第19話 名探偵への依頼

「いやそこは警察でしょ」


 翌朝、いつもより早く登校して教室で柘榴塚さんを待ち構えていた僕に、彼女は意外にもそんな常識的なことを言ってきた。

 あれ? おかしいな。僕の予定では二つ返事でOKしてくれるはずだったんだけど……。


「泥棒が、大事な物を盗んだんだよ? 立派な盗難事件じゃないか」


 朝の教室に充満するのは初夏の陽気で、どこか甘い匂いすらしていた。なのに、それと反比例するかのごとく柘榴塚さんは辛辣だった。


「私、そんな重い事件やりたくない」


「そういわないでよ。頼むよ、柘榴塚さん」


 顔の前で手を合わせて彼女を拝む僕に、柘榴塚さんは登山に行くみたいな大きなリュックを机に下ろしながら、冷たい視線をくれる。


「普通に警察に行きなよ。私みたいな素人が出る幕じゃないって。警察ならちゃんと証拠とか調べて、犯人を捕まえてくれるから」


「約束、したでしょ?」


 片目を開けて必死の形相で請う僕に、柘榴塚さんは渋い顔をする。

 そう、約束。


『なにか事件があったら、僕を助手にしてくれる』


 って、指切りげんまんしたあの約束。忘れたとはいわせないよ……!?


「あのね」


 柘榴塚さんは仁王立ちになって僕を見下ろしてきた。小柄な彼女なのに妙に迫力がある。でもスカートから覗く膝小僧がほんとに小学生みたいで……体つきは完全に子どもなんだよな。


「これは想定の範囲を超えている。私じゃ手に負えないよ」


「そんなことない! 頼む! お願い! 僕を助手にしてください!」


 頭を下げて声を張り上げると、なんだなんだとクラスメイトたちが振り返ってきた。それでも僕は、声を張り上げ続けた。


「この前みたいに、この事件も『解体』してください!」


「ちょ、ちょっと」


 クラスメイトたちの好奇の視線に動揺した柘榴塚さんは、僕の腕を掴んでクラスから引っ張り出した。

 連れ出した先である階段の踊り場で僕の腕を放した彼女は、じっとりした目で僕を睨み付けてきた。


「もう。そんなに安川さんのこと、庇いたいの?」


「え?」


 思わぬ名前を出されて、僕は思わず聞き返した。なんでここで成さんが出てくるんだ?


「相手が安川さんだから警察行きたくないんでしょ? 安川さん、美人だから」


「美人なのは関係ないよ。なんでそんなこと……」


 本当に、柘榴塚さんがいっていることの意味が分からない。


「そらっとぼけないでよ。安川さんからソースを取り返して、それで笑って許すつもりなんでしょ。だから警察沙汰にしないで私なんかに事件解決を頼むんだ」


 ああ、なるほど。僕が安川成さんを庇おうとしてるって思ってるんだ、柘榴塚さん。


「違うよ。だいたい成さんは犯人じゃないでしょ。それは一緒にいた僕たちが一番よく知ってるじゃないか。成さんの名を騙った偽物がいるんだよ」


「あぁ、それでもいいよ、私は別に。沈む船の上で勝手に安川さんとイチャイチャすればいい、気の済むまで。最後にあなたが船から突き落とされるのは目に見えてるけど。もちろん安川さんにだよ」


 ……あれ?

 僕はそこで、初めて彼女の顔をマジマジと見つめた。


 少し潤んだ大きな丸っこい瞳が僕の顔から気まずそうに逸らされているし、頬はなんだか桜色に染まっているし……。


 え、これって。


「もしかして、柘榴塚さん……嫉妬してるの?」


 せっかくできた唯一の友達である僕が違う友達と仲良くするのが気にくわない、とか……?


「ばっ」


 彼女は首まで赤くなると、ぶんぶんと左右に首と手を振り始めた。分かりやすい……!


「馬鹿言わないで。誰がそんなこと。助手が勝手に事件進めようとするのが気にくわないだけだよ」


「助手!」


 僕の胸の奥から、希望の光がまばゆく発せられる。


「柘榴塚さん、僕のこと助手って認めてくれるんだね! じゃあこの事件、一緒に解こう? 柘榴塚さんの名推理、また聞かせてよ!」


 はぁ。


 柘榴塚さんは赤い顔で大きくため息をついた。

 どれくらい大きかったかというと、背中を丸めて肩をがっくり落としたくらいだ。


「……仕方ないな。これ以上うるさくされてもかなわないし」


「柘榴塚さん! ありがとう!」


 押し切っちゃった。でも依頼を受けてくれたことには変わりないし、よかった、よかった。


 感激する僕に、彼女は掌を上にして手を差し出してきた。

 契約成立の握手かな? と思ってその手に自分の手を重ねる。まるで、僕が社交ダンスに誘われたみたいなロマンティックな格好だった。


「違う違う。人に物を頼むんだったらそれ相応の誠意を見せてくれ、って話」


「誠意?」


「んっ、んー」


 柘榴塚さんは手を引っ込めると、その掌を縦にして、指をわきわきと動かしはじめた。


「……え、お金!?」


「なんでこれがお金の請求に見えるの……。分解するものだよ、分解するもの」


 そういえばパンクババアのときは、柘榴塚さん、奥野兄弟のお母さんから刺繍のハンカチを貰ってたっけ。そういうものが欲しいってことね。


「分かった。僕が作った刺繍の布巾をあげるよ」


「素人が刺した下手な刺繍なんか分解しても面白くないでしょ」


 待ちきれないように指を弾ませながら、一息にいう柘榴塚さん。

 ……ていうか酷いな。僕だって一生懸命刺したのに。


「たとえばラジオだとかさ。なにか持ってない? 分解しがいがあるやつ」


「うーん……」


 僕は腕を組んで考え込んでしまう。ラジオねぇ……そういうのは全部スマホで代用してるからなぁ……。


 そんな僕らの横を、教室に登校する生徒たちが通り過ぎていく。

 それを脇目で見ながら頭を捻って捻って……そういえば、と思い出した。


 ラジコンカーだ。


 小学五年生のときにサンタさんがくれたんだけど、数回走らせただけで飽きて箱に戻しちゃったんだよね。あれ、まだクローゼットに入ってたはずだ……。

 ということでラジコンカーを提案したら、彼女は真面目な顔で大いに頷いた。


「それでいこう。少なくとも素人が刺した下手な刺繍より分解しがいがありそうだ」


 またそんなこといって。

 まあ、別にもうあのラジコンはいらないし、依頼を引き受けてくれたからよかった、のか。


「でも3日だよ、3日」


 と彼女は指を三本立てた。


「3日経ったら、犯人が分かろうが分かるまいが警察に通報する。これは約束して」


「……分かった」


 僕は頷いた。ここらへんが落としどころだろう。なにせ、これは立派な犯罪なんだから。


「じゃあ、ラジコンカーは成功報酬で、3日以内に犯人が分かったら柘榴塚さんにあげるってことで」


 犯人も分からないのに報酬をあげるのも、なんだか違う気がするしね。


「それで構わないよ」


 事件解決に自信があるのか、彼女はやけにあっさり頷いた。

 ……よし、これで契約成立だ。


 とにかく。名探偵と助手として、これから二人三脚で事件を解決していくんだ。ああ、楽しみ!

 待ってろよ、偽おこのみ革命! 名探偵と一緒に絶対に正体を暴いて、プレミアムソースを取り戻してやるからな! 母を信用させるために見せたDMっていう謎もある――どうやって僕と成さんのDMを手に入れたのか。不正アクセスされたっていうのが一番現実的だけど……。

 ま、それもきっと名探偵・柘榴塚くれろが暴いてくれるはずだ。


 ていうかまだ無事だよね? 僕の【百年の滴】。ネットのオークションサイトとかフリマアプリとかをちゃんとチェックしとこうっと……。



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