第21話 私にできること(1)
クウェンク殿下とナハト様が大聖堂を去ったあと。
私はターラル様とリズ、オルドー様とそれから再び合流したポーシブの五人で大聖堂のあちこちを見学していた。
昨日はほとんど儀式だけで、私の部屋と最奥の間以外は、ほとんど廊下を歩いただけとなっていたのだ。
というわけで就任して二日目。今日からが本当の意味での仕事はじめということになるのだと思った……のだけれど。
「上から見るとやっぱり違うわね」
「じゃろうて。ここは関係者以外立ち入ることができませんからの」
今私たちがいるのは大広間の左右に用意された通路で、入り口から訪れる皆を上から見下ろす形になっている。
私が成人の儀で水を飲んで光ったこの大広間に、今日はたくさんの民が集まっていた。
人でごった返しているだけあり、ざわざわと落ち着きのない声があちこちから聞こえてくる。
あの日ターラル様が会場から私を連れ出してくれた時は、日も暮れてしまっていたのでよく見えなかったけれど、こうしてみると圧巻の光景だ。
今日は正面扉も開放されていて、外から中の様子をうかがっている人たちの姿もある。
大祭司様のありがたいお話が聞けるとあって、お祭りの時のように吟遊詩人や大きなサーカス団が町に来ていない時期は、満席になることもあるのだとか。
「とはいえ、普段は今日のように広間を覆いつくすほどとまでは行きませんが」
「アビーが大聖女となったことが、街中に知れ渡ったのだろうな」
「それは……いくら何でもちょっと早すぎません?」
「噂とはそういうものだ」
そうなのかしらとリズの方を向けば、彼女はものすごく得意げに頷いていた。
きっと私が大聖女になったという話が市井に広まって嬉しいのだろう。
リズの様子に苦笑していると、オルドー様が私たちの方をみて口元に指をピンと立てる。
すると、しゃらしゃらと大祭司様が鈴を鳴らしているのが聞こえてきた。
これから、ありがたいお話が始まるという合図だ。
お兄様は私のことが心配すぎたのか、一人で出歩くことを禁止されていた。
けれど聖騎士団に所属するターラル様目当てでこっそりとここに通っていたこともあるので、マナーはおおよそ理解している。
鈴が鳴りやむと、成人の儀の時と違って完全に静かにとまではいかないものの、会場の声は一気に小さくなっていった。
始まったのは、ペネトレイク王国建国の物語だ。
女神様が一人の少女に加護を与えて、ほとんどを森という魔物の領域に覆われていたこの地域の村々がひとつの国となる、そんなお話。
お話の最中に聞くのも悪いなと思ったけれど、ふと気になることがあった私は、気がついたらオルドー様に問いかけていた。
「私の仕事ですが、このように民に物語を朗読するとか、そういったものでしょうか?」
「いえ、基本的に大聖女様は何もなさる必要はございません。しいていえば、今は地方に魔樹が多数増えておりますから、その浄化ぐらいでしょうか」
「え?」
「ですが、それも必須というわけではございません。大聖女様のおかげで、昨日は一日で数年分にも近しい多額の寄付がありましたぞ。十分、働いてくださっています」
クウェンク殿下も「何もしなくていい」というような旨のことを仰っていたけれど。
オルドー様の言い方には、どうしても違和感を覚えてしまった。
たしかに、私はじっさいにアルメー公爵邸で
先ほどの会話からして、ターラル様はクウェンク殿下やオルドー様とその情報を共有しているのだろう。
でも、それだけでお兄様の何倍ものお金を受け取ってもいいものなのだろうか。
「オルドー様。私のお給金は大聖堂からいただけると聞いているのですが、その運営資金の出どころをお伺いしても?」
「そうじゃの。信者の皆の寄付金と、王国と言いましょうか」
「何かの代償としてお金を受け取っている訳ではないのですね?」
「私たちでできる範囲であれば、怪我人の手当てなども簡易的なものであればお金を取るといったことはしません。何かのかわりにお金を受け取るのは……バザーぐらいのものでしょうか」
今のオルドー様の話しぶりからすると、大聖堂の主な資金源は寄付金と税金みたい。
でも、カトラ子爵領の皆が働いてくれた一部を受け取っているのと違って、私はその寄付してくれている皆に何かを返せる立場ではないわけで。
それに税金から受け取るということは、カトラ子爵領の皆からは二重に受け取っているということになるし、他の領地の皆からはタダ同然で受け取っているということにならないかしら。
そんな疑問が、口をついて出ていた。
「オルドー様。できればでいいのですが──私、地方に
「ほう。大聖女様のお話を聞きたいのもやまやまじゃが……場所を移そうかの」
一瞬、オルドー様の目つきが変わった気がした。
でもほんの一瞬、そんな気がしただけなので私の見間違いかもしれない。
「話は途中じゃが、続きは奥で話そうかて」
オルドー様はそう言うと、昨日最奥の間に案内してくれた時のように、私たちに背を向けて歩きだした。
私もターラル様のエスコートを受け、扉を通って裏側の関係者区域へと続く。
本当の婚約者ではないのに並んで歩くのはよろしくないはずなのだけれど、彼はもう徹底的に貫くことにしたらしい。
大聖女就任の儀でも同じような並びで入室したし、今さらよね。
ちょっと恥ずかしいけれど、私も彼の期待に応えないと。
階段をのぼり、歩くことしばらく。私たちが到着した部屋は。
「あら? この部屋はあの夜の」
「俺の仕事部屋だ」
入室してすぐに分かった。
ここは私がターラル様に連れられて、クウェンク殿下とはじめて会った部屋だ。
以前来た時は夜だったから暗くてよく見えなかったけれど、こうしてみると大聖堂の中なのに剣が立てかけられていたりと、なかなか異質な空間だ。
私の部屋と違ってベッドは置いていないので、ここで生活することは想定されていないのだろう。
ぐるりと見回してみれば、先ほど大広間で朗読されていた建国神話をもとにして描かれた絵画も飾られているようだった。
リズが持ってきた図説についても、すぐに作品名を口にしていたので、ターラル様は意外にも芸術がお好きなのかもしれない。
また新たな事実を知れて得した気分だ。
頭に王冠を載せた男性の前で跪いているのは、質素な装いに身を包んだ女性。
けれど彼女からはまるで太陽のように光が出ている様子が描写されているので、きっと彼女が大聖女なのだろう。
大昔の人のはずなのになぜだか親近感をおぼえてしまうのは、彼女も私みたいに光っているからかしら。
いずれにしても、ここで推しが働いているのだと思うと感慨深い。
大聖堂は民にとって聖なる場所だけれど、ここが最も神聖なところなのではないかしら。
「大聖女様、ターラル殿。どうぞこちらへ」
三人で部屋の端にひっそりと置かれたローテーブルを囲むと、いつの間にやらリズがワゴンにティーセットを載せて持ってきてくれていた。
さすができる侍女ねと感心していると、扉が閉まっていく音が聞こえる。
そちらを振り向けば、扉の間から廊下に出たらしいポーシブの顔がちらりと見えた。
「さて、先ほどの話の続きにしましょうかて。どうして大聖女様はそれほどまでに精力的に働きたいとお考えなのかの?」
よく晴れた窓の外から、山の木々の葉が触れ合う音が聞こえた。
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