第8話 ふたたび大聖堂へ

 ターラル様のお屋敷──アルメー公爵邸をあとにした私たちが馬車に乗って向かった先は、昨日成人の儀が行われた王国一番の大聖堂。


 王都の中心付近に建てられた荘厳そうごんという言葉がぴったりの祈りの場。

 そんな皆の邪魔にならないようにという配慮なのか、私は昨日と帰ったときと同じように裏口で降りることになった。


 昼間だと装飾がよりはっきりと細部まで見えて、夜とはまた異なるおもむきがある。


「……アビー?」

「!」


 いきなり愛称で思わず人の視線があるかもしれないところで変な反応をしそうになった。危ない危ない。

 私は何とか笑みを崩さずに、差し出されたターラル様の手を取って馬車を降りる。


 私だって婚約者の演技をするためなのは分かっているつもりよ。

 でも、ターラル様はお顔がよいのだから、もう少しご自身のお顔やお声の破壊力というのを自覚した方がよいと思う。


 これは最初に偽の婚約者だと言われていなかったら、コロッと恋に落ちてしまっていたわね。

 推しとの婚約者なんて、「偽の婚約」だと聞かされていなかったら私は間違いなく舞い上がって大変なことになっていたもの。


 ……もちろん、そんなことを指摘して、誰かに婚約者でないとばれてしまっては本末転倒もいいところ。お給金が減ってしまうわけで。

 私は彼の無自覚な行いを指摘できずにいた。


「おお、大聖女様ではありませんか」


 そのとき。

 大聖堂の方から、お年を召したと思わしき男性の声が届く。


 そちらに視線を向ければ、そこにいたのはやっぱりおじいさんだった。

 腰もすっかり曲がっていて、目の高さは私よりも少し低いところにある。


 彼は私たちの目の前で立ち止まると、うやうやしく頭を下げた。

 続いておじいさんにターラル様がひざまずく。そういうわけで、私もカーテシーをしようとしたら、なぜか挨拶途中のはずのターラル様に静止されてしまう。


「君は大聖女になる。この中だと君が一番に敬われる存在だという自覚は?」

「え?」


 思わず素で返すと、ターラル様が固まった。……というか、場の空気が凍った。

 見かねたおじいさんが説明してくれる。


「大聖女様がこの国にいらっしゃること自体が建国以来二度目のこと。そして一度目の大聖女様はこの国の誕生の根幹に関わっているのです。──よって王族の皆さまの次に敬われるのは貴女様ということです」


 王族の次に大聖女、その次に筆頭司祭──今目の前で説明してくださっているおじいさん。オルドー様というらしい──、その次に今はいないみたいだけれど聖女様がた。


 あとは聖職者も貴族も何も関係なしに爵位の順というならわしになっているのだとか。


 自分よりも何倍も年上の人に畏まられるなんてことははじめてなので、ちょっと落ち着かない。

 とはいえ大聖女は建国以来ずっと空位だったので、詳細な規定が定められていないそうだ。


 もちろん、敬われる順序というだけで、必ずしも大聖女だからと好き放題できるというわけではないらしい。

 さすがの私もタダでお金をくださいと言えるほど図太い神経はしていないので、これにはちょっと安心した。


「それでは、お勤めが忙しい際にお使いいただくお部屋へと、案内させていただきます」


 再びうやうやしくお辞儀したオルドー様は、ゆっくりと歩き出した。




 そういうわけでオルドー様、そしてターラル様──「偽の婚約」とはいえ、まだ正式に「婚約」を発表していないのに男女が隣り合って歩くのは大聖堂の中だとよろしくないらしい──のあとに続いて昨日ぶりに入った大聖堂の中は、少し暗くてひんやりとしていた。


 廊下を進んでしばらくすると、前を歩いているターラル様が止まらずに口を開く。


「彼女は見てのとおり身体じゅうから光が溢れている」

「昨夜の一連の話は聞いておりましたが、まさかと耳を疑いましてな。この国は我々が生まれるよりもずっと昔から続いてきておるが、このような事例は建国の際を一例目とするなら、それ以来の事じゃろうて」


 私の数歩前を歩いているターラル様たちの顔は見えない。

 でも、少なくとも教会から聖女として認められないといった事態にはならなさそうでほっとする。


「彼女の家は苦労をしているようだから、神がご慈悲をかけてくださったのかもしれない。苦しいとはいえ令嬢ではあるから、社交界での実家の評判を考えて働きに出ることも叶わなかったようだ」

「……それはそれは。じゃが、お召し物からはそのように見受けられませんが」


 そう言って振り返ったオルドー様に、ターラル様も足を止める。


 オルドー様の指摘はもっともね。

 じっさい私だって、こんな衣装を着ていらっしゃる方がいたら、困窮こんきゅうしているなどとはとても思わないもの。


「これは母上が」

「──そういうことでしたか。大聖女様ともなれば公爵家としても、めったにない名誉でしょうな」


 どうやら当初の予定通り婚約者だときちんと勘違いしてくださっているみたい。

 そういう約束でお給金が聖女のぶんとは別に貰えることになっているのだから、順調と言って問題ないと思う。


 というわけでそれ以上私たちの関係を追求することもなく、再び歩きだしたオルドー様に少しほっとした。

 今の私たちはいつ結婚するという「設定」にするかとか、そういうすり合わせも一切行っていない。そこを突かれると痛いので、最小限の会話というのは本当に助かる。


「お待ちしておりました、大聖女様」


 そうして歩くことしばらく。

 オルドー様が足を止めた部屋の入り口の両脇には、左右それぞれに祭司の女性が立っていた。


 すっかり大聖堂内では周知されているのか、二人とも視線こそ私の方に向いているけれど、驚く様子を見せない。

 「こんなに光っているなんて」とオルドー様同様には思っているかもだけれど。


 そのオルドー様は祭司の一人から鍵を受け取ると、それでかちゃりと扉を開錠かいじょうする。

 こちらを振り返ると、彼はその鍵を私に差し出した。


「今日は案内のために一緒に入りますが、今後は原則として男性は家族と婚約者の方以外はこの部屋までは取り次がないようにしますので、ご安心ください」


 オルドー様は私たちにどこか微笑ましいものを見ているかのような表情をしていたけれど……。

 本当に婚約者だと思ってくれたのであれば、これ以上にないぐらい順調ね。


 そんなことを考えながら、私たちもオルドー様の後に続いた。

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