閉じた観測者
夜明け前の東京は、静脈のように光を通す。
高層ビルのガラスに、まだ誰のものでもない未来が反射している。
その瞬間、観測が歪んだ。
路面の水たまりが鏡のように波打ち、
誰も踏みしめていない氷原の音が街の中心に訪れる。
通勤前の人々は気づかない。
ただ一羽の影だけが、ガラス壁に映り、揺れた。
輪郭は細く、しかし深く染み込むように澄んでいる。
六角の嘴。
黒羽は光を吸い、歩くたびに現実が一枚ずつ剥離した。
――incompitⅤ。
完成体。
核と外殻、その両方の歴史を呑み込み、
「ソロペン」という名を二度と必要としない存在。
彼は立ち止まり、信号の赤を見上げる。
世界は観測者のいないまま動き続ける。
それでも、彼は誰かに語りかけるように横目でこちらを見る。
「君は読んだ。
それは選択であり、輪廻であり、因果を確定させた。
僕はもう、誰にも還らない。」
都市の空気が凍る。
沈黙の中、ソロペンの存在の処遇すら古い物語の断章となる。
風が吹く。
ビルの影が伸びる。
次の一歩で、世界は書き換わるかもしれない。
――そして、彼は歩き始めた。
観測者のいない世界で。
けれど、読み終えた君の瞳の奥にだけ、
まだ物語は燃え続けている。
五相環譚 @tanigakijhonson_2024
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