第10話 専属侍女との再会(2)
「お久しぶりです、お嬢様。……いえ、今は大聖女様とお呼びするべきでしょうか」
「リズ、よね」
久しぶりの再会に、軽く
見間違うはずもない。
今私の目の前にいるのは、かつて私の専属使用人をしてくれていたリズだ。
彼女は両親が他界し、だんだん家計が危うくなっていく中でもしっかり我が家に仕えてくれたのだ。
我が家がお給料も払えなくなってしまうぐらい
彼女をお金が払えないからという理由でやめさせるのは嫌ではあったけれど、タダで仕えてもらうなんて後ろめたさしかなかった。
そういうわけでお兄様と一緒に一生懸命に説得してやめさせたのは二年くらい前だったかしら。
それにしても、どうして彼女がここにいるの?
言葉にしていないのに、そんな疑問に答えてくれたのはターラル様だった。
「君は儀式で光ってしまい、否応なしに大聖女という立場になってしまった訳だが……。この国の上流階級の中の上流階級というのは、腹の探り合いの毎日だ」
「さぐりあい」
お母様もお茶会がどうとか言っていたものね。
きっとそれ以外の場面でも、基本的には彼の言うとおりなのだろう。
「この国で王族に次ぐ地位の聖女になってしまった君は、そういう立場なんだ。だから──かつて君の侍女だった彼女を雇うことになった」
「我々としても君が失われるのは困るのでな。信頼できる者を探していたのじゃ」
オルドー様がそう言って説明を締めくくる。
でも私には気になる部分があった。
「事情は分かりました。ですが、私が光ったのは昨夜のことですし、どうしてリズが侍女に?」
「殿下は先見の明のあるお方だ」
「なるほど?」
納得できるような、できないような。
どちらにせよ、我が家の経済状況までお見通しだったクウェンク殿下ならありえるかも……と思ってしまうぐらいには説得力があった。
「いずれにせよ、彼女には君の侍女になってもらう」
「誠心誠意、お仕えさせていただきます」
深々と腰を折るリズ。
またリズと一緒にいられるなんて──という気持ちに流されかけて、はたと気づく。
「あの、私リズのお給金出せないのだけれど」
「彼女はアルメー公爵家の侍女だ。そして次期アルメー公爵として君に仕えるように言っている。ただそれだけだから、君は給金がどうとか考える必要はない」
「えっ! 待ってください、それはいけません!」
一瞬、ターラル様が何を言っているのか分からなくなりかけてしまった。
でもリズが今はアルメー公爵家の侍女だということに、ほんの少しだけ納得した。
とはいえ何事もやりすぎはよくない。ターラル様の中では、リズが私の侍女になるというのは決定事項だったのだろう。
彼は軽く目を見開いたかと思えば、私の言葉の続きを待っているようだった。
こんなこと、言うべきではないと分かっているつもりだ。
それでも。たとえ相手が尊敬する推しであろうと、世の中にはきちんとしなければならない線引きというものがあるのよ。
「さすがに、他家の使用人のためにお金を出すのはちょっとおかしくないです?」
「自身の婚約者に不都合が起きないようにするのはおかしなことではないと思うが。……それとも、私の婚約者になるのがそんなに不満か?」
そう思っていたら、痛いところを突かれた。
ここで「嫌です」と言おうものなら、私が受け取ることができるお給金はだだ下がりだ。それどころか、私一人では大聖女として本来着るべきドレスも用意できない。
偽の婚約だけれど、この場でなかったことにするのは全くもって得策ではないのは私でも分かる。
せっかく見えた希望を自分から握りつぶすなんてこと、できるわけがなかった。
彼はそれを知った上でこのようなことをのたまっているのだ。
さすがは策士なクウェンク殿下の部下というだけはあるわ。
推しの交渉スキルの高さに内心で思わず舌を巻いた。
「君は望む望まないにかかわらず、大聖女に就任することになる。話はもうとっくに王都じゅう──あるいは国の端まで知れ渡っているだろう。もちろん彼らは噂好き。君に侍女がいないという話まで広まってしまったらどうなるかわかるはずだ」
「私の侍女になりたいと、応募者が殺到すると思うわ」
私の答えに、ターラル様は黙って首肯した。
及第点といったところなのかしら。
「大聖女という立場の価値を分かってきたようだな。となれば給金がいくら安いとしても──何ならタダ働きだとしても仕えたいという者が出てくるはずだ」
「それはそう、ね。そして、タダで働いてくれるならそんな都合のいいことはないけれど、私はそんなことはさせたくないわ。それに、我が家──カトラ子爵家の家計は、リズにやめてもらった時よりもずっと悪くなっているのよ。だから」
「だから、私の方で彼女に給金を支給する。言っている意味が分からないか?」
額のあたりを人差し指でむにむにされる。
男性というだけあり、細身のターラル様も力はかなり強いらしい。
でも婚約者とはいえ偽のだし、人前でこんなことをするなんてどういう風の吹き回しかしら⁉ ご褒美ではあるのだけれど!
「ちょっと! 痛いじゃない」
「それはすまない」
「ちっとも悪かったと思っていないでしょう?」
彼の表情は、どう見ても他人をからかう人のそれにしか見えない。
貴族として育てられてきたから、感情の起伏はそこまで激しくないようだ。
でもこれは私にも分かる。ターラル様は今、私のことを面白がっている。
推しのいたずらとかご褒美でしかないけれど、それはそれで供給過多で死んでしまわないかは心配ね。
とはいえ彼は自身が私の推しであるということを知らないわけで。
このような場合、悲しいけれど一般的な反応を返すしかない。
というわけで私はターラル様に真っ向から頬を膨らませて抗議の視線を向けると、彼は観念したのか話題を逸らしたいのか、続きを切り出した。
「君に近づいてくる者たちは皆、君に忠実に仕えてくれるかとか、あるいはそこまでいかずとも君のようにお金さえ積めば君のために何でもしてくれるとか。そういう人ばかりではない」
「ちょっと訂正させてほしいわ。私はお金さえ貰えるなら何でもやるという気概まではないわよ?」
「問題は君がどうかという話ではない。……中には明確な悪意を持って近づいてくる者もいるだろう」
「あっ」
そんなこと、考えたこともなかった。
「明確な悪意」というのはこの場合、今のターラル様のようにからかうとかそういった意味ではなく、例えば殺意を向けられるかもしれない、みたいな意味……よね。
「であれば、君に間違いなく忠誠心を持ち続けた彼女は適任中の適任だろう」
「それもそう、ね」
「再びお仕えできること、身に余る光栄にございます。身の回りのお世話はお任せください。この命尽きるまで、
「リズ、ちょっと待って。言葉が重いわ」
すっと頭を下げるリズ。
しばらくすると彼女は背筋まっすぐの体勢に戻ると、期待するような目つきで私を見つめる。
愛の告白並みに重い言葉だったので、思わず少し身じろいでしまった。そんな目で見られても困る。
下手したら私のターラル様愛よりも重いのではないかしら。
「ああもう! 私はターラル様からお給金を受け取っている貴女を専属侍女にすればよいのでしょう?」
「身に余る光栄です……!」
「……っリズ。泣かないで」
感動のあアビー感情が抑えられなくなったのだろう。涙を流すリズを
ターラル様にお金を出させるというのは若干気持ちが複雑ではあるけれど、嬉しくないわけがない。
大聖女就任当日。リズは二年ぶりに私専属の侍女となった。
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