第9話 専属侍女との再会(1)

「大聖女様、こちらがお部屋になります」

「広い……! こんなに素敵なお部屋を使わせていただいて大丈夫なんですか?」


 オルドー様に案内された先は大聖堂の北側にある、比較的上階の大部屋だった。


 用意された家具はどれもこれもアルメー公爵邸にありそうな一級品ばかり。

 こんなものを使っていいだなんて、なんて贅沢ぜいたくなのかしら。


 部屋は右側にも続いているみたいで、そちらも扉を開けてみると中には大きな天蓋てんがいつきのベッド。

 さらにその奥にはバスタブの置かれた入浴用の部屋もついているしで、いざお屋敷が壊れてしまったとしても、この部屋だけで暮らせてしまいそうだ。


 普通の貴族令嬢は一人で着替えたりお風呂に入ったりはしないらしいけれど、カトラ子爵家は使用人を全員解雇してしまったので私は難なくできてしまう。


「職権乱用はしないと誓っていたのに、毎日でもお風呂に入れるなら乱用してしまいそうだわ」

「毎日風呂に入っているわけではないのか?」

「ええ。水の節約が必要だからとお兄様が許してくれなくって」

「……災難だったな。だが、ここならむしろ毎日入らないと怒られてしまうかもしれないぞ」


 ターラル様から返ってきた言葉が予想外すぎて、目をしばたたいてしまった。

 彼の言葉を受けて、困惑していた私に「そうじゃのう」と説明してくれたのはオルドー様だった。


「大聖女様ともなれば、田舎の町で寝泊まりしない限りは、毎日でも湯浴みしていただく必要があるかと思いますぞ」

「考えてもみろ。儀礼的な側面が強いとはいえ、聖女は不浄を流すという役割が求められているわけだ。汚れた布で窓を拭いたらどうなるかぐらい、考えるまでもないだろう」

「あっ──」


 汚れた布で掃除をしても、汚れは広がるばかり。

 うっかり泥まみれになってしまった服を、雨上がりの池の水で洗おうとしていた私にそう教えてくれたのは、専属侍女のリズだったかしら。


 今はもちろん彼女を含め使用人全員を解雇してしまったので、ちょっと広い子爵邸の掃除は私の仕事だ。

 言われなくてもこのくらい、思いいたるべきだったわ。


 つまり、今日からはお風呂に入ることも仕事の一環。

 水のことを考えて数日に一回しか入れなかったお風呂も、入り放題とまではいかないものの、ある程度自由に使っても大丈夫なのだ。


 あまりにも福利厚生が充実しすぎていて、我が家よりも居心地がいいかもしれない。


 でもさすがにワーカホリックになっては駄目よ。

 お仕事も大事だけれど、ターラル様のお姿を見るのも心の癒しになるもの。


「こちらのお部屋は、大聖女様がお使いになる日のことを思い、掃除させていただいておりましたので」

「そういうわけだ。君がここを使わないとなると逆に彼らの……いや、彼女の面子メンツを傷つけかねない」

「そういうことなら、遠慮なく」


 ターラル様のひと押しが決め手になり、私は今日からお仕事の時にはこの部屋を使わせてもらうことにした。……のだけれど。


「ところでターラル様」

「何だ?」

「先ほど言い直して『彼女の』とおっしゃいましたが、この広い部屋はその方一人に掃除させたのですか?」


 ターラル様が軽く目を見開いた。


 だって、ここで働いているのは今の我が家みたいに一人ではないはずなのだ。

 なのにたった一人でこんなに広い部屋を磨き上げるなんて。「大聖女様が使うから」という理由があっても、ひどい嫌がらせでしかない。


 そんな気持ちを込めて熱弁すると、ターラル様になぜか盛大な溜息をつかれた。

 思わず視線もきつくなってしまう。


「ターラル様はご存知ないかもしれませんが、掃除って意外と大変なんですよ」

「だろうな。彼女は神殿側の祭司ではなく、私が雇った侍女なのだが──協力して掃除するように言づけしたら『全て自分でする』と、ものすごい剣幕けんまくでまくし立てたようでな」

「結局、彼女一人でこの部屋を磨き上げとったからの。祭司の皆に検分させても汚れひとつ残っていなかったようだ」


 大聖女の部屋を掃除するというのが、そんなにも重要な仕事なのかしら。

 「王族に次ぐ」と言われても私はいまいちピンと来ていないのだけれど、大聖女ってそんなに地位が高いものなの?


「すみませんターラル様、お願いがありまして」

「言ってみろ」

「その侍女の方に直接お礼を言わせてはもらえませんか?」

「勿論だ」


 すんなり承諾されると思っていなかったので、困惑する。

 ターラル様は部屋の入り口に立っていた女性祭司の方に何かを伝えると、すぐ戻ってきた。


「……徹夜で作業をしていたから、今は眠っているという話だった。彼女なら飛び起きても来そうだが、就任式の後の方がいいかもしれないな」

「それはそう、ね」


 その子、大聖女という存在そのものに傾倒けいとうし過ぎていない? とちょっと心配になってしまったけれど、それならなおさら後の方がいいかもしれない。


 そう思ったけれど、廊下の方を見ればもう祭司の方は一人だけになっていたので、呼びに行ってしまったみたいだ。

 ターラル様が雇ったという侍女の子が私のことをどう思っているかはさておき、起こしてしまったとしたら謝らないといけないわね。


 ……なんて考えていたそのとき。

 廊下からものすごい勢いで部屋に近づいてくる足音が響く。


「廊下を走るのは危険です! お待ちください!」


 ターラル様の侍女を呼びに行ったらしい祭司の方が叫んでいるのが聞こえてくる。でも足音はすぐそこまで近づいてきていた。

 そして開きっぱなしの扉からまっすぐ入ってきたのは。


「ぜえ……はあ……」

「リズ⁉ どうして貴女がここに?」


 見間違えるはずがない。

 首の少し上ぐらいで切り揃えたチェリーブロンドの髪も、右頬にあるほくろも、私の記憶にある彼女のままだ。


 私の部屋を整えてくれた、ターラル様の侍女。──彼女はつい数年前まで私のことをずっと支えてくれていた、リズだった。

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