梅恋し。尽くす想いはとめどなく。 ~生きづらさを治したけど弱いままだから強くなりたいと願った私にスパダリなシスコン兄ができました~ ほのかたらう僕らは普通になれない3

牛河かさね

序章 覇王

第1話 プロローグ だから普通になりたい!


 保育園のときからよく、みんなに怒鳴られた。

 ウメちゃんだけ、なんで違うのって。

 普通にできないのって。

 小学校に上がっても変わらなかったんだ。


 怖いこともあるけれど、だいじょうぶ。

 パパもママもお兄ちゃんも、優ちゃんだって、わたしのことが大好きって言ってくれるし、わたしもみんなが大好き。


 みんなの声がする。

 みんなの声が、わたしを責める。

 だからわたしは、耳をふさいで教室を出ようとした。

 そんなわたしの手首を先生が掴んで止めた。

 ぎゅっと掴まれて、痛くて、わたしは声をあげて泣いちゃった。


『土井中梅子さん! あなたの個性は尊重します! けど、みんなの給食をひっくり返して駄目にして、反省もせずに逃げるのはどうなのかしら!?』


 先生にも怒鳴られちゃった。

 怖いな。

 逃げたくて目をそらす。


 そんなわたしの目に入ってきたのは、転がってしまった寸胴鍋。

 中のスープが床に広がってる。

 まだ、湯気が出てる。


 なんでか分からないけれど、急に男の子の脚が伸びてきて、わたしは脚に引っかかって転んじゃったんだ。

 その先にお鍋があって、中身がぜんぶこぼれちゃった。


 いちばん仲のいいお友達の優ちゃんが、お味噌汁にご飯、春巻きにマカロニサラダがきれいに盛られた今日の給食を目の前に持ってきてくれた。


 いい匂い! 食べてもいい!?


 優ちゃんが笑って、いいよって言ってくれた。

 わたしが給食の載ったトレーを持って自分の席に向かった。


『もういい加減にして! 何回目なのよ⁉』


 あれ?

 なんで先生また大きな声出すの?

 みんなまで。

 なんで怒るの? 怒鳴るの?


 何回言われても、何回目かも忘れちゃうから、ごめんなさい。

 

 悲しいな。

 気づいたら、大きな声で泣いちゃった。


『お待たせ。ウメちゃん、いっしょに食べよう?』

 

 やった! 優ちゃんが来てくれた!


 ……あれ? なんで泣いてたんだっけ?

 ほら、先生もみんなも、給食をいっしょに食べよう?


 また、教室が怒鳴り声ばっかりになる。


 怖い。

 いやだよ。怖いよ。

 みんながわたしを怒る声は、叩かれるみたいに痛くて、怖い……。

 聞きたくから私は、全力で耳を塞いじゃうんだ。




 ◆ ◆ ◆ ◆




「プリマ処置を……受けよう」


「でも……」


「このままじゃ、お前が潰れちゃうんじゃないか?」


「……あの子のありのままを愛するって誓ったのに、追い詰められたから自分の言葉を覆すなんて……」


「今となっては、それは親の傲慢なんじゃないかって気がしてるんだ」


「プリマ処置を受ければ、あの子は“普通”になれる。それは分かってる。けど、それは生まれてきてくれた今のあの子を否定してしまうような気がするの……」

 

 あれ? 

 なんでママ泣いてるの?

 おかってで泣いてるママの背中をパパがさすってた。

 わたしは何だか怖くなって、わんわん泣いちゃった。


「何でもないんだよ? アイス食べるか?」

 

 え? わぁ、嬉しい! たべるたべる! ありがとうパパ!


 大好きなアイスを貰えて嬉しいな!

 あれ? 

 なんで泣いてたんだっけ?

 ま、いっか。

 ママもパパも笑ってるし♪




 ◆ ◆ ◆




 みんながわたしに意地悪言って、もう優ちゃんと同じクラスでいられないなら、わたし、普通になる!


「……ウメは、それでいいの?」

 

 うん! わたしだけ別のクラスなんてイヤだもん!

 だから普通になりたい!


「……そう……」





 いま思えば。

 あの時のママは、泣くのを必死に我慢してたんだね。

 私を心配させないように、涙が零れないように目を見開いて。

 震える体から出る声が上擦ってしまわないように、全身に力を入れて小刻みに震えてしまう体のまま、しゃがんで、私に目線を合わせて、力強く頷いてくれたんだね。


 ごめんね。こんな娘で……。

 もう、ママは頑張らないでいいからね。


 私は私が決めた私になったの。

 だから、ママ……もう、無理しないで、ね?


 そうお願いしても、ママはまた、我慢してくれていた。




 ◆ ◆ ◆




 蛇が這う。

 太く、ヌメッとした湿り気を帯びた蛇が私の太ももを、ゆっくりと、這う。


『夢だったんだ。委員長とこういうことするの』


 仲の良いクラスメートの豹変。

 正直、怖かった。


 スカートの中に手が入ってきて、ゆっくりと太ももを撫で回しながら上に向かっていった。

 あの怖さは、今でも私の脚に蛇が這うような錯覚として残ってしまっていた。


 みんなの役に立つ人間になりたかった。

 だから“普通”になれてからは人一倍頑張った。

 中学の委員長になるのも嫌じゃなかった。

 誰かの役に立てるし、頑張れば報われることを実感できたから。


 けれど、同級生の男子の顔と手の感触が何をするにも記憶に侵入してきて、ずっと残ってしまうようになった。

 

 学校に、通えなくなった。

 

 あのことに関わったクラスメイトのことは憎んでない。

 ただひたすら……怖い。

 

 だから乗り越えたい。

 だから強さがほしかった。


 



 だから、私は強くなるの!!!





「円環の理を満たすは地獄の業火……凶将火神、燃え盛り、害為す者を焼き払え……朱雀ッ《インフェルノ・オブ・フェニックス》‼」

 

 そう! 

 私は強いの!

 大切な後輩を助けられるぐらい、強くなったの!

 すごくすごくすごく、強くなったんだよ!


 だから……だからだからだから!


「安心してね! パパ! ママ! 優ちゃん! 兄さん!」


 




 ◆ ◆ ◆






 目を開けると、よく知る見知った天井が目に入った。

 その中で僕、林本永遠はやしもととわはゆっくりと夢から醒めていった。


 夢の中の女の子は、声高に吠えることなく戦っていた。


 そこにあるのは粗暴な力じゃない。

 華々しくて、でも確かな刃のように世界を切り拓く強さだった。


 女の子の強さは嵐のようでいて凪のようでもあり、だからこそ揺るぎなかった。


 同じように、僕の覚醒は小さく繊細だった。

 目を開けたとき、夢の風味がまだ胸に残り、頬の奥で熱くなるものを認めてしまう。


 その熱は言葉にならない、ありがとうや、安堵に近いものだった。


 なのに。

 なのに、なんで。

 僕の目は濡れているんだろう……。


「……むにゃむにゃ……永遠ぁ……」


 隣で寝ていた可愛らしいパートナーが、僕の名前を呼びながら寝返りをうつ。

 回し蹴りみたいに落ちてくる脚に腹部を圧され、思わず「フゲッ」っていう情けない声が漏れる。

 少し痛い。

 いや、だいぶ痛い。

 脚を引っ込めてとお願いするため、僕は重みの主、瑠璃乃るりのの方に首だけ動かし向いていく。


「る――」


 起きてもらえるように声を掛け……損なう。

 だって、ヨダレを垂らして目を細め、日だまりの中でまどろみながら昼寝をしてる猫みたいに気持ちよさそうだったから。


「……永遠ぁ~……羽二重はぶたえもちの牛肥はね……おもちの素だからね……牛のう○この肥料じゃないから気を付けてね~~……わ~~い……バナナ畑で和菓子祭りだ~~……」


 ……おまけに。

 なんだか個性が強すぎる寝言までおっしゃってる。

 こんなの起こせる人がこの世にいる? 僕は世界に問いたくなった。

 

 そんな瑠璃乃の寝顔を前にしていたら、泣いていた理由も、お腹の痛みもどうでもよくなってくる。

 だから僕は鼻から息を一つ吐いて、天井に向かって頬笑んだ。


(――――――――………………)

 

「……じゃなくて! なんで当たり前に寝てるのっ⁉」


 無邪気な寝顔に忘れていたけれど。

 よく知っているとはいえ、女の子が隣に、さも当然のように寝ている現実を遅まきに認識した僕はつい声を張ってしまった。


 そうすると。


 ドタドタドタドタっ!


 一階から二階目指して勢いよく階段を踏みならす音が聞こえる。

 もちろんゴールは――


 バーンっ!


「永遠、どうしっ――」


 息子である僕の大きな声に驚いて部屋に駆けつけた母さんが絶句する。

 無理もないと僕は思う。


「きゃ~~~~~~~~!!!」


 部屋の光景が信じられないのだろう。

 絶句が絶叫に変わる。


「い、いや、母さん! これは違うんだよ⁉ だってね――」

「ちゃんとくっついて寝てる! 偉い!」

「親公認はまずいでしょう⁉」


 健やかに穏やかに眠る瑠璃乃をけしかけた犯人をすぐに特定できた僕は、思わず堪らずツッコんだ。








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