28話 滅びゆく国

 霊亀国内と国民の様子を見ておこうと、歩き始めた。少しすると、陵漣の言う「気合を入れろ」の意味を即座に理解する。


「緑がまったくない……」


 水の瑞獣、霊亀に水不足はないはずだ。なのに、どこもかしこも枯れている。

 どれだけ周囲を見渡しても、緑豊かな場所はない。見つかる植物は、いずれも干上がっていた。これほど『荒涼』の似合う場所はない。


「陵漣さま。本当に、ここが霊亀国なのですか? 人の住む土地には見えません」


 少し待っても、陵漣はなにも答えてくれなかった。


(聞いてはいけないことを、聞いたのかしら……)


 それでも聞きたくなる。なにしろ、行けども行けども荒地ばかりだ。たまに見える家屋は、廃墟同然の建物ばかり。農耕もできそうにない土地で、どうやって暮らすのだろう。

 あまりにも悲惨で、詩響は眉間に皺を寄せた。すると、理人は詩響の考えていることがわかったのか、重い音でぽつりと呟いた。


「言ったろ。霊亀は滅びゆく国なんだ。人の生きる場所は、どこにもないんだよ」


 理人は右前方を指さした。指の指す方向には、なにかの積み重なった塚がある。積んであるのは、瓦礫でも植物でもなかった。


「遺体! 人だわ……これ、すべて、霊亀の国民……!?」


 腐臭がした。骨しかない遺体や、まだ肉の残る遺体など、さまざまだ。けれど、たしかに人間の遺体で、詩響の脚は竦んだ。


(一体、霊亀はどうしたというの。国民を妖鬼に変えたり、死に追いやるなんて)


 想像を絶する光景に打ちのめされた。詩響は、いますぐ鳳凰国へ帰りたくなる。

 どんなに地味でも、雀晦村の生活は幸せだった。宮廷に移ってからも、妖鬼には驚いたけれど、前向きに暮らせている。廉心も、勉強できて楽しそうだ。

 家族と平和に暮らせる鳳凰国は、どれだけ恵まれていたか身に染みる。理人の手を引いていた廉心を抱き寄せると、察してくれたのか、廉心も詩響を抱き返してくれた。

 けれど、廉心の目は詩響ではなく、周辺の景色へ向けられていた。じっと観察すると、廉心は陵漣を見上げる。


「どうして津波で壊滅したのでしょう。霊亀は水の瑞獣ではないのですか?」

「ほお。なぜ津波だと?」

「建物の崩れかたです。外から内へ押し寄せられ、瓦礫も木々も、一様に同じ方向を向いている。津波の被害形状です。津波は海からくる。霊亀に限って、津波はありえない」


 詩響は津波に詳しくない。けれど、廉心の言う通り、すべての物は同じ方向に崩れていた。一斉に水で押し倒されたなら、同じ方向へ倒れるだろう。


「天子は、なにしておられるのです。霊亀に異変があったなら、天子は真っ先に気づくはずだ。単身鳳凰国へ渡って、救助を求めればいい」


 廉心は、恨むように荒れた土地を見渡した。


「天子は自国を見捨てたのですか? それとも、天子自身に問題が?」


 前だけを向いていた陵漣は、わずかに廉心を振り向く。


「さすが、廉心は目のつけどころが良い。その通りだ。原因は天子にある。だが、天子の責任ではないから、天子を責めるのは違うな」

「違う? 殿下は、すべてご存じなのですか? 霊亀と天子に、なにが起きたか」

「推測だけだ。実際に確認したわけじゃない。鳳凰陛下は、どうだかわからんがな」


 陵漣は手を上げて空を仰いだ。陵漣より背の低い詩響では、陵漣の表情は見えない。


「宮廷へ行こう。霊亀の天子は、霊亀国皇帝だった」


 振り返らない陵漣のあとに付いて、詩響たちは静かに歩を進めた。

 しかし、景色が好転することはない。ただただ、滅びゆく大地が広がるだけだ。


(どこもひどいわ。それに、気のせいかしら。宮廷へ近づくほど、なんというか……)


 雀晦村から宮廷へ行ったときの、長い道のりを思い出す。

 街へ近づくにつれ開発は進み、景色はどんどん鮮やかになっていった。華やかさに、詩響も廉心も胸を躍らせた。それにくらべ、霊亀国はどうだ。 


「植物が死に始めた。まるで黄泉の居城だな」


 朱殷の痛烈な言葉に、心臓がきゅっと縮まった。陵漣を見上げると、表情は苦しそうだった。鋭い瞳には、怒りが迸っているようにも見える。


(こんな陵漣さまは初めてだ。あくどい人だけど、憎しみを露わにすることはなかった)


 慰めなど、必要ないかもしれない。それでも、なにか声をかけたかった。言いあぐねていると、詩響の言葉が出る前に、陵漣が足を止めた。


「あそこが宮廷だ。霊亀国宮廷、天祥宮」


 陵漣の見上げる先に視線をやると、詩響は愕然とした。

 ――天祥宮とは、なんて皮肉な名だろう。

 まるで、滅びの象徴だ。屋根も壁も、見えるすべてが瓦解している。草木一本生えないとは、まさにこのことだ。


「死にゆく宮殿が天の吉祥を名乗るなんて、お笑い草だね」


 嘲笑したのは理人だった。生まれ育ちは鳳凰国でも、肉親の母国だ。特別に思うところが、あるのかもしれない。

 全員が息を呑むのがわかる。それでも、陵漣は前に踏み出した。同時に、詩響の体内が熱くなる。いままでにないほど、一段と熱い。


(……鳳凰陛下? どうかなさったのですか?)


 語りかけても返事はない。天子でない詩響は、加護を貰っても、鳳凰との対話はできなかった。けれど、体内から溢れる熱は、陵漣へ向かっているように感じられる。

 急激に不安を覚えた。陵漣の傍にいろと、そう言われているような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る