27話 霊亀への入国
霊亀国へ行くことになった。陵漣と詩響を筆頭に、理人、廉心、朱殷の少数精鋭だ。
海を越えるには鳳凰の力が必要――というけれど、陵漣と詩響以外は、鳳凰の加護を与えられていない。どうやって行くのかと思っていたが、実に単純な方法だった
「すごい! 空から見る大陸は、こんなふうになっているんですね!」
「身を乗り出すな。落ちるぞ」
鳳凰の力を借りた移動方法とは、空を飛ぶ鳳凰の背に乗ることだった。
「私、てっきり、不思議な力で瞬間移動したり、水上を歩けるようになったりするのかと思ってました。まさか、こんな物理的な方法だったなんて。ねえ、廉心」
「……恐れ多くて死ぬ……」
ふり向くと、廉心は顔を真っ青にしている。当然だ。鳳凰の背に乗る日が来るなど、詩響とて思っていなかった。ましてや空を旅するなんて、誰が予想しただろう。
目的は穏やかではないけれど、詩響の気持ちは高揚した。
しかし、廉心は俯いたままで、顔を上げようとしない。少しは楽しめばいいのにと思ったけれど、ふと思い出した。
「忘れてた。高いところは苦手だったわね。こっちにいらっしゃい。手を握ってあげる」
「……いいよ。下を見なければ、大丈夫」
とても平気には見えない。硬く目を瞑り、唇を噛んでいる。やはり抱いてやろうと思ったけれど、役目は朱殷に奪われた。
「相変わらず、男心のわからない奴だ。姉ちゃんに世話されるなんて、嫌に決まってるだろ。ほら。俺に掴まってろ」
「うう……」
朱殷は、あっさりと廉心を抱きかかえた。廉心も、がっちりと朱殷にしがみつく。詩響の手は断ったのに、なんという扱いの差だ。
(……ま、昔からこうなのよね。しっかりしなきゃって思ってるから、私にも、村の誰にも甘えてくれない。弱い姿を見せるようになったのは、朱殷が来てからだった)
おそらく廉心にとって、朱殷は絶対的な強さを持つ男なのだ。文武両道で、見栄えのする容姿。厳しい言葉は多いけど、誰からも信頼されている。なにより、優しい兄だった。
鳳凰に乗るという究極の非日常の中で、雀晦村に戻ったようで、嬉しく感じる。
廉心を撫でたい手を引っ込める。兄弟のような廉心と朱殷を眺めていると、ふいに、吹きすさぶ風で寒さを感じた。そういえば、肌は冷たくなっている。
身体を温めようと腕をさすると、急に大きな袍を被らされた。
「わっ!」
「すまない。寒くなるのを忘れてた」
羽織らせてくれたのは、陵漣だ。しかも、あろうことか、禁色の赤い袍を。
「陵漣さま! 禁色です! 駄目です!」
「いいから着てろ。鳳凰国の民は、熱に強いが寒さには弱い。民の苦しむ姿に、鳳凰陛下はお心を痛めておいでだ」
「……そう、なのですね。では、お借りします。鳳凰陛下。お心遣い感謝申し上げます」
足元にある熱くない炎へ、詩響は目を閉じ祈りを捧げた。
袍で全身を覆うと、ほのかに良い香りが鼻を掠める。
そういえば、陵漣はいつも花のような香りがしていた。陵漣の香りに包まれるのは、まるで、抱きしめられているようだった。
気付くと、急に恥ずかしくなってきた。寒かったのに、顔は熱くなる。
(なに考えてるのよ! こんなときに!)
顔を勢いよく横に振る。頭を揺らすと、かちん、と耳飾りもぶつかり合った。
(いけない。落ちちゃう――……あれ? この耳飾りって……禁色では?)
貰ったときは混乱して、気づなかった。黄金の耳飾りだけれど、中央には紅玉が鎮座している。紅玉は、その名の通り、赤い石だ。
(……え!? これ、いけないのでは!?)
いまさら、重大なことに気が付いた。しかし、陵漣のくれた物だ。許された装飾である以上、勝手に手放すわけにもいかない。
(禁色は重視なさっていないのかしら。でも、廉心には禁色を持たせたいって……)
横目で理人を見ると、赤い物は身に着けていなかった。思い出す限り、魏懍や翠蘭も、赤い物を使うことはない。
軽率に配り歩いてるわけでは、ないように思えた。では、なぜ――深く考え始めていると、陵漣に軽く小突かれる。
「なにを暴れてる。そいつは大きいから、廉心も入れてやれ」
「あ、そ、そうですね! 廉心! いらっしゃい!」
急に話しかけられ、詩響は廉心を抱きしめて誤魔化した。
「でも、本当によろしいのですか? 陵漣さまも、お寒いでしょう」
「平気だ。鳳凰陛下が調節してくださっている。天子の肉体は、鳳凰陛下の物だからな」
「ああ、そうですよね……」
良くも悪くも、陵漣は熱と隣り合わせだ。安心と不安が入り混じる。けれど、陵漣は優しく頭を撫でてくれた。
「気にせず、二人で包まってろ。朱殷は耐えろ」
「お気遣いなく。俺は寒さのほうが強いんで。理人さま、俺の袍をどうぞ」
「いいの? 助かるよ」
詩響は、高度に震える廉心を抱きしめながら、しばらく陵漣を見つめていた。
それから、一時間ほど飛び続けた。会話も少なくなったころ、ようやく陸地が見えてくる。
「陵漣さま! あれが霊亀国ですか!?」
「ああ。支えのない島国が沈まずにいるのは、瑞獣霊亀のなせるわざだ」
鳳凰は大きく旋回して、広い荒地で高度を下げ始めた。穏やかに滑降し、揺れることなく地上に着地する。陵漣は軽やかに飛び降り、詩響もあとに続いた。
けれど、思いのほか高さがある。どうやって降りるか迷っていたら、陵漣が両腕を差し出してくれた。
「大丈夫だ。受け止めてやるから、飛び降りろ」
「……は、はい。失礼いたします」
なぜか、体の熱が高くなる。天子ではないのだから、鳳凰の熱とは関係がない。
緊張したまま、陵漣の腕の中に落ちる。少し怖かったけれど、抱きとめてくれた腕は力強くて安心できた。
なんだか、とても幸せを感じる。そっと見上げると、陵漣は微笑んでいた。いつもの憎たらしい笑いではなくて、それが照れくささを倍増させる。
胸は高鳴ったけれど、朱殷が鳳凰から飛び降りる姿で、現実に引き戻された。
「理人さま。お手を」
「有難う。あー、けっこう高いね」
朱殷の手を頼りに、理人は軽く跳んで着地する。朱殷はもう一度鳳凰の背に戻ると、廉心をおんぶして飛び降りた。これくらいの高さも、廉心には十分な恐怖のようだ。
「全員、体調は問題ないか?」
「大丈夫だよ。廉心は怖かったみたいだけど」
「うう……」
やはり、廉心は青い顔をしている。朱殷の背を降りると、そのまま地に足をついてしまう。そんなに怖かったのだろうかと思ったけれど、並んで朱殷も跪く。なぜか理人もだ。
「姉ちゃん。なに呆けてるの」
「え?」
廉心と朱殷は、地に額を付けた。平伏した先には、鳳凰の姿がある。
(あ! そ、そうじゃない! 私の馬鹿!)
鳳凰の背に乗るなど恐れ多いことだ。ならば、感謝を述べなければいけない。
いつもなら忘れないのに、陵漣の腕の中にいて、すっかり抜けてしまった。慌てて鳳凰に平伏しようとしたけれど、陵漣にぐいっと腕を引っぱられる。
「お前はいい。鳳凰陛下の加護を得たんだ。民と同列に振る舞えば、瑞獣を軽んじるに同義。それこそ無礼だ」
「そんな。感謝を申し上げる気持ちに、立場は関係ありません」
「頭を下げれば充分だ。廉心と朱殷も心得ておけ。鳳凰陛下の前にある限り、詩響はお前たちと同列ではない。私的なときを除き、過剰な礼節を求めるな」
「承知いたしました」
反論することなく、廉心と朱殷は鳳凰へ平伏する。二人をうしろから見下ろすのは、ひどく居心地が悪かった。
それでも、陵漣に倣い、立ったまま頭を下げる。言葉を発しない鳳凰は、一つはばたくと、陵漣の中へ消えていった。陵漣は炎に包まれたけれど、平然としている。
(不思議な光景だわ。私にも、同じようにして加護を授けてくださった)
胸を押さえると、体の内から温まるようだった。鳳凰の熱が移ったのかもしれない。
けれど陵漣は、貸してくれた袍を、改めて着付けてくれる。背の高い陵漣には膝丈だったけれど、詩響には足首も覆う長さだ。
「ちゃんと着てろ。いまの霊亀国は真冬だ。霊亀に国を保つ気がないなら、いつ雨や雪になってもおかしくない」
「……はい。有難うございます」
ふと気づいた。袍の前を止める金具は黄金だ。装飾的な鎖には、紅玉が組み込まれている。まるで、詩響の耳飾りと揃いのようだった。
ちらと陵漣を見上げると、また、優しい微笑みを向けてくれる。
「ここからは、少し荒れる。恐ろしかろうが、堪えてくれ」
「大丈夫です。きちんと務めを果たします」
「頼りにしてるよ」
軽く笑って、陵漣は詩響の頭を撫でた。どこか子ども扱いのようだ。それは悔しい気がする。けれど、頼られているのなら、それは、とても嬉しかった。
「それじゃあ行くぞ。全員、気合を入れろよ」
「はいっ!」
詩響は背を伸ばし、先行する陵漣の後を追った。陵漣の大きな背は頼もしい。なにも怖いことなどないように思える。鳳凰が代表に選んでくれた事実も、自信を持てた。
――嬉しい。このときは、本当にそう思っていた。
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