第2話 深まる疑惑と異界の兆候

2.1 地下の囁きと、罪の構図


──誰かが囁いていた。


耳元ではなく、頭蓋の内側で。

それは「言葉」とも「音」ともつかぬ、

液体のようにぬめる声。


その声が「名を呼ぶ」たび、魂のどこかが軋んだ。


黒崎は、その不快な残響に目を覚ました。

黄昏館の空気は、すでに『死』の匂いで満ちていた。


資産家・赤城豪の死から一時間。

嵐の唸りと、ゲストたちの疑心の息が、館を締めつける。


テーブルの上には、冷めた紅茶と、

すすり泣くカップの音だけが響いていた。


黒崎、美咲、松原──黒崎探偵事務所の三人は、

ランプの明かりのもとで情報を整理していた。


「赤城豪の死亡推定時刻、放送直後。

 全員が大広間にいた。つまり犯人が外部から侵入した。

 ……あるいは、犯人そのものが『外部の存在』だわ」


美咲が淡々と分析する。

ペン先がノートの上で、焦燥のリズムを刻んだ。


「人間じゃない……。

 それ、やっぱ『落書き』が示してるっすよ」


松原の顔は蒼白だった。モニターに映し出された……

『深淵の落書き』は、青白く脈動して見える。


「この線、ルーンでも呪術式でもない。

 四次元的な位相が混ざってる。


 ……まるで、 別次元の存在を、

 壁っていう平面に『圧縮投影』したみたいだ!」


黒崎は、腕を組んだまま、ゲストたちを見渡した。

彼らはそれぞれの『影』を抱き、他者を警戒している。



2.2 疑惑と個性


元警察官・新庄剛は、苛立ちを隠さず唸った。

「密室だ? 外傷もねぇ? バカな!

 この建物に仕掛けがあるはずだ!」


「そうかしら?」

ミステリー作家・月影紗代が、唇を歪めて笑った。


「あなたの『常識』では、この推理劇を解けない。

 犯人は人間とは限らないのよ。もしかすると、

 私たちの『恐怖』こそが、殺人を実行しているのかも」


「作家の妄想で事件を語るな!」


「妄想じゃないわ。……あなたも、

 今の音、聞こえたでしょ? 低い、呼吸のような──」

「うるさい!」


二人の言い争いを、オカルト研究家・水元雅人が割って入る。

彼の目は異様な輝きを宿していた。


「月影さん、あなたは正しい。この『落書き』は芸術ではない。

 こ れは、観測者の精神に焼き付いた異界の記録です。


 私は確信しました──

 この館には、禁断の知識が眠っている」


黒崎はその言葉に反応した。

「水元さん。あなたの研究している古代秘儀と、

 この落書きは関係が?」


水元は唇を震わせ、愉悦に満ちた声で答えた。

「ええ。『アル・アジフ』に記される、

 『深き者への供物』と酷似しています。


 赤城豪の死は、

 供物の始まりかもしれませんよ……美しい」


「供物、か」

黒崎の視線が鋭く光る。


そのとき、後方から椅子が倒れる音が響いた。

白鷺サヤが携帯を床に投げつけ、泣き叫んだ。


「もうイヤ! ふざけたゲームね!

 助けが来るまで部屋にこもる!」


彼女は誰の制止も聞かずに走り去る。

その背に残るのは、幼児のような恐怖と、

逃げ場のない閉塞感だった。



2.3 沈黙の灰原と、呼び覚まされた過去


「美咲、赤城豪の過去を洗え。

 なぜ最初の犠牲者が彼だったのか」


黒崎の指示に、美咲は手早く端末を操作した。


「赤城豪は、裏社会の資金洗浄に関与していた。

 過去に、詐欺事件で一人の研究者を自殺に追い込んでる。


 その名は……灰原。

 ──この館の元オーナーの息子よ」


「なに……?」新庄が息を呑む。


黒崎の目が、静かに、しかし強く、灰原に向けられた。

(「元オーナーの息子」という要素が、館の事件全体に絡むことを示唆)


「じゃあ……」美咲は視線を、部屋の隅へ向けた。


そこには、沈黙のまま座る灰原蓮。

フードの奥から覗く瞳は、まるで『水底の闇』のように冷たかった。


「灰原さん。あなたは赤城豪と──」

「私はただの観測者だ」声は低く、しかし空気を歪ませた。


まるで、音そのものが異界の残響を伴っているようだった。


松原のノートPCが突如、エラー音を立ててフリーズした。


「うわっ!? 今、灰原さんの声……

 ノイズ波形が僕のCPUに干渉したっす!

 物理的に音がデータを書き換えてる!


 この人、音波でコンピューターを壊す人間(ヒト)、

 じゃないっすよ、所長!」


黒崎は無言で灰原に近づいた。

「……推理劇のルールは『人間の理』の上で成り立つ。

 お前は、その範囲に属しているのか?」


灰原は、わずかに口角を上げ、再び沈黙に戻った。

その無言が、言葉以上に不気味だった。



2.4 第二の犠牲と、増殖する文様


嵐の唸りが強くなる中、悲鳴が響いた。


「新庄がいない!」

月影紗代の声が震える。彼女の顔からは、

皮肉も余裕も消えていた。


黒崎は即座に命じる。

「松原、館の構造図を。落書き座標との照合を急げ。

 美咲、俺と地下へ行く」


懐中電灯の光が、腐食した階段を照らす。

地下の空気は、濃密な金属臭と、粘液のような湿気で満ちていた。


「この感じ……時間そのものが腐ってるようね」

美咲の声は震えていた。


扉をこじ開けた瞬間、二人は凍りつく。


壁にもたれかかる新庄剛の亡骸。

その表情は恐怖に歪みながらも、

どこか『悟り』に似た光を帯びていた。


彼の背後──そこに、赤城豪の部屋と同じ落書きが、

二重に増殖していた。


松原が駆けつけ、ライトで照らす。

「二つ……いや、融合してるっす。これは、

 もはや落書きじゃない……生命体の図式そのものだ!」


壁面に走る曲線が、まるで蠢くように見える。

それは、目に見えぬ『何か』の呼吸を宿していた。



2.5 異界の兆候と崩壊の予感


「松原、解析を!」黒崎が命じる。

「無理! データが……頭に直接、語りかけてくる!

 『お前もまた、観測者だ』って……!」


そこへ水元雅人が現れた。

その顔には、歓喜とも狂気ともつかぬ笑みが貼り付いていた。


「素晴らしい……! この図形は、 魂の扉を開く儀式の一部です。

 赤城の『欲望』、 新庄の『正義』──供物が二つ揃った!」


「黙れ! これは儀式じゃない!」

月影紗代が叫ぶ。「殺人よ!」


「違う!」水元は恍惚の表情で言い放った。


「この館にとって殺人は儀式の『手段』です。

 文様が完成すれば、『夜の主催者』は顕現する。

 私はその瞬間を、見るためにここに来たのです!」


美咲は後ずさりしながら、周囲を警戒する。


「黒崎さん……この空気、明らかに変質してる。

 ……聞こえる? 

 水の滴るような声が、私たちの名前を──」


「っ!? その波形、僕の端末にも入ってる!」松原が叫ぶ。


「この音は、『水底の古きもの』 の音響パターンと一致してる! 

 落書きの座標は、地下の井戸に──!」


黒崎は拳を握る。

「水元。お前は知っているはずだ。 この儀式の目的を」


水元は、狂気に濡れた瞳で応じた。

「ええ。黄昏館の地下井戸は、『水底の主』を祀る祭壇でした。

 主催者の目的は、その再臨。推理劇の報酬は……生贄の完成です!」


その瞬間、上階からルナの悲鳴が響いた。

「誰かッ! ドアが開かない! 窓も塞がってる!」


松原が顔を歪める。

「館が……動いてるっす。外界どころか、

 空間そのものが閉じていく!」


沈黙が、全員の理性を食い潰した。

嵐、囁き、文様、そして「呼ばれつつあるもの」。

すべてが、儀式の完成へと収束していた。



2.6 そして、第三の供物


「松原、文様の規則を解析しろ。美咲、水元を監視して」

黒崎の声に緊張が走る。


松原は震える指でキーを叩く。


「見えた……文様を重ね合わせると、

 黄昏館の地下から天井へ、一本の『導線』が伸びてる。

 ……まるで、奴が昇ってくるエレベーターみたいだ!」


そして、解析ソフトが赤い警告を放った。


「文様はまだ未完成……あと一つ、

 供物が必要っす! 次のルーンが示す場所は──」


スクリーンが指し示したのは、

彼らが今立つ大広間の中心。


沈黙。


黒崎は静かに腰の拳銃に手をかけた。


次の瞬間、乾いた笑い声が響いた。


「やっぱり……そうなのね」月影紗代がゆっくりと立ち上がった。

その瞳には、恐怖ではなく『理解』の光が宿っていた。


「三つの供物で、物語は完成する。

 最初は『罪』、次は『正義』。……そして最後は『探求心』」


彼女の手に、赤城豪の銀食器が光る。

その刃は、まるで儀式のナイフのように磨かれていた。


「黒崎探偵。あなたの!

 『真実への飽くなき探求心』が、最後の供物よ」


──銀の閃き。

嵐の唸りが、悲鳴をかき消した。



第3話「狂気の真相と生贄の儀式」へ続く

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