第22話 私にできること(2)
「地方にある
今、この部屋の中にいるのは向かいに座るオルドー様に、隣のターラル様。
お茶を用意してくれた後は部屋の隅に控えているリズ。それから私の四人だ。ポーシブは部屋の外で待っているらしい。
オルドー様が私をまっすぐ見据えて、口火を切る。
「して、大聖女様は
「私にはその力があるのだから、使わなければいけないと思ったまでです」
「本当にそれだけかの?」
彼の目が細められる。
笑顔というよりも、どこか私を試しているといった方が近い表情。もしかして、
「もちろん地方を回り、人々の役に立ちたい。儂とてその願いは尊いものであれ、否定するものだとは思っておりませぬ。じゃが、大聖女様にはそれが最善の手法かどうかという視点が足りませぬゆえ」
「どういうことでしょう?」
「もし、その道中で大聖女様のことをよく思わない賊に狙われ、命を落としたとしましょう。どうなるかお分かりですか?」
「たとえそうだとしても、救われるかもしれないのに救わないのは、違うと思うのです」
オルドー様はお茶を口に含むと、首を横に振った。
音ひとつ立てずソーサーに戻る茶器のせいで、屋外をぴゅうと吹いていく風音がはっきりと耳に届く。
私も喉は乾いているのだけれど、今は緊張してお茶が飲み込めそうな気がしない。
「少し話を変えましょう。そもそもですが、大聖女様は
「聖女の力があれば消せる植物、でしょうか」
「それも一つの性質じゃのう。じゃが、もし
「それは──」
知らない。
私だって物語の中に出てくる悪い植物だとしか思っていなかったし、一昨日ターラル様のお屋敷で見たのがはじめてなのだ。
自身の知識不足に
「……周囲に数を増やし、魔物と呼ばれる狂暴な生物が生まれる。そして、魔物もまた
ぽかんと、隣に座っているターラル様の顔をうかがう。
至近距離から推しを過剰摂取すると
「え? 魔物って物語の中だけの存在ではないのですか?」
「ああ。私も見たことはないが、十八年ほど前に出現した事例があったらしい」
十八年といえば、私が生まれるか生まれないかの頃の話よね。
当然、ターラル様もまだ幼い頃なのだから、見たことがなくて当然だわ。
でもそれならオルドー様は──。
そう思って向かいを見ると、そこには無言で首肯する彼の姿があった。
「記録を見るかぎり百年以上目撃例のなかった魔物が、急に出現したのじゃ」
「その後は……?」
「騎士団は
オルドー様はそう言葉を濁すと、お茶を飲みほした。
ぶるりと
きっと
「ではその後は? 魔物の話なんて私、生まれてこの方聞いたことがないのですが……」
「あれは奇跡じゃった。国中の魔樹と魔物が一晩にして消えたんじゃからの。それまで希望を失っていた王国に、たしかに平和が訪れた瞬間じゃった」
あまりに予想外の斜め上をいく話に、ぽかんと口が開いてしまう。
オルドー様が言っていることは、魔物の話以上に現実感がない。それでも、彼が嘘をついているようには見えなかった。
「そうじゃの、あの異様な光景を最も間近で見て生還した者といえば、ナハト殿じゃろうか」
「ナハト様が?」
「うむ」
先ほど私に感謝の言葉を伝えに来た騎士団長のナハト・コルセドール様。
彼に聞けば当時のことが詳しく分かるのかしら。
「……とにかく、じゃ。今の状況は当時に似ておるのじゃ。このような状況で万が一、大聖女様が魔物に襲われて命を落とせば。あのような奇跡が二度起きるとは到底思えんのじゃ」
それはそうかもしれない。そもそも、しょっちゅう起こることならそれは奇跡とは呼ばない。
でも、このままでいいのかしら?
奇跡が起こらないのであれば、このままオルドー様の予想通りにことが進めば、魔物が再び現れる日も遠くないだろう。
オルドー様の言葉に俯いてしまった私の目に入ったのは、昼間でも見えるほどはっきりと光った私自身の手だ。
どうして私なのか、どうしてこんなことになったのか、理由なんて分からない。
けれど成人の儀を受けたあの日以来、ほとんどずっと光っている。それだけは事実だった。
そしてこの手で触れただけで、ターラル様のお屋敷にあった魔樹は消えた。
だから。
「でしたらなおさら、今のうちに
声が震えてしまったけれど、何とか言い切ることができた。
そのとき。背中をあたたかな感覚が規則的に走っていく。
振り向けば、私の背中に回されたターラル様の腕が目に入る。
不思議なことに、それだけなのに続く言葉は震えることなく口にすることができた。
「それに、盗賊とは異なり国中が巻き込まれたのでしょう? なおのこと見過ごすことはできません」
「ふむ……」
オルドー様はきっと
外を吹く風の音だけがいやに大きく聞こえてくる。彼の答えを待っている時間が、永遠のように長く感じた。
「とはいえ──」
「筆頭司祭殿。少々よいだろうか」
「おや、いかがなさいましたかの?」
オルドー様が口を開いたちょうどそのとき。
隣に座っているターラル様の声が届く。
「私は彼女の意見に賛成です」
「理由を聞いてもよいかの? まさか惚れた弱みとは言いますまい」
「なっ⁉」
思わず変な声が出そうになって、両手で口を覆う。
顔の温度がどんどん高くなっていくのを肌で感じる。
けれどオルドー様とターラル様の視線は互いを向いていて、私のことは眼中にないようでほっとした。
ターラル様が利害の一致で婚約者のふりをしているだけの私に惚れたということはないと思う。
でも、オルドー様の言い方ではまるで、ターラル様が私のことを思っているように聞こえてしまうのだ。
これは裏を返せば、うまく誤魔化せている証拠だと信じたい。
「まさか。愛する婚約者の希望をできる限り叶えたいという思いがないわけではありません。ですが、彼女を失っては元も子もない」
「じゃが、
「私は聖騎士団の団長です。今、この大聖堂内で最も尊い地位を与えられている彼女の護衛に就かないなど、職務放棄も等しいところです」
ターラル様の言い分に目から鱗が落ちた私は、しばらくの間まばたきも忘れてしまっていた。
タダ同然でお給金を受け取ることに対する後ろめたさがあったけれど、それは私に限ったことではないみたい。
……いえもちろん、彼には町の中の見回りとか、他にも仕事があるのは知っているのだけれどね。
それとも、私のことを考えてくれて──なんてこと、ないわよね。
民のことを一番に考えるなんて、貴族の
私も彼のように立派にならないと。
私たちの関係は、お金をともなう期限つきのものなのだから。
その日までに学ぶべきことは、たくさんあるのだろう。
でもいつか別れる日が来ると思うと、まだ始まったばかりの関係なのに少し寂しくなってしまうのだ。
そんなふうに感傷に浸っていると、いつの間にか二人は話し合いを再開していた。
「それでは、困っている領地がないか王城に確認しておくかの。魔物の被害が報告されてからは手遅れじゃから、早く返事を貰えるように儂から言っておくわい」
「──民のためのご助力、感謝する」
「魔物が発見されてから飛び出て行かれてはたまったもんではないからの」
「?」
オルドー様の言う「飛び出て行」くというのが誰のことなのか分からないけれど、彼もまた過去に魔物のせいで大切な人を失ったのかしら?
気にはなってしまったけれど、オルドー様は
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