第14話 : 体育で事故連発! 身体差が暴れる逆転の授業
四時間目、体育。
校庭の白線が陽光に滲む。空気は少し湿っていて、息を吸うだけで胸が重い。
集合列の中で――
秀次ボディの千華(中身)は、魂の抜けた顔でつぶやいた。
「……なんで持久走の日に限って入れ替わってるわけ……?」
昨日の家庭科で酷使した身体は、もれなく筋肉痛。
そのうえ秀次ボディは、もともと運動耐性が壊滅的である。
先生が気楽に宣告する。
「今日は二キロだー! 無理すんなよー!」
「無理しないと走れない距離なんだけど!?」
周囲が笑ったが、千華(中身)は一ミリも笑えない。
笛の音が響き、列が一斉に走り出す。
「っ……はっ……はっ……ッ……!」
わずか三分。
千華(中身)の息は、もう限界の音を立てていた。
(重い……! 身体の芯が鉛みたい……!
足が言うこと聞かない……心臓が暴れてる……!)
視界が揺れ、呼吸が浅くなり、ふくらはぎが悲鳴をあげる。
つい本音が漏れた。
「なんでこんなに体重いの!?
私今、何キロつけて走ってるのよ!!」
「は? 田辺、何言ってんの?」
「体重いって……太ったんじゃ?」
「違うわよ!!」
(しまった……“千華”の口調で喋っちゃった……!)
動揺してフォームが崩れた瞬間、
後ろの男子の足音に抜かされていく。
そのとき――
風を切るように、隣を影が駆け抜けた。
(軽い……!?)
千華ボディの秀次だった。
彼は走りながら、驚愕していた。
(身体が前に引っ張られていく……! 反発力が段違いだ……!
おまけに呼吸が浅くても苦しくない……何だよこの高性能……!)
黒髪が風に流れ、光を反射する。
着地音は柔らかく、腕の振りは滑らかで、
“走る動作そのものが絵になる”。
周囲からざわめきが上がる。
「黒川って運動できたっけ……?」
「速くね!?」「フォーム綺麗すぎ!」
「千華ちゃん今日、女神なんだけど!」
「げっ、女神……?」
秀次はただ走っているだけなのに、
周囲の視線が祝福のように降ってくる。
(……これが、“イケてる側の世界”……?
うわ……めちゃくちゃ走りやすい……!
千華すげぇ……!!)
走れば走るほど、称賛が集まるという未知の体験。
秀次は高揚と恐れの境界で、複雑に息を吐いた。
一方そのころ――。
「っ、待って……足が……っ!」
バランスを崩した千華(中身)。
ズシャァァァッ!!
「わあっ!?」「田辺!!?」
見事に転び、膝と手を地面に強打。
泥が跳ね、髪も頬もぐしゃぐしゃ。
(痛い痛い痛い!! 粒子レベルで痛い!!
ていうかなんで転ぶの!? 重心どこにあるのよこの身体ぇぇ!!)
「田辺、大丈夫か!?」
「顔からいったぞ今!!」
「無理!! 今日の身体なんなのこれ!!」
「いや田辺、お前の身体だろ!?」
「あっ……!!」
(またやった……!!)
周囲の疑惑が増していく。
「あいつ今日なんか変じゃね……?」
「表情コロコロ変わるし、息切れ早すぎ」
「転び方、違和感しかなかったんだが」
(……本当に終わった……)
ようやく走り終えた千華(中身)は、
泥まみれのままトボトボと教室へ戻る。
「田辺、大丈夫か?」
「血出てんぞ……?」
「保健室行けよ!」
「……へへ、大丈夫……」
笑おうとしても、乾いた泥がポロポロ落ちていく。
(……惨めすぎる……!!
私、この身体でこんな扱い……?
人気ゼロどころか、“心配枠”じゃない……!)
胸がひりつくように痛んだ。
「千華ちゃんすごかった!!!」
「速いしフォーム綺麗だし!」
「写真撮っちゃった♡」
「や、やめろって!! 撮るなってば!!」
(今日……俺が千華で残した印象……でかすぎる……!)
男子も女子も、千華ボディの秀次に夢中だった。
「黒川ってさ……あれは反則だろ」
「好きにならんほうが無理」
「てかあれ見た? スタートの姿、グラビアだった」
「分かる」
(もう嫌だぁぁぁぁ!!!)
体育の授業一コマだけで――
・黒川千華(中身秀次)
→ 運動神経抜群の美少女として神格化
・田辺秀次(中身千華)
→ 泥だらけのドジっ子としてクラスの話題に
その落差は、あまりにも鮮烈だった。
教室の隅で泥を払う千華(中身)は、
ふと掌を見つめる。
(……こんなに違うんだ。
身体が変わるだけで、世界の見え方も……扱われ方も……)
息をひとつ呑む。
(――秀次。
あなた……毎日、こんな身体でちゃんと生きてたんだね)
その感情は、
誰にも言えない“尊敬”と“痛み”を含んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます