13 見てらンねェだろう!?

 タイプ5クモ型の異形獣まもの甲殻こうかくのような硬い外皮をカチカチと鳴らしながら前へ数歩進んだ。

 ニックとトルデルは目の前に現れた、かつて見たこともない恐ろしいバケモノを前に、息が止まる。


 喰われる――。


 そう悟った瞬間、ニックが反射的に後ずさる。しかし銀の鎖が容赦ようしゃなく足に絡みつき、引かれた拍子にトルデルが転倒した。


「トルデル! 立て、逃げるぞ!」


 ニックはトルデルの腕をつかんで立たせると目くばせし、とりあえずアリーナ対角線上まで走ろうとした。


「出口はねぇ……どうすりゃいいんだ!」


 観客席は興奮と嘲笑ちょうしょうの渦に包まれていた。

 「やれー!」「食われろ!」という無慈悲むじひな声さえ降り注ぐ。


 見ていたヒースの呼吸が荒くなり、拳は震えていた。

 ニックとトルデルは息を合わせ二人三脚で走るも、再びもつれるように転倒。その背後からクモ型が音もなく迫る……!

 ミツヤが恐る恐る隣のヒースへ振り向くと、ヒースの怒りは沸騰ふっとうし過ぎて、逆にいだように静かだった。


「このカンジ――まずいな」


 ミツヤは既に、この後の最悪の未来を頭の中に映していた。


 ――まず、ヒースが飛び出す。

 ――次に、仕方なく自分が後を追う。

 ――すると、大勢の観客の目の前でヒースが止めに入る。

 ――当然、丸腰のヒースをかばって暴れることになる。

 ――終いには、2人まとめて衛兵に拘束される。


 そこまでの脳内シュミレーションはわずか2秒。


 思い余ってヒースへ声をかけようとした時だった。「クモ型」の前足が一本、振り上げられる。

 狙いは、倒れ込むニックの顔面だ。


「……ふざけんなよ」


 ヒースのその一言が落ちた刹那。

 すでに2階席の手すりに右手を掛け、ためらいもなく塀から身を投げ出していた。

 そして3メートル下のアリーナへ一直線!


「ヒース――ッ!?」


 ミツヤより先に、ジェシカの悲鳴が響く。

 落下しながらヒースは仲間へ叫ぶ。


「見てらンねェだろう!?」


 ダンッ、と地面を踏みしめ、振り返りもせずクモ型へ向き直る。

 獲物ニックたちを追っていた異形獣まものは動きを止め、今度はヒースへ、その赤い複眼をゆっくりと向けた。


 ヒースは丸腰、刀は預けたままなのだ。それでも迷いは一切なかった。


「クモ野郎、てめぇに人は喰わせねぇ……!」


 場内がざわめく中、腹に響くアナウンスが割り込む。


「おっとー、どういうことだ!? 観客が中に落ちたぞ!?」


 次の瞬間、衛兵たちが一斉に走り出した。


「君たち、危険です! 係員の誘導に従って――」


「はァ……もうあいつ、マジで阿呆だ……!」


 ミツヤは一瞬、頭を抱えたが、舌打ちひとつ、手すりに足をかける。


「待ってミッチー! 出口ふさがれてるのよ!?」


 ジェシカの心配をよそに、周囲の微弱な電荷を集め、雷のエネルギーを発生させると体内へ電流を走らせた。

 バチッと音を鳴らし、すぐさま3メートル下のアリーナへと飛び降りてしまう。

 そして着地と同時に体勢を整え、ヒースの隣へ並んだ。


「ヒース。一応聞くが……丸腰で、どうやってあれに挑むつもりだ?」

「いや、もう、ぜんっぜん分からん」


 と、こんな時でも屈託くったくなく笑うヒースに、ミツヤは深く長いため息を吐いた。

 上の観客席ではジェシカが手すりにつかまり、身を乗り出して叫んでいた。


「アンタたち何やってんのよおおおお!! 武器ナシでタイプ5に挑むとか、マジでバカなの――!?」


 彼女は反射的に背中へ手を伸ばし――矢筒がないことに気づいてハッとする。

 その肩を、後ろからガッツリつかむ手があった。


「落ち着け、ジェシーちゃん!」

「でもアラミス!  あいつら死ぬわよ!!」

「俺たちが次にやることはもう決まってるはずだ」


 アラミスの口調は冷静に聞こえたが、その目は怒りと諦観ていかん狭間はざまで揺れていた。

 理性だけで、かろうじて踏みとどまっている状態なのだ。


「ヒースは阿呆だが、今はミツヤがいる。あいつらは必ず生き残る。恐らく今から衛兵に拘束されちまうだろうが、夜間に詰所つめしょへ忍び込もう」


 ジェシカは唇を噛み、青ざめた顔でアリーナを見下ろした。

 下ではヒースとミツヤが、巨大な「クモ型」と対峙たいじしている。

 たった2人、閉鎖された空間で6メートルを超える大型の異形獣まものに挑むのだ。


「これは大変なことになりました! 少年2人が衛兵の制止を無視! まさか罪人を守るつもりなのでしょうか!?」


 アナウンスの声に対し、観客は困惑と怒りのボルテージが上がり始めた。


「このガキども、罪人を助けようとしてやがる!」

「罪人をかばえばそいつも罪人になるって知らねぇのか!?」

「まとめてやられちまえ!」

「ダメでしょう! まだ子供よ!?」

「おい見ろ! 子供がいるぞ!」


 その時、冷静だったミツヤの頭の中に、観客の「子供」というフレーズがスッと入ってきていた。


 ――子供よ!

 ――子供じゃねぇか

 ――見ろ! 子供がいるぞ!


「……誰が、だと――!?」


 カチリ。


 隣にいるヒースの耳に、ミツヤの「子供スイッチ」の入る音が聞こえた。


「ミッチー?」


 見るともう、ミツヤは黄色い光に包まれ始めていた。


「あー、お取込み中わりいミッチー。ちょっと待っててくれ、ニックの剣を借りてくる!」


 ヒースはミツヤが「子供」扱いされると、冷静さが失われることをよく知っている。一言残すと、すぐにニックの元へ駆けつけ、剣を奪い取った。


「借りるぜ、ニック! ここで待ってろ、すぐ終わらせる」

「お前ら、つえぇのは昨日分かったが、この異形獣まものは、分類される中でも最強クラスだぞ!?」


 言葉を聞くより早く、ヒースは走り出していた。


「もう……! こうなったら絶対死なないでよね……!」


 祈るように呟くジェシカを、アラミスは無理に笑って励ます。


「大丈夫だジェシーちゃん。アイツらタイプ5くらいでビクともしねぇよ。あのバカは素手じゃぁ何も出来ねぇだろうが、ミッチーがついてる」

「――うん」



 一方その時。

 観客の喧騒けんそうから少し外れた2階席の端で、2人の若者が双眼鏡越しにアリーナを見下ろしていた。


「ほら。開始1分もしないうちに、もう飛び出してきたわ……聞いたとおり期待を裏切らないバカね」


 長いライトグリーンの前髪を耳にかける仕草はどこか優雅であり、結い上げたポニーテールが肩越しに揺れた。

 20代前半、すらりとした長身の女だ。


「そのバカが付け上がる前に手を打つ……ということですね」


 隣で指をさし、視線を合わせたまま尋ねる声は落ち着いている。

 同じ白い制服を着ているが、口元にほくろがある以外、上からフードをかぶっていて顔はよく見えない。


「――ええ。今回の標的ターゲットは彼にしましょう」


 白い制服を着た若い女とフードの影、2人がいる2階席の端に、誰ひとりとして気づかない。

 その頃アリーナでは、鎖に繋がれたイントルーダーを背にかばう少年2人と、6メートルの怪物との戦いが、今まさに始まろうとしていた。




 ***《次回予告》***


 ミツヤ:ヒース! 後先あとさき考えずに飛び出すなって言ってんだろ?

 ジェシカ:そうよ! どうしてくれんのよ!

 ヒース:サーセン。

 アラミス:勝手な行動した罰だ。当面予告は禁止な。

 ヒース:なにぃ!?

 ジェシカ:次回、第14話「あの片翼をもげば楽勝よ」。ええ? 片翼って!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る