第3章 診断へ向かう道の途中で
11月11日(火) 孫の顔を忘れた日
昨日の脳外科の結果は、すでに行きつけの病院へ届けてあった。
先生はそれを確認すると、すぐに
認知症疾患医療センターへの紹介状を書いてくれた。
さらにケアマネージャーの岡田さんが、
紹介状をファックスで送り、
電話でも状況を丁寧に説明してくれていた。
——頼れる。
ここ数日、岡田さんがどれほど私の心を支えてくれたか分からない。
そのあと、センターから電話が入った。
「入院前の聞き取りをしたいので、ご家族にお話を伺いたいのですが」
私一人ではとても判断できない内容だったので、
お義母さんがいるタイミングで改めて話すことで合意した。
まずは入院。
症状を安定させて、穏やかに過ごせる状態に戻すこと。
今できるのは、その土台づくりだけだ——
そう思いながら、夜を迎えた。
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■ 夜。恒例の“オムツ部隊”出動
気づけば、私たち“オムツ部隊”は驚くほど息が合っていた。
声かけも、身体の支え方も、手順も。
昨日より今日、今日より明日と、
まるでひとつのチームみたいに動けていた。
おじいちゃんにとっても、負担は確実に減っているはずだ。
交換が終わり、リビングで明日の段取りを話していたとき——
「よう! よう!」
と、いつもの呼ぶ声が響いた。
今日は先に悠斗が様子を見に行った。
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■「……お前は誰だ?」
ベッドの横にしゃがみ、悠斗が声をかけた。
「じいちゃん、どうした?」
おじいちゃんはじっと悠斗の顔を見つめ、
しばらく黙ったあと、眉をひそめた。
「……お前は誰だ?」
「じいちゃんの孫だよ」
すると、おじいちゃんはさらに目を細め、低い声で言った。
「……俺のこと、殺しに来たのか?」
「違うよ」
「ばあちゃんが雇った殺し屋か……?」
……あまりの展開に、悠斗が固まった。
数秒の沈黙のあと、ぽつり。
「じいちゃん……今、どんな世界線で生きてんだよ……」
思わず、吹き出してしまった。
でも胸の奥では、小さく痛みが走った。
おじいちゃんの中の「悠斗」は、
まだ声も背丈も小さかった頃のまま、
時間が止まっているのかもしれない。
だから、目の前にいる
背の高い今の悠斗は、
“孫”ではなく、別の誰かに見えてしまうのだろう。
悠斗がリビングに戻ってきて、苦笑しながら言った。
「俺……しばらく孫の位置に戻れてねぇな。」
その言葉に、胸の奥がふっと熱くなった。
悲しみとも、切なさとも違う——
なんとも言えない感情が静かに広がっていった。
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