第4章 家で過ごす最後の夜と、その翌日
11月16日(日) 最後の夜 ー 家族のかたち
今日は、おじいちゃんが家で過ごす“最後の夜”。
昼間、訪問介護のスタッフさんが全身を丁寧に拭いてくれ、パジャマも着替えさせてくれた。
買い物もすべて済ませ、荷物もきれいにまとめ終えた。
リビングに並んだ荷物を見た瞬間、
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
私たちは、この決断で確かに楽になる。
戦闘のようなオムツ替えも終わる。
四六時中呼ばれ、怒鳴られ続けてきたお義母さんも、少し休める。
でも、おじいちゃんは——?
家で過ごしたいと思っているに決まっている。
そう思うと、決断に小さな棘が刺さる。
でも、今の状態では、お風呂にも入れられないし、爪を切ってあげることすらできない。
清潔で安全な環境を考えたら、
その道のプロに任せるしかない。
頭ではとっくに分かっている。
でも、心はゆっくりしか納得してくれない。
「これは、自分を正当化しているだけじゃないのか……?」
そんな気持ちまで顔を出してくる。
——だからといって、仕事を辞めて全部背負うことはできない。
答えはもう決まっていた。
多分もう、おじいちゃんは家には戻ってこられない。
だから今日だけは。
最後の夜だけは、穏やかに過ごしたかった。
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◆ 最後の“晩ごはん作戦”……のはずが
夕方5時。
入院の荷物を並べ終えた頃、誠がぽつりと言った。
「最後だし……みんなで晩ごはん食べようか」
その一言に胸がじんわりした。
家族としての優しさが、さりげなく溢れていた。
——が。
お義母さんは、まったく違う方向を向いていた。
「大丈夫だよ! 今からご飯食べるから! ほら、帰りな!」
……え、まさかの一蹴。
もちろん悪気はない。
むしろ“早く帰って休みな”という優しさのつもりだ。
でも私たちの“最後の晩餐計画”は、
秒速で霧散した。
仕方なく、夜のオムツ交換の時間にまた来ることにして、一旦帰宅。
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◆ オムツ部隊、最後の総決算
夜。再びおじいちゃんの家へ。
最後の夜のオムツ交換は、なぜか妙な空気をまとっていた。
前を開けて、お尻を拭いていたその瞬間——
「出た。」
慌てて押さえたけれど、もう遅かった。
初期の悪夢がフラッシュバックする。
着替え、シーツ交換、暴言、唾、暴れ、足バタバタ。
嵐。
まさに嵐。
でも、家族の連携は最高潮に達していた。
どうにかこうにか乗り切った。、
これにて——
オムツ部隊、解散!
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◆ 最後の最後に見えた、やさしい絆
オムツ交換が終わり、薬を飲ませ、
話に少し付き合っていると、お義母さんが部屋に来た。
その気配に気づいたおじいちゃんは、
お義母さんの手を取ろうとした。
“最後の夜だから特別”という感じではなく、
ただ純粋に、そばに居たい人を求めるようだった。
私はそっとお義母さんに耳打ちした。
「二人でゆっくりしたいみたいだよ。」
そう言って静かに席を外した——つもりだった。
「霞さん、ちょっと〜」
振り返ると、普通にキッチンまでついてきていた。
もう……! とツッコミたくなる。
でも、なんだか自然と笑ってしまった。
飾らず、悪気なく、ちょっとズレていて、
でも誰よりも優しいお義母さん。
最後の夜は、
笑えて、切なくて、ドタバタで——
やっぱり“うちの家族らしい”入院前夜だった。
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