11月17日(月) 最終日 入院の日 ー そして銀杏並木
とうとう、この日が来た。
今日は認知症疾患医療センターの受診日。
診察は13時。段取りはすべて整えた。
脳外科のときと同じように、誠には先に病院へ向かってもらい、
入院の荷物もその車に積んでもらった。
あとは、12時すぎに迎えに来る介護タクシーを待つだけ。
おじいちゃんが家で過ごせるのは、もうあと少し。
私はベッドのそばに座り、そっと声をかけた。
おじいちゃんは穏やかな顔で、にこにこと何かを話している。
昨日の“嵐のような夜”が嘘みたいに、静かでやさしい時間。
その表情を見ているだけで胸の奥が熱くなって、
気づいたら涙が頬をすべり落ちていた。
不思議そうに私を見るおじいちゃん。
私はにっこり微笑んで手を握り
「大丈夫だよ」と伝えた。
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◆ 介護タクシー到着
タクシーが見えた瞬間、おじいちゃんの不安は一気に爆発した。
「帰る!」「いやだ!」
車に乗ってからも怒り続け、
車内の“凶器になりそうなもの”を探し始めるほど。
病院に着いてからも落ち着かず、
私は車椅子を押して、広い院内を何度も歩き回った。
それでも——
「帰る!!」
叫びながら、突然立ち上がろうとした。
数日前まで、ベッドから起き上がることすら難しかったはずなのに。
ゆっくり、だけど確かに“立ち上がった”。
一歩を踏み出そうとして、足が出ない。
そのまま“かたん”と車椅子に落ちるように戻った。
——必死だったのだ。
帰りたい。怖い。混乱している。
その“心の力”だけで体を動かそうとしていた。
そう思った瞬間、胸が締めつけられた。
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◆ 診察室
順番が来て診察室に入ると、おじいちゃんはまだ「帰る」を繰り返していた。
医師は脳外科で撮った画像を開きながら、穏やかな声で話してくれた。
「同じ画像でも、脳外科と私たちでは見る場所が違うんですよ。ここです」
示された画面には、
脳の萎縮は比較的少ないこと
脳の血管が年齢とともに弱り、詰まりやすくなっていること
それが積み重なって起こる “血管性認知症” の特徴
が映し出されていた。
血管性認知症
とはっきりとした診断を受けたのは、この日が初めてだった。
説明が終わると、おじいちゃんは看護師さんに連れられ、
ゆっくりと病棟へ上がっていった。
その背中を見送りながら、
私は息をひとつ飲み込んだ。
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◆ 銀杏並木
入院の説明を受けて外に出ると、
風がひゅうと吹き抜けた。
銀杏並木は一面、黄金色。
陽の光を受けて、まるで道そのものが光っているようだった。
散り始めた葉が足元で「カサ」と音を立てる。
今日が、ひとつの区切りなのだと思った。
おじいちゃんの長い旅の、
静かで、切なくて、やさしい節目の日。
その黄金色の道を見つめながら、
私は小さく息を吸った。
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