第20話 母から事情聴取

 その日の放課後、僕はさっそく柘榴塚さんを僕の家に案内した。家庭科クラブもなかったので。……まあ仮に今日が活動日だったとしても、休むとは思うけどね。


 学校帰りの制服のまま水間家にやって来た柘榴塚さんは、友達の家に遊びに来た女子にしか見えないだろう。お節介の人に見つかったならこう言われるかもしれない、『いったんおうちに帰ってからにしなさい』と。


 でもそんな浮ついた理由じゃない。彼女は捜事件の査をしに来たんだ。


 僕の家の前につくと、柘榴塚さんは家の全景を見渡しながらぼそりとこぼした。


「警察なら、ここで指紋採取とかするんだろうけどね。私にそんな技術はないから……」


「あ、それは無駄だよ。手袋してたそうだから」


「なるほど。用意周到……というか、まあ基本か。盗みを働こうっていうんだからね」


 というわけで玄関に入って母を呼んだ。来客があることを報せたかったんだ。うちには客間なんて洒落たものはなくて、リビングは、いつ何時でもお客様のお迎えOK! って面構えはしてないからね。お片付けっていう準備はどうしたって必要だから。


 母は、僕が女子を連れて帰ってきたことに少し驚いていた。だけど柘榴塚さんだと紹介すると、態度を改めたのだった。


「あなたが柘榴塚さん? お噂はかねがね……」


 と口調を柔らかくさせて軽く微笑んだ。


「ちなみにどんな噂ですか?」


 警戒心をあらわにした柘榴塚さんに、母は柔和に笑って見せた。


「すごく頭がいい探偵さんだそうね」


 そう、僕は母には報告してるんだ。この前のパンクババアの顛末を。だから母も柘榴塚さんの頭の切れ味は知っている。


「……自分では分かりませんが、そうであるように努めます」


 それから母は僕たちをしばらく玄関で待たせてリビングに引っ込み、しばらくして「どうぞ」と招き入れてくれた。



* * * *



 いつもより数倍片付けられたリビングテーブルの上に、ことりとお茶が置かれる。

 柘榴塚さんはぺこりと会釈したが、お茶には手を付けずに茶菓子のクッキーに手を伸ばした。


 しばらく、柘榴塚さんがクッキーを食べる音だけが続く。一個が終わり、次のクッキーに手を伸ばして、包装をビリッと破いて口に運ぶ――。

 その間ずっと無言だ。


 僕は痺れを切らして、彼女に話しかけた。


「柘榴塚さん、事件の話をしようよ」


「ああ、うん。そうだね。美味しくてつい……」


 少し照れた顔をする彼女は、その視線を母に向けて喋り出した。


「お母さん、どんなことがありましたか?」


「そうねぇ。とんでもないことしちゃって、後悔してるわね」


 頬に手を当て、はぁ、とため息をつきながら母は続ける。

 なんか話がかみ合ってない感じだ。


「私が全部悪いんだわ。せっかく直翔が宛てたソースなのに、こんなことになるなんて……」


「お母さんは悪くないよ。成さんを名乗って家にきた女子が悪いんだから」


 フォローしながらも、でも勝手に部屋には上げないで欲しかったなぁ……なんてちょっと思う。でもそれも、偽おこのみ革命の仕組んだ罠だったんだ。


「それよりお母さん、事件の話だよ、事件の話。柘榴塚さんはね、犯人に直接会ったお母さんに話を聞きたいっていってるんだよ」


 柘榴塚さんが頷いて話を引き取る。


「だいたいのことは水間くんから聞きましたが、伝聞だとどうしても情報がぼやけてしまうので。ですからどうか、お母さんが遭遇したことを、遭遇したままに、できるだけ客観的に、私情を挟まずに教えてください」


「そうねぇ。ええと、直翔が安川さんとオフ会に行って……。私、お昼におそうめん食べようと思って湯がいてたのよ。11時半くらいだったかしら。そしたら安川って名乗る女の子が来たの。直翔が忘れ物をしたから、頼まれて取りに来た、って」


 母の言葉に、柘榴塚さんが反応した。


「『安川』と名乗ったんですか? 『おこのみ革命』じゃなくて」


「ええ、そうよ。『安川といいます、直翔くんの件で来ました』って言ってたわ。どうして直翔が直接とりにこないのかちょっと不思議に思ったのは覚えてるけど、直翔とやり取りした画面をスマホで見せてくれたから、うっかり信じちゃって。……はぁ、お母さんがあの子を直翔の部屋に通さなければ、こんなことにはならなかったのに」


 柘榴塚さんはクッキーをごくんと呑み込むと、お茶に口を付けた。途端、少し眉根を寄せる。


「……あち。水間くん、安川さんの写真をお母さんに……」


「はいはい。これ」


 促されて、僕はスマホ画面に成さんの写真を表示させて、それを母に見せた。

 糸目、癖のある長い髪、美人――。


「やって来た人物は、確かにこの人だったんですか?」


 柘榴塚さんの確認に、だが母は困ったように答えた。


「それがねぇ。そうだとは思うんだけど、確証はないの。キャップを目深に被ってて顔を隠しててね。特にこの目……」


 と母はスマホ画面を指しながら、ため息交じりに言った。


「一目見たら覚えてると思うんだけど……。キャップのつばで隠れて見えなかったのよね」


「ということは、お母さんが見たのは安川さん本人ではないのかもしれませんね」


「でもこの人だった気がするわ。なんていうか、雰囲気がそっくりなの。この写真の子と」


 ……と、ここまでのことは僕も昨日の段階で母に確認したことだ。

 柘榴塚さんの本領はここから発揮だ。これから彼女は、母にどんなことを聞くのだろう?


「安川さんっぽい別人、か」


 ビリリと包装を破ってクッキーを口に入れると、彼女は立ち上がった。


「……早合点はやめておこう。次は犯行現場を見たい」


 あれ? もう母への事情聴取は終わりか。ていうか『早合点』って……、柘榴塚さん、もうなにか分かったのかな?


「柘榴塚さん、犯人分かったの?」


 僕も立ち上がりながら聞くと、彼女は渋面を作って首を傾げた。


「なんとも言えない。とにかく現場が見たい」


「はいはい、僕の部屋ね」


 僕は心が浮ついてくるのを感じながら頷いた。


 柘榴塚さん、もう事件のからくりが分かったっぽいぞ。

 あの日、一緒にオフ会していたはずの成さんが僕の家に来てソースを盗んだ――って不可解事件の真相が見えたんだ。


 僕と同じくらいの情報しか知らないはずなのに、やっぱり名探偵は頼りになる。これなら期限の3日を待たずに、なんだったら今日中に解決しちゃうかもしれないぞ。


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