第5話 体力測定


 それにしても、他に人がいなくてよかった。

 永遠は心の底からそう思っていた。

 さびれた運動場という寂れた景色ですら、今の彼にとっては救いだ。

 お揃いの体操服の四人組など、誰かに見られたらどう思われるか分からない。

 人目を気にせず済むこの閑散具合は、むしろありがたかった。


 とはいえ、同世代が急に現れたらどうしよう、という不安は抜けず。

 永遠とわは落ち着かない気持ちのまま、ついキョロキョロと周囲を見回してしまう。


 本格的な測定の準備が整うまで、永遠と瑠璃乃は二人で待機を命じられていた。

 瑠璃乃はというと、初めて訪れる公園に大はしゃぎで、両手を広げて駆け回っている。

 3秒に一度は永遠へ振り返って手を振ってくるほどだ。


 可愛らしい光景のはずなのに、瑠璃乃の整った容姿ゆえ、永遠は頬笑ましく眺めるだけでは終われない。

 胸の奥がくすぐられるように落ち着かない。

 見慣れないポニーテールが風にそよぐたび、自然と視線が奪われる。


(照れくさい……。はやく博士達、来ないかな)


 その願いが届いたのか、程なくしてトレーラーの影から博士が現れた。

 弥生が押す車椅子に乗り、片脚をギプスで固定している。


「待たせたな」


(この人、いつも何かに乗ってるな)


 永遠はそんなことを思いながら、すっかり慣れてしまった光景に口を半開きにした。


「見ての通り、私はこの有様だ。よって、今回は見学とさせてもらう」


 潔い宣言の隣で、弥生が手際よくパラソルを開き、どこから持ってきたのか分からないベンチを置いて腰を下ろす。


「右に同じ♪」


 手で口元を隠してにっこり。

 どう見ても保護者席である。

 これを見れば、やるのは自分たちだけだと永遠でも分かった。


 永遠の冷えた視線を受け止めるように、弥生がクラーボックスを地面に置いた。


「粗茶やドリンクならいっぱい用意したから、汗いっぱいかいて頑張ってね♪」


「うむ。食報酬も確保されたことだし、力一杯励むといい」


 博士の言葉と同時に、背後からゴトゴトと器具を並べる音がする。

 振り返ると、長机の上や地面に体力測定の道具が並び始めていた。


 始まってしまう。


 永遠は緊張で胸をぎゅっと縮め、そっと目を閉じた。


 一方で瑠璃乃は気持ちを切り替え、永遠との“初めての体育”に前向きに臨む気満々だった。


「……瑠璃乃、最近の体の調子はどうだ?」


 博士が親心満載の声で問いかける。


「バッチリだよ! 今風に言うと、かいしょく・かいべん・かいみんってやつだよ!」


「もう少しきれいな言葉を使おう?」


 永遠が、Vサインを出している瑠璃乃に静かに注文する。


「ふふっ、なによりだ。ただ、君は新しい体を手に入れた。以前とはあらゆる面で変化が起こっている。その変化を数値化し、今後の指針に取り入れたい。だから今回の場を設けたのだ」


「永遠くんとの初めての体育だと思って頑張って♪」


「永遠と体育⁉ 学校みたい!」


 物語の中でしか知らなかった体験が、今こうして現実に起きている。瑠璃乃は両手を胸の前で組み、顔を輝かせて跳ねるように笑った。


 永遠はその姿を見つめ、頬笑ましさと喜び、そして小さな罪悪感がないまぜになった複雑な色を瞳に宿す。


 瑠璃乃はそんな永遠を振り返り、強がるように言った。


「永遠がどうしてもいっしょにやりたいって言うなら、どうしてもいっしょにやってあげたくもないよ⁉」


 頬をほんのり赤く染め、期待が隠し切れていない顔。


「……そうだね。やってみよっか?」


 永遠が返すと、瑠璃乃の笑顔がぱっと咲いた。


 両手で永遠の手を握り、蕩けるように頬笑む。


「がんばろうね! いっしょに♪」


「う、うん……」


 照れつつも頷く永遠。

 その手を名残惜しそうに離し、瑠璃乃は息をふんすっと鳴らす。


「それじゃあ、気合い入れようね! ふんすっ!」


 勢いよくジャージの袖をまくりあげる瑠璃乃。


「ああ、せっかくの萌袖が……」


 弥生の残念そうな声が背中から届く中、瑠璃乃は勇ましく前へ踏み出した。





 ◆ ◆ ◆ ◆




   ※※※この先の出来事について※※※



 この先なのですが、体力測定をする永遠と瑠璃乃の様子を面白おかしく書きました。

 ですが、私は楽しく書けたけれど、調子に乗って書き進めていたら、長くてクドいと感じる方もいるかもしれないボリュームになってしまいました💦

 ですので、この体力測定の様子、読み飛ばしていただいても本当に結構ですので!

 読まなくて次回に繋がりますので、その旨、どうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m

 ……でも読んでいただけると嬉しいな……なんちゃって(/ω・\)チラッ





・体力テストの概要を下記に記す。

 平均値は2029年時に於ける17歳の青少年の標本数2000から式條魁氏が独自に算出したものとす。



 

・握力

 参考平均値。男子40㎏。女子25㎏。

 


 瑠璃乃。掌握部分圧壊により測定不能。

 

「ごめんなさい……壊しちゃって」


 握る部分の上と下が粘土のようにくっついて壊れてしまったことに瑠璃乃がしょげている。


「いいんだ。すぐ壊れてしまう鉄製を用意した私の落ち度だ」


(鉄が潰れるってそんな……)


 デジタル表示にはエラーと記され、アナログ針もピンに当たって曲がっている。

 永遠は初っぱなから度肝を抜かれていた。


「ゴリラの握力は800キロから1トンに達する。それぐらい君は凄いぞ! 偉いぞ瑠璃乃!」


 博士が落ち込む瑠璃乃を励まそうとヒトという定義を投げ捨てた。


「やった! わたし、バナナも好きだし、仲間に入れてもらえるね!」


(こんなの、マンガの中で侠客立おとこだちを背負う漢がやってるのしか見たことないよ)




 林本永遠。クラッキングによる違和感により計測中止。

 

「……すみません」


「どんまい永遠!」


「気にするな。逆にレアケースに遭遇できて感心しているぐらいだ。さすがの私でも指がポキポキ鳴っただけでは痛めはしないぞ! ふははははっ! ――フゴッッ⁉」


 落ち込む永遠を悪気無く励ます博士逆効果っぷりを見かね、弥生が博士の後頭部を強めに叩いた。



 

・上体起こし

 参考平均値。男子30回。女子20回

 尚、女子に限り基礎体力を鑑み、効率化を計るため脚部を器具により固定した上で加重を施すとす。


 瑠璃乃。40回。(1トンプレート保持による加重済み)


 ドスン。

 抱え込んでいたプレートを丁寧に地面に下ろすと、動作とは裏腹な鈍い音が響いた。


「ふむ。偉いぞ瑠璃乃! 男子の平均を軽く超えたぞ」


「やった! わたし、男の子ぐらい元気だね!」


 まだまだ余裕がありそうな瑠璃乃は、上がっていた息を一瞬で整えてバンザイした。


(平均の概念とはいったい……)

 永遠は首を捻った。


 

 林本永遠。4回。以降は有痛性筋痙攣により続行困難。


「イダダダダダダダっ‼」


 限界まで腹筋した直後、生まれて初めての腹部のこむら返りに襲われて、永遠が腹を押さえてもんどり打っている。


 瑠璃乃がすぐに駆け寄り、永遠の腹部を心配そうに擦る。


 腹筋の最初に瑠璃乃に足首を握られた感覚。

 高すぎる体温でも異性の温もりには違いなく、永遠は甘酸っぱくドキドキしていたが、今はそんなことを考えている余裕はない。

 いつ収まるか知れない激痛に藻掻く。


「ふくらはぎのこむら返りの場合、逆のプロセスを辿ればいいはずだが……」


「逆? 押すの? えっと、えいっ!」


 朝食べたものが込み上げてくるような衝撃に、永遠の目が見開かれた。




・長座体前屈

 参考平均値、男子49㎝。女子47㎝。



 瑠璃乃。身長による測定限界到達につき、その数値を記録とす


 手の平を載せたテーブルが足先を超えた先に達している。

 しかし、瑠璃乃はまだまだ余裕がありそうで指が届く限りまでテーブルを前へと運んだ。


「うむ。凄いぞ瑠璃乃! 軟体動物もビックリだ!」

「えへへっ。今日は体の柔らかさには自信あったんだ!」

「ほう?」

「朝ご飯に富美子さんがタコの酢の物作ってくれたからね」

「なるほど! どおりでよく曲がるはずだ! 瑠璃乃は物知りで偉いな! ふはははははっ」

「えへへ~♪」


 まるで閉じたホッチキスのような体勢で博士を見上げ、朗らかに瑠璃乃が笑う。

 笑っているうちに束ねていた髪が前に垂れてくる。

 それを何の気なしに、後頭部から回し入れた足でひょいっと戻した。


「ワカメも入ってたからね、きっとね、髪の毛も元気なんだよ!」

「うむうむ、そうだな! ハハハハッ」


 ヨガ行者も裸足で逃げ出す瑠璃乃の柔軟性に、永遠は唖然としながら、都市伝説さえ信じてしまいそうになっていた。



 林本永遠。13㎝。有痛性筋痙攣再発につき初期到達点を記録とす


 腹筋のこむら返りから時間を置かずに腹をたわめた事によって永遠は同じようにもんどり打ち、瑠璃乃が同じように永遠の腹部を圧迫する。

 地獄の痛みは地獄の治療によって相殺された。


「おかしいな~、永遠もタコ食べたのにね? ……お酢が足りなかったのかな?」


 納得がいかない様子の瑠璃乃はハッと何かを思い立ち、弥生のもとへ駆けていく。


「弥生さん、お酢ある?」

「お酢? ……すし酢でいいかしら?」

「飲めればなんでもいいと思うよ」


 不穏な会話に永遠が総毛立つ。


 弥生は何も疑問に思わず、瑠璃乃に一升瓶のすし酢を手渡すと、瑠璃乃は一升もの酢を両手に抱え、ニコニコと永遠のもとに駆け戻ってくる。


 自身にこれから降りかかるであろう無垢なる災難を想像し、永遠は早くも嘔吐いていた。

 



・反復横跳び

 参考平均値。男子53点。女子45点。



 瑠璃乃。160点。尚、足場の著しい損傷につき続行困難により暫定値とす。


 少なくとも永遠の動体視力では残像すら揺らいで映る速度で瑠璃乃がステップを決める。

 足を踏み込む際に生じている土煙が真っ直ぐ上らない。

 瑠璃乃の発生させる風圧に巻き込まれ、その場で小刻みに右へ左へと揺れている。


「わっ」


 20秒も保たずして、瑠璃乃の体が傾き、踏み込んでいたラインから外へと体勢を崩す。

 瑠璃乃はトントンと軽やかに踏みとどまると目をパチクリさせた。

 心当たりをすぐに察しながらも永遠が下を見る。

 今日何度目か。

 開いた口が塞がらない。

 ステップで踏み込んでいた箇所の地面が、まるでクワでやったように耕かされてしまっていた。


「あははっ、へこんじゃった」

「すまない。足場が柔らかすぎたな」


 違う。そっちじゃない。

 今日何度目か。永遠は心の中でそう呟いた。



 林本永遠。13点。


 目線は正面。

 両腕は大空へ飛び立つ飛行機のように広げられ、永遠は準備万端でステップを刻んだ。

 出来ている。きょういち出来ている。

 少なくとも自分はそう思っていた。


 客観的に見ると、上半身だけ様になっているおそろしく緩慢な反復横跳びを見守っていた瑠璃乃は、その光景に何かを重ねていた。

 その何かを手繰るように思い出していると、昨日のテレビで観た光景と重なり、手を打った。


「そうだ! モサッペヌカチャッパ族の雨よこいこいのポーズだ!」

「なるほど。既視感があると思えば、モサッペヌカチャッパ族の雨乞いだったか。よく思いだしてくれた。偉いぞ瑠璃乃!」


 何て教養のある子なんだろうと博士が瑠璃乃を褒め称える。

 それを尻目に永遠は今回は測定に没頭していた。

 手応えがあったからだ。

 その証拠に時間を知らせるブザーが鳴った後の彼の顔はやり切った感満載だった。

 そのため、直後に結果を知らされて落ち込む彼の事を語るのは忍びない。




・立ち幅跳び

 参考平均値、男子223㎝。女子165㎝。



 瑠璃乃。暫定500㎝。


 強く大地を蹴り、高く跳躍。

 当たり前のように砂場を飛び越えた。

 それ以上でも以下でもない。

 砂場の感触を味わえなかったのが残念なのか、寂しそうな顔をしていた。



 林本永遠。22㎝。


 ほぼ垂直のジャンプを繰り出して着地。

 しかし、砂場に足を取られツンのめり、顔面からダイブ。

 顔前面と口の中で砂の感触を存分に味わい、とても苦い顔を晒した。

 そんな彼が羨ましかったのか、わたしもやると駆けてくる瑠璃乃を止める動きの方がよほどスポーティーだった。




・50M走

 参考平均値、男子7秒50。女子9秒17。



 瑠璃乃。3秒03。


 見様見真似だが美しいクラウチングスタートをドヤ顔で披露し、しかしそれに恥じない見事なスタートで瑠璃乃は駆け出し、全てを置き去りにして、あっと言う間にゴール地点へ到達していた。

 残されたのは破壊されたスターターと踏み締めた箇所から立ち上った大量の砂塵。   

 そして永遠の今日一のあんぐり顔だった。

 




 林本永遠。11秒99。


「惜しいよ永遠! あとちょっとで金メダルだったって!」

「うむ! 種目が違えば狙えるレベルだったぞ!」

「どうせ100メートルとかですよね?」

「ああ! 65歳以上の100メートル走でな!」

「おじいちゃん⁉」

 


 

・ハンドボール投げ

 参考平均値、男子26M。女子14M。



 瑠璃乃。時速480キロ。計測不能につき時速での表記とす。


 暴投であさっての方向へ。

 博士へ超剛速球が迫る。

 パラソルの下で見守っていた博士は目を見開くしかできない。

 顔面に当たる直前、弥生の腕が伸びる。

 パシッと、いとも簡単に弥生が素手で捕球した。

 柔やかな笑顔のままで。


(……すごい人……もう一人いた……)



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