11月10日(月) 緊張の脳外科受診日

今日は、おじいちゃんを脳外科へ連れていく日。


介護タクシーの予約もOK。

着替えもOK。

必要なものもぜんぶバッグに詰めた。


ここ数日の中でも、

今日は“最重要イベント”と言ってよかった。


診察開始は午後2時。

そこに照準を合わせて家族全員が動いていた。


おじいちゃんは、長く待つことができない。

騒ぎ出す前に、サッと受診を終えたい。

何より——不安にさせたくない。


そんな想いを胸に、朝からずっとそわそわしていた。


誠は午前中だけ仕事へ行き、

そのまま病院へ向かって受付を済ませてくれている。


私は義母と一緒に、介護タクシーの到着を待ちながら、

おじいちゃんの冷たい手をそっと握った。


「一緒にいくからね。大丈夫だよ。」


---


■ 介護タクシー到着


午後1時半。

静かなエンジン音が、家の前に止まった。


来てくれたのは、元介護士の女性。


玄関で軽く会釈した瞬間に分かった。

——この人は、信じられる。


ベッドの角度をゆっくり起こし、

自然なタイミングで車椅子へ移乗させてくれる。


初めての動きにおじいちゃんは少し抵抗したけれど、

声かけと手つきが驚くほどなめらかで、

あっという間に車椅子へ座らせてしまった。


段差も、車への乗せ替えも、

「怖くないですよ〜」「大丈夫ですよ」

と優しい声とともに、すべてが丁寧。


その姿はまるで“おじいちゃんの不安”だけをそっと拾い上げて

どこかへ運んでしまうようだった。


——プロとは、こういう人のことを言うのだろう。



---


■ 病院での検査


病院に着くと、誠が入口で待っていた。


予約不要の病院なのに驚くほどスムーズで、

数分後には診察室に呼ばれた。


ひと通り診察が終わると、先生が静かに言った。


「CTとMRIを撮りましょう。」


もちろん、おじいちゃんは抵抗した。


逃げようとする。

怒鳴る。

不安が怒りとなって爆発する。


技師さんたちは慣れた様子で、

落ち着いた声で何度も声をかけながら対応してくれた。


“病院ってすごい”

心からそう思った。


どうにか検査が終わり、再び診察室へ。


先生は、画面に映る画像を見つめながら言った。


「……特に異常はないですね。」


その瞬間、胸の奥がふっとゆるんだ。


よかった。

本当に、よかった。


---


■ 安心の奥に残る影


ただ——

安堵と同時に、別の疑問が静かに浮かび上がった。


じゃあ、なんで急に歩けなくなったの?

なんで急に認知が落ちたの?

この数日の劇的な変化は、いったい何?


「無事でよかった」という気持ちと同時に、

心の奥でじっと動かない“影”のような疑問が残った。


でも、私はまだ知らなかった。


脳外科の先生と、

認知症専門医では——


“同じ画像を見ていても、

見ている世界がまったく違う”


ということを。


その“もうひとつの診断”を知るのは、

もう少し先のことだった。



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