第20話 舞踏会への招待状

 大聖堂に到着して早々ナハト様から感謝の言葉を受け取っていると、突然クウェンク殿下が応接間に現れた。

 入室してすぐに天気の話を持ち出した彼は私たちの姿を見つけると、周囲の様子を気にすることなく私たちのもとまでやって来る。


 ちらりと視界の端に移ったリズも、今回ばかりは怪訝けげんそうな表情を浮かべていた。


「うんうん。昨日の今日ではあるけれど、二人とも元気そうでよかったよ」

「そのような無駄話をするためにいらした訳ではありませんよね。それに侯爵のおっしゃる通り、護衛もつけずにいらっしゃるのはいかがなものかと」


 「ターラルもナハトも真面目だな~」と笑っていたクウェンク殿下だけれど、王族って一人で出歩いても大丈夫なのかしら、というのは私も気になるところだ。


 そんな私の疑問もよそに、彼はふところから二通の手紙を取り出すと、私とターラル様にそれぞれ一つずつ手渡した。


 ちらり、と隣を見てみればターラル様が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていて、中身がこわい。


 普段は冷静な彼がここまで取り乱すなんて、一体どうしたのかしらとこれまた疑問に思っていると、クウェンク殿下が答えを教えてくれた。


「二人の婚約は受理されたのだから、さすがに今回こそ舞踏会に出てもらわないとね」

「殿下、さすがにこれは姑息こそくが過ぎるかと」

「これは一時のためではなく、王国の未来を見据えた若者の会だと言ったら納得してくれるかい?」


 誰かが息を呑んだみたいだけれど、おそらくナハト様のものだろう。

 ターラル様は今まで誰とも婚約を結んでいなかったみたいなので、驚いているのかもしれない。


 ……その婚約はお金のやり取りを伴う、偽物のものなんですけどね。


「お嬢様、こちらをどうぞ」

「ペーパーナイフ! 助かるわ」


 どこから持ってきたのか分からないけれど、さすがリズ。できる侍女だ。

 封を開けてみると、中身はしっかりとクウェンク殿下のお名前で私にあてられた招待状となっていた。


「いやー。次期アルメー公爵に婚約者ができたなんておめでたい話、国にとっての大イベントだからね。これは舞踏会を開きたくなるのも仕方がない」

「ですから護衛は付けていただかないと」

「ターラル、君こそ話題を逸らそうとしているよね」


 ぎゃあぎゃあと、にわかに騒がしくなる室内。

 リズにお礼を言いつつちらりと廊下の方を見てみると、部屋の外に祭司たちが何人か集まっているみたいだった。


 未来の国王陛下や公爵様がこんな威厳のなさそうなふるまいをしていてもいいのかしらという気持ちと、私もクウェンク殿下のようにターラル様と気軽に言い合えるような仲になりたいという気持ちが──。


 ……ええ、少なくとも後者はさすがにだめよね。

 私とターラル様の関係はお金を通して雇い主と雇われ婚約者なのだし、昔から友人として育った二人とは訳が違うわ。


 それに、今この状況で私まで加わったら、収拾がつかなくなるのは目に見えている。

 まずは二人の仲裁に入るべきかしら。気持ちを切り替えていると、口を開いたのはナハト様だった。


「大聖女様。いつものことですから、お気になさらず」

「そうですな……。お二人が廊下で言い合っているのはここでも有名な話ですからの」

「オルドー様まで……」


 ソファに座ったまま笑顔を浮かべる様子は、元気な孫たちを見守るおじいちゃんのようだ。

 言われてみれば、成人の儀で突然光ってしまった直後にはじめて二人に会った時も言い合っていた気がする。


 仕方ないわねという気持ちでターラル様の隣へ歩みを進めると、彼は私のことに気づいたようだった。

 視線で私を捉えたターラル様は、そのまま身体ごとこちらを振り返った。


「どうした?」

「ターラル様はその、舞踏会に出席されるのがお嫌なのでしょうか?」


 ふと疑問に思ったことを口にすると、ターラル様は無言で目をしばたたく。

 この様子だと、婚約以前の問題として社交全般が苦手なのかもしれない。そんな私の予想は、あっけなく外れることとなった。


「いいや、ターラルは過去にも舞踏会には出席しているよ。誰かと踊っているところなんて、一度たりとも見たことがないけれどね」

「ということはターラル様はダンスが苦手だから踊りたくない、ということですか?」

「いや」


 即答されてしまった。

 でも、踊るのが嫌というわけでもなく、過去には踊ることこそなかったものの出席したこともあるというなら、どうして今回の出席を拒んでいるのだろう。


「殿下。アビーは建国以来、長らく空位だった大聖女の地位に数百年ぶりに就いた、今後の国内外の情勢に影響を与えかねない重要人物です」

「ええっ⁉」


 思わず室内に響いてしまう私の大声。

 ちょっと申し訳なくて「ごめんなさい」と心の中で周囲の皆に謝っておいた。


 ターラル様は本気で言っているのだろう。

 私としては、もし光っている人が私以外の人だったら「そんな人もいるのね」ぐらいの反応しか返せる気がしないのだけれど、現実はそうではないのだ。


「我が家での一件はすでに聞いているかと思いますが……。その件をかんがみてもアビーの周りには、彼女を利用しようとする者がすり寄ってくることでしょう。中には強引な手段に出るやからもいないとは限りません」

「それで?」

「そんな状況だというのに、ご自身の身を守ることにも無頓着な殿下が主催するパーティーに、彼女を出席させるのはあまりに危険すぎる。そう判断したまでです」

「つまり君は『聖騎士』だというのに、舞踏会のさなかでは自分の職務をまっとうする実力はないと……。聖騎士団団長が聞いて呆れるね」


 クウェンク殿下が肩を竦めながら、ターラル様をちらりと見て盛大な溜息をつく。

 まさに仕方のない子だとも言いたげな表情だ。


「勿論、私は聖騎士団の団長ですから、当然アビーの身の安全を一番に考えて行動しなければならない。であれば、誰から恨みを買っているか分からない現状、パーティーに出席しないのが一番だと考えるが」

「ターラル様、少しよろしいでしょうか」

「アビー?」


 ものすごく気になるところがありすぎて、彼のパーティーに出席しない理由に口を挟んでしまった。

 彼の視点には欠けているところがある。


「その……私の身の安全を考えてくださるのは非常に嬉しいのですが」

「?」

「もし今回、私たちの婚約を祝う目的で開いていただけるというパーティーに出席しなければ、不仲説が囁かれてしまうのではないでしょうか」


 まっすぐターラル様の赤い瞳を見つめながらそう告げると、彼は目を見張った。


 特に面白い要素はないと思うのだけれど、そんな私たちを見たクウェンク殿下は、肩を震わせながら笑いをこらえているようだ。


 そんな中、ターラル様の顔は私の耳元まで急接近する。

 彼の体温が伝わってくるほどに私の顔が熱を帯びる中、ぼそりと周囲に聞こえないぐらいの大きさでささやかれる。


「君はここ数年、社交に出ていないと聞いているが……。成人の儀は無理を押して出席したわけではないのか?」

「え? 成人の儀はたしかに無理を押して出席しましたけれど、それはお金の問題でして……」

「そうなのか? 王城で君は社交の集まりに出席したがらないという噂を聞いていたが。──噂とはつくづく当てにならないものだな」


 ターラル様が言っている「噂」は、部分的にはあっていると思う。


 今のカトラ子爵家はお金はないとはいえ、貴族であることに変わりはない。

 当然、舞踏会やお茶会などに出席して情報を得ることは、私の義務と言っても過言ではないのだけれど。


 そうした会への出席を固辞こじしていたのは、お兄様のアドバイスによるところが大きかった。

 ──いわく「大規模なパーティーでは、毎回新しいドレスが必要になるが、今のそのようなものを用意できる余裕はない。今の経済状況では、出席しても我が家の弱みを他家に握らせることにしかならない」のだとか。


 ものすごく正論だったので、来る招待状にひとつひとつ丁寧にお断りを入れていたのだ。

 でも、これからは。


「聖女としてのお給金もいちおういただけるということですし、今後はそれで賄おうかと」

「……その必要はない」


 やっぱり、パーティーに出席したくないのはターラル様では?

 そう思いかけたけれど、私の予想は見事に外れた。


「君は私の婚約者なのだろう? ドレスぐらい送らせてほしい」

「なっ⁉」


 ターラル様の予想外の答えに、私の頭はあっという間にパンクして、お仕事をしてくれなくなってしまう。

 本当の婚約者に見せかけるためとはいえ、いくら何でもターラル様の演技のレベルは高すぎるのではないかしら。さすが私の推し。完璧がすぎる。


 そんなわけで私は知らず知らずのうちに力が抜けてしまい、前にだらりと倒れそうになった。


 ──このままでは床に頭がぶつかってしまう。ようやく動き出した私の頭がさいしょに理解したのはそんな痛すぎる事実だった。


 でも私の予想に反して、その衝撃はいつまで経ってもやって来ることがない。

 かわりに、私の頭はぽすりと丈夫で柔らかな何かにぶつかる。そして、背中には──。


「大丈夫か?」

「って、ぎゃーっ!」


 はらりと招待状が私の手から落ちていく。


 ターラル様との距離が近すて、恥ずかしさのあまり私は彼のことを両手で押し倒しそうになってしまった。

 それでも幸いなことにターラル様はびくともしない。さすがは聖騎士団の団長というだけはある。


 せっかく助けてくれた彼のことを押し倒してしまいそうになるなんて。

 恩を仇で返してしまいかねない状況になりかけていたと気づいたのは、その後のことだった。


「ご、ごめんなさい!」

「お互い怪我がないというのに、何故謝る? それに、驚かせてしまったのは私の落ち度だ」


 ターラル様は本当に優しすぎる。

 こんな状況では、いつ恋してしまうか分かったものではないわ。


 絶対に惚れないようにだけはしないと。

 心の中でひとり、私はそう決心した──はずだった。


 もちろん、この時の私は推しという枠組みを超えて、ターラル様に恋してしまうなんて、思ってもみなかった。

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