体育館に残る中、チームメンバーの表情には疲労と落胆が

混ざっていた。


「……どうしてうまくいかないんだろう」

松井梨花がうつむき、小さな声でつぶやく。


「俺たち、個々の力は悪くないのに……」大澤紗英も苦笑しながら言う。

チームとしてまとまらない現状が、彼女たちの自信を少しずつ削っていた。


高田美波も悔しさを胸に押し込む。

速攻のタイミングやパスの精度、スクリーンの位置

――頭の中で改善点をリストアップしながらも、

チーム全員が疲れきった表情をしているのを見ると、

声をかける言葉が簡単には出てこない。


その夜のミーティングで、古川里香コーチが口を開いた。

「今日の敗北で、君たちは何を学んだ?」

静かな体育館で、誰もすぐには答えられない。

沈黙が続く中、コーチは柔らかく続けた。

「力だけでは勝てない。相手の動きに合わせてチームとして動くこと。

互いを信じること。それができて初めて勝利が見えてくる」


マネージャーの山田愛も、笑顔で声をかける。

「みんな、まだ諦めるのは早いよ。

 疲れても、失敗しても大丈夫。一緒に立て直そう」


翌日の練習は、雰囲気が一変していた。

疲労が残るメンバーたちだったが、コーチと美波の指示に従い、

少しずつ意識をチームプレイに向ける。練習メニューも変わった。


スクリーンの連携練習


パス回しのタイミング確認


速攻でのポジショニング練習


美波はボールを持つと、味方の動きをじっと観察し、的確な指示を出す。

スカーレットも初めは反発していたが、徐々に美波の意図を理解し、

インサイドで味方の動きを助けるようになった。


「ナイス!そのスクリーン!」

「美波、次はここにパス!」


チーム全員が声を掛け合い、小さな成功体験を重ねる。

前田美里と中野芽衣は速攻の先頭を走り、

佐藤愛美はパスでタイミングを合わせる。

松井梨花の3ポイントシュートも、

スクリーンを利用して確実に決まる。

上野彩佳と大澤紗英は守備を固め、スカーレットがインサイドでブロックする。


ある瞬間、奇跡のような連携プレイが生まれた。

美波がスカーレットにパスを出すと、スカーレットはボールを受け取り、

味方のスクリーンを使いながらリングに突進。

そのまま豪快にシュートを決めた瞬間、全員の士気が一気に上がる。


「やった!決まった!」

「これが私たちのチームプレイ!」


静かな体育館に、久しぶりの歓声のような興奮が広がった。

初めて、チーム全員が「一つの動き」として機能した瞬間だった。


その後の練習試合でも、チームは連携の精度を高め、

以前なら簡単に奪われていたボールをカットし、速攻から得点につなげる。

美波の冷静な判断とスカーレットのパワー、松井や前田のスピード、

上野と大澤の守備力が噛み合い、見違えるほどのチーム力を見せた。


試合後、全員で肩を組む。疲労で汗まみれの顔には笑顔が浮かんでいた。


「信じ合うって、こういうことかもしれないね」

美波は小さな声でつぶやく。スカーレットは黙ってうなずき、

初めて互いに視線を合わせて微笑んだ。


この日、千葉オーシャンアローズは確かに変わった。まだまだ課題は多い。しかし、チームとして一つにまとまることの力を初めて実感した瞬間だった。静かな体育館の中、夕日の光が差し込み、チームの影を長く伸ばしていた。


――逆境の中で芽生えた絆。それが、次の試合での大きな力となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る