第2話 信頼と衝突

体育館の照明が午後の光に少し染まるころ、

千葉オーシャンアローズの練習は再び熱を帯びていた。

高田美波は、前回の初練習で見えた課題を整理し、作戦ノートに書き込んでいた。「速攻はそのまま、パスのタイミングとスクリーンを意識させれば……」。


「美波!今日の練習メニューはどうする?」

佐藤愛美が息を切らしながら声をかけてくる。

「まずは基本のパス回しとスクリーンから。3対3で速攻練習をやりましょう」

美波は指示を出す声も落ち着いていて、自然とチームの中心に立っていた。


練習が始まると、前回と同じようにぎこちなさはあった。

しかし、今回は少し違う。美波の意図を察して動くメンバーも増え、

パスの回数が増え、ボールが少しずつ途切れずに流れるようになった。


だが


体育館の隅でスカーレット・マリア・クリステンセンは、

相変わらず自由奔放に動いていた。

205センチの巨体がリングに向かって突進するたび、

ボールを自分の力でねじ込もうとする。

美波が指示を出しても無視することが多く、そのたびにチームのリズムが乱れた。


「スカーレット、ちょっと待って!スクリーン使って!」

美波の声は届くが、スカーレットは片手を上げて軽く制する。

「自分でやったほうが早いの」

その声にはわずかに挑発的な響きがあった。


美波は小さく息をつき、ノートにペンを走らせる。

『まずは小さな成功体験を作る。

 スクリーンとパスを1回成功させて、次の連携につなげる』

戦術眼のある彼女は、スカーレットの力をうまく引き出す方法を考えていた。


そして、再び3対3の速攻練習が始まった。

美波はボールを持ち、スカーレットにパスを出す。

スカーレットは一瞬ためらったが、美波の指示通りスクリーンを使い、

味方のスペースを生かしてリングに突進。

見事にシュートを決めた瞬間、チームの空気が一変する。


「すごい……!」

松井梨花が声を上げ、喜びの笑顔を見せる。

「やればできるじゃない!」

上野彩佳も少しだけ微笑んだ。


この小さな成功が、チームに自信を与えた。

スカーレットも、わずかに口角を上げる。

普段は冷たい彼女の表情に、わずかな柔らかさが見えた瞬間だった。


その後の練習では、

スクリーンの使い方、パスのタイミング、速攻の順序が少しずつ噛み合い始める。佐藤愛美が美波の指示通りにパスをつなぎ、前田美里が先頭で突っ込む。

吉田理子や大澤紗英もインサイドで適切なスクリーンを設置し、

攻撃の精度が上がった。


しかし、練習の後半には再び衝突が起きる。

スカーレットがリング下で豪快にリバウンドを取り、

そのまま速攻。美波が指示した味方との連携を無視してシュートを決める。

「スカーレット、また独りよがり!チームを見て!」

美波は声を荒げる。


スカーレットは一瞬止まり、冷たい視線を返す。

「チームよりも結果が早く出るほうがいいのよ」

その言葉には確かに理があるが、チームプレイとは反対だった。


美波は深呼吸して落ち着く。「一緒にやる意味を教えるのが私の仕事ね」

そして、短い休憩を挟み、再度3対3練習を行う。

今度は美波がスカーレットの得意なインサイドプレイに合わせ、

味方が自然に動く小技連携を取り入れる。スカーレットは最初こそ反発したが、

連続して成功したシュートを見るうちに、少しずつ動き方を変え始めた。


「……悪くないわね」

スカーレットがつぶやく。その声は、わずかにだがチームを認めた響きがあった。


練習の最後には、全員で小さなゲーム形式を行う。

美波がボールを持つと、松井がアウトサイドから3ポイントを決め、

スカーレットがインサイドでブロックとリバウンドをこなす。

前田美里と中野芽衣は速攻で先頭を駆け、

吉田理子と大澤紗英がスクリーンでサポートする。

全員の動きが噛み合い、試合形式でもミスが減っていた。


練習が終わり、汗だくのまま体育館を出る。海風が冷たく顔をなでる。


「今日は、少しだけど、みんなの動きが見えた気がする」

美波はノートに書き込みながらつぶやく。


松井梨花が肩を揺らして笑う。

「ほんとだね!まだまだだけど、やればできるかも!」

上野彩佳も小さくうなずき、佐藤愛美が元気に声を上げる。

「次の練習も楽しみ!」


そして、美波は遠くを見つめる。

スカーレットの視線が、少しだけ自分に向いていることに気づいた。

まだ衝突も多いが、このチームには確かに可能性がある。


――衝突の中で芽生えた信頼。

  小さな成功が、千葉オーシャンアローズの第一歩を照らしていた。


体育館の外に沈む夕日が、チームの新しい挑戦を優しく包む。

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