第21話 現場検証
僕の部屋に入った柘榴塚さんは、ぐるりと内装を見回した。
6畳一間の部屋で、ベッドと勉強机と本棚が置いてある、特にインテリアにはこだわっていない内装である。少しちらかってはいるが、人に見られて恥ずかしいほどでもない。
しかし、彼女の丸っこい瞳は呆れたように一つの箇所に集中していた。
「……なにこれ。台所の戸棚……いや、お店だな、これは」
そこにあるのは林立したソース瓶だった。本棚のうち1段をまるまる全部使ってディスプレイしてあるんだ。数にしてちょうど30本。本当は31本だったんだけどね……。
「僕のコレクションだよ。キッチンに置いとくと使われちゃうから避難させてるの」
胸を張って言うと、彼女は感心したように目を瞬いた。
「ソースオタクってどんなもんかと思ってたけど、これは凄いね。よくこれだけ集めたもんだ。みんな珍しいものなんでしょ?」
「うん、手に入りづらいものばっかりだよ。旅行に行ったときにその地方の地ソースを買ったり、ネットで取り寄せたり。有名ホテルがオリジナルで作った豪華版のソースとか、大手メーカーの期間限定品もある。あと、僕のお気に入りソースのストックね」
いつ廃盤になるか分からないから、つい多めに揃えちゃうんだよね……。
「懸賞で当たったソースは、ここに飾ってあったんだね」
と、彼女は並び立つソースの中央、不自然に開いた空間を指さした。規則正しく並ぶソースの真ん中にあるその空間は、明らかに浮いている。
「そうだよ。世界に10本しかないソースだからね、主役として扱ってたんだ。あ、盗まれてからここのソースには指一本触ってないよ。なにが証拠になるか分からないからね」
昨日盗まれて今日名探偵に実況見分してもらってるわけだけど、早くもソース瓶にちょっとだけとはいえ埃が降りてきているのが気になった。いつもみたいにハタキで掃除してしまいたくなるのをぐっと抑える。――人に見せるんだから、ベストコンディションで見てもらいたかったなぁ。
「じゃあ、盗まれたソースも普通に飾ってたの? もっと、いかにもな感じかと思ってた」
「いかにもって?」
「金屏風の前に置くとか」
彼女の想像に、僕はニヤリと笑う。金屏風を背景にしたプレミアムソース……。確かに、『いかにも』な感じだ。
「まさか。えっとね、待って。ネットにアップしたやつがあるから……」
僕はスマホを操作すると、ネットにあげた写真を表示して、柘榴塚さんに見せた。
「あ、これこれ。これが盗まれたソースだよ。あぁ、いまごろどうなってるんだろ……」
スマホ画面のなかには、沢山のソースの真ん中に堂々と鎮座するガラス瓶があった。白いラベルが貼られていて、毛筆体で【百年の滴】と縦に書いてある。100年という重みを感じるシンプルかつ厳かなデザインだ。
一応、主要オークションサイトやフリマアプリはチェックしてるんだけど、盗まれたソースは出品されていなかった。転売目的で盗んだのではないか、それとも時間が経ってから裁こうとしているのか……。
あとはもう、ソースの栓が開けられていないことを祈るばかりだ。
スマホ画面を見たまま、柘榴塚さんは確認してくる。
「盗まれたのは、これ一本?」
「うん、他は無事」
【百年の滴】が盗まれたって知ったとき、一応ちゃんと他のソースも点検したんだよね。でも無事だった。
柘榴塚さんの丸っこい瞳が鋭く光る。
「これだけの種類があるなかから……しかもとりわけ豪華に飾られてたわけでもない、言っちゃなんだけどシンプルなラベルのこのソースを、迷いなく一本だけ盗んでるってことは、【百年の滴】を狙い撃ちにしたってことだね。ソースに対して知識がある人物の犯行だ。少なくとも偽おこのみ革命は、【百年の滴】を知っていることになる」
「あ、そういうことになるのか」
言われるまで気付かなかったけど、確かにそうだ。
ここには【百年の滴】より、派手だったり高級そうに見えたりするラベルのソースがたくさんある。
しかし偽おこのみ革命は、そんなものには目もくれず、ただ【百年の滴】を一本だけ手にとって持ち去ったんだ。
「SNSのやり取りを見せてくれる? どんな感じで本物のおこのみ革命と話してたのか気になる。その他の人ともやり取りはしてたの?」
「ちょっと待ってね……」
いいながらSNSアプリをタップして、僕のホーム画面を表示させた。
「はい、どうぞ」
といってスマホごと柘榴塚さんに手渡す。
彼女はしばらく、指をすいすいと上下させながらスマホを見つめていた。
その真剣な表情に、思わず吸い込まれそうになる。丸っこい瞳の小学生顔なのに、こんな顔するなんてなんかずるいなぁ……。
「ソースレベル100っていうの?」
「あ、うん」
彼女の言葉が、僕を現実に引き戻した。
そうか、そうだよな。僕のハンドルネーム、柘榴塚さんにバレるよな。……なんか恥ずかしい。秘密のコードネームがバレちゃった、みたいな……。
「すいぶん、懸賞当たったの羨ましがられてるね」
「そりゃあね。世界で10本しか製造されてないプレミアムソースだし。シール12枚集めなきゃ懸賞に応募もできないっていう敷居の高さもあったから」
すると、彼女はスマホ画面から目を僕に移した。丸っこい瞳を疑い深そうに半眼にしている。
「そのシール、まさかソース一本につき1枚じゃないだろうね?」
「そうだよ」
「……よく買ったね、それだけ」
「どうしても欲しかったから。でも僕まだ12本消費し切れてないんだ。成さんなんかもう全部消費したっていってたのに。成さんは僕の倍ソース買ってたのにだよ、ソース好きとして負けた気分だ」
「ちょっと待って。えっと、懸賞っていつあったの?」
「半年くらい前かな。懸賞が当たったのは2週間くらい前だけど」
「てことは、安川さんは一ヶ月につきソースを3本消費したの!? 私には分からない世界だな……」
と、げんなりした表情の柘榴塚さん。
そんなに変かな? 君だって甘い物バリバリ食べてるじゃないか。……なんて口を挟もうかと思ったとき、彼女は呟いた。
「あなたと安川さんが実際に会うことを知っていた人間は、二人以外にいる?」
「いないんじゃないかな。会いませんか? って話はDMで来たし。それ以降の細かい打ち合わせもDMでしたから」
「DMって、ダイレクトメールの略だっけ。確か、二人だけで直接プライベートなやり取りができる、みたいな……」
「そうそう。他人の目に触れないの」
「会おうって話は、向こうから?」
「うん。えっとね……」
と、僕は彼女からスマホを受け取ると、DM画面を開いてまた彼女に渡した。
「ほら、これ。会いませんか? って、おこのみ革命さんから連絡が来たんだ。場所はどこですかって聞いたらささがわモールって。それなら行けます! ってなって、写真とかもここで交換し合って。ほら、ここでビデオ通話もしたんだよ」
DM画面を説明する僕の指先を、柘榴塚さんは興味深げに見つめている。
「……懸賞で当たったソースが切っ掛けになってるのに、ソースは持ってこなくていい、って言われるね」
「そうそう。『瓶が割れたら大変だから』って。なにせ世界に10本しかない貴重なソースだから、そのときは納得したんだけど……」
でも、思い返すと変だよな。貴重なソースなんだから、実物を見たいと思うのがソースマニアってものだろうに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます